├呪い

「奴等は地面に楔のようなものを打ち込んでいたようです」

「……してやられたな。まさか自滅覚悟とは」


 事切れたジョイを見下ろして、夜梟騎士シェイドは忌々しそうに目元を歪めた。


 もうひとりの老人も自害を目論んだところを捕らえられ、現在は留置所で拘束されている状態。


 彼等に同行していた団員も一部を除いて全員が捕縛されている。


「まんまと勝ち逃げされたか」


 その一部というのも自らの口を塞ぐことに成功した者達であり、相手側の一団は既に壊滅状態とも言える。


 しかしジョイの最後の態度からして、目的を達成されてしまったことは明白だった。


 逃げに徹すれば脱出そのものは出来ると思われた矢先、全滅前提の作戦行動など誰が予想できるだろう。


「一体どういうつもりなんだ、こいつらは」


 生きたまま捕らえる事ができたもうひとりの老人は口を閉ざし、何もわからないまま。


 言いしれない不気味さに、シェイドは胸騒ぎを覚えていた。



 現場から別の部屋に移されたスフィたちは、ヤルムルートによる診察を受けていた。


「まだ痛みはあル?」

「ううん、もう痛くないよ」

「一体何だにゃ、この痣」


 スフィたちの身体に浮かんだ痣は特に変化がないまま、しかし消えることもなく不気味な存在感を放つ。


「……直に見てよくわかった。これは原型の呪いネ、指定された敷地内で特定のワードを知ることがトリガーだったのかしラ」


 痣のチェックを終えたヤルムルートは、記憶を探りながら深く息を吐いた。


 一緒くたに呼ばれているがそもそも呪いとは、元を辿れば神や精霊と呼ばれる存在が扱うもの。


 例えば神を裏切ったものに雷を、河川を汚すものに水害を。


 そういった特定の条件を満たした相手に降りかかる呪詛を、人間が魔術的に再現したものが呪術である。


 当初は人間の移動集団が事件の中心にいた事から除外されていた可能性、裏に潜む超常存在が色濃く浮かび上がってきた。


「……私たちが目の前に居ながら、とんだ失態だワ」


 今回について言うならば、騎士たちとグラム、そしてヤルムルートの完全な失敗だ。


 近くに居た幻惑の加護持ちを警戒してたのは事実だが、無理矢理でも子どもたちを避難させるべきだった。


 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。


「教会に移動させましょうか、星竜の巫女なら解呪の可能性も」


 怪我人の様子を見ていた他の錬金術師に声をかけられて、ヤルムルートは思考を切り替えた。


「今はこの支部が指定の土地になってる筈ヨ、迂闊に動かしたくないワ」


 エルナの行動の結果や発言を考えれば、自らの支配する土地から対象者を逃さないために呪いが使われている事は伺い知れる。


 おかげで迂闊に動かすわけにもいかなくなってしまった。


「守りという意味なら、大丈夫だとは思うケド」


 朝には応援が集まり始めるだろう、敵側も戦力を控えさせているとは思えない。


 すぐに用意できるのならばそもそも自爆特攻なんてしないだろう。


 しかしますます敵の行動の謎は深まってしまった。


「(それにしても、この子)」


 ヤルムルートの視線の先では、スフィとノーチェがお互いの痣を見せあっている。


「(狼の娘はドクターちゃんの姉妹よネ、近くに居るだけで身震いするような力を感じル。高位竜の側に居るみたいだワ、まだ目覚めていないみたいだケド)」


 もしも奴等の狙いが個人だとするならば、おそらくこの娘だろう。


 ドクターについて噂の年少錬金術師が中身だということだけは聞いていた。ソファで眠るアリスを見て纏う精霊の気配が同じだとわかれば、同一人物だと気づくのは当然だった。


 幻惑の加護に惑わされる自分たちを誘導しにきたサメの精霊も、ドクターの足元で一瞬顔を覗かせていたのを見た覚えがある。


「あ、あの……この呪いって、大丈夫なんですか?」

「呪いには必ず解除条件があるヨ、すぐに私たちが見つけるから大丈夫」


 怯えた様子のフィリアを安心させようと、ヤルムルートは意図して微笑みを作った。


 嘘だ。


 解除条件が簡単に見つかり、達成できるようなものなら呪術は恐れられていない。


 ましてや人ならざるモノの呪いなら短期間で解くのは絶望的。


「……今日は流石に襲撃はないだろうシ、もう休んだほうがいいヨ」

「はい……」


 微笑みを張り付けたまま、フィリアの頭をなでてヤルムルートは休息を促した。


 呪いの主の意図が介在する余地はあるようだが、即座に命を奪いに来る呪いでないことはわかっている。


「少し調べなきゃいけないことがあるネ、また後デ」

「わかりました」


 怯えさせないように細心の注意を払いつつ話を切り上げ、ヤルムルートが席を立つ。


 少女たちが呑気に痣と呪いについて話し合っている声を背にして、休憩室を出た彼女の元にちょうど騎士団の制服を着た男が駆け寄ってくる。


「ヤルムルートさん、丁度いい所に!」

「何かあったノ?」


 聖王国では貴族の身分である騎士の他に、騎士団に所属する平民用に用意された『衛士』という身分がある。


 制服から見て、男は衛士のようだった。


「サーカス団居留地の制圧に向かっていた騎士たちが帰還しました、普人種以外の児童を多数保護したようです。診て頂ければと」

「保護できたノ? ……わかったワ」


 騎士団は籠城の構えを見せる相手に苦戦はしたそうだが、結果的に制圧は無事に完了。


 何かに怯える獣人の子どもたちを落ち着かせ、騎士団支部まで護送して戻ったのだという。


「……つくづく理解できないわネ」


 わかってきた背景。サーカスの一団は逃げる素振りを見せても実際に逃げるつもりはなかったようだ。


「隊長は時間稼ぎをされたようだ、と」

「とにかく、運ばれた子たちも診てみるワ」


 嫌な予感を覚えながらも、ヤルムルートは足早に子どもたちが運ばれた部屋へと向かった。



 部屋に集められた獣人の子どもたちは6人。全員が毛布を片手に何かに怯えた様子で震えていた。


「もうあいつらは全員捕まったぞ」

「違う……違う」


 子どもを慰めている獣人の衛士は、思うようにいかない相手の反応に頭を掻いて困った顔を浮かべている。


 目元に隈を作り恐怖に震える少年少女を慰めることが出来るほど、獣人の男は繊細な生き物ではない。


「あっ」

「交代するワ」


 苦手を自覚している獣人衛士は、ヤルムルートの登場にあからさまに安堵した様子を見せた。


「こんばんハ、ここにあなた達を傷つける人はいないワ。何が怖いのかしラ?」

「あいつが……あいつが来るんだ」


 残念ながらヤルムルートも子どもの相手が得意とまでは言えない。


 しかし怯えていた犬人の少年は、女性の登場に少しばかり安堵したようだった。


「あいつって、誰かしラ」

「…………」

「言えない」


 黙りこくった子どもたちの中で、ひとりの少女が声をあげる。


 苦しそうに胸元を抑えるエルナの側で、涙をこらえながら毛布を握りしめる獅子人の少女。


「みんな言えないんだゾ、外の大人に言ったり、逃げようとしたらあいつがお仕置きにくるから」

「そいつが、"悪夢の道化"なのかしラ?」

「――!」


 ヤルムルートの返答に、リオーネの目が丸く見開かれる。


「もし大丈夫そうなら、知ってることを話してもらえル?」

「わかったゾ」


 問いかけられたリオーネは、苦しむ姉の姿に覚悟を決めた様子で頷いて見せた。

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