疲労
「おぉ、ドクター! 無事だったか!」
会議室へ案内されるなり、待っていたグラム錬師が大袈裟なリアクションをみせた。
「あの程度ならば、そっちこそ無事だったか」
「何とかな」
グラム錬師は多少の手当のあとがあるけど、大きな怪我はなさそうだ。
「他の者達は別の部屋で休んでいる、ヤルムルート錬師もそちらだ」
一緒に居たメンバーも無事みたいだ。
この会議室へ来る途中でも忙しなく行き来する騎士の姿はあった。
人員は不足しているみたいだけど、騎士団支部が襲撃を受けている様子はない。
因みにスフィたちは保護という名目で休憩室を使わせてもらっている。
「敵の行動の理由がわからないな、襲撃をしてくる割には退くのが速い」
あいつらの行動を見ていると、なんだか奇妙というかチグハグというか。
殺意はあるのにしつこさがないっていうのが近いか。
「何か別の目的があったとして、派手な動きは陽動かもしれないな」
夜梟騎士の男が思案しながら言う。
「奴等はセレステラ様へ狼藉を企んでいると言うが、現実としての成功確率はゼロに等しい」
「ふむ」
「セレステラ様の御来臨に際しては、星堂騎士だけではなく七星騎士も守りを固める。オウルノヴァ様も側におられるだろう、この守りを抜くのは仮に神格や精霊であっても容易では無い」
相手は国教が神と崇める星竜の妃、この国の最高戦力だけでなく星竜もそばにつくという。
そう考えると、たしかに成功する可能性は限りなく低い気がしてきた。
「もちろん計画はあるのだろう、しかしそのサーカスが中核を担っているとは思えない」
「……確かに。隠れ蓑にするにしても見世物興行は派手がすぎるな」
悪事を企むのに旅一座というポジションは確かにちょうどいい。
街に長期間滞在していても不審に思われないし、去るタイミングで犯行を行えば表沙汰になるのは既に街から離れたあとだ。
だけどそういう事例が多いからこそ、どうしたって疑いの目が寄せられることになる。
「サーカスの連中は陽動というのが夜梟騎士団としての見解だ。現時点で本部は動けない」
「口惜しいな」
人員を送ってくるあたり大事件に関連のある誘拐組織として無視するつもりはないけれど、本戦力までは動かせないって意味合いだろうか。
グラム錬師が悔しそうに拳を握る。
「だが人員は手配している、月が昇り切る頃には相応の奴等が来るだろう。問題は奴等が既に動いていることだ」
「犯罪組織として手配されても仕方なしという動きだったな、既に撤退する準備をしていても不思議ではないか」
「だとすると、わざわざ陽動じみたことまでした理由だけど……」
余計な推理を捨てて奴等の行動パターンだけを整理する。
あのサーカスには加護持ちやアーティファクト保有者が集められている、獅子人姉妹以外にも何人か獣人が居たはずだ。
目的は加護持ちの誘拐、それも獣人狙いの可能性が高いのは間違いない。
ここにきて急に乱暴な動きを見せたってことは……バレたから目星をつけた子供を拐って逃げるつもりだった?
っと、そこまで考えたところで誰かが部屋に近付いてくる気配がした。
「それで……誰か来たようだが」
「俺の部下だ」
部屋に入ってきたもうひとりの夜梟騎士が、隊長格らしい男に耳打ちをする。
……ちっ、自分の耳をフードで隠しているせいで聞き取れない。
「ドクターと言ったか、どうやらいい働きをしたようだな」
「……そうか、宿に来たか」
夜梟騎士の言葉でぼくも気づいた。
そうだ、あいつらに目星を付けられていたのはぼくたちも同じだった。
まさかここで動くとは。
「貴方が連れてきた娘達の使っていた宿に、奴等の一部が向かっていたようだ。宿が空っぽで諦めたみたいだがな」
「…………」
あっぶな……! 結果的にニアミスか。
錬金術師や騎士団をつっついて引っ掻き回し、その隙にしっぽ同盟の誘拐を狙っていたのか。
疲れて甘えたくなっただけなんだけど、素直になった結果が良い方に転んだ。
「奴等は倒れていた仲間を回収し、本拠地の方へと帰還したらしい。恐らく今夜中には街を出るつもりだろう」
「夜中に船が出せるのか?」
「あの規模なら陸路だろう、外周1区の外門は閉鎖されているが……」
「海沿いに門を避ける抜け道はないか?」
ぼくが問いかけると、夜梟騎士は部下に向き直った。
「……可能性はあるだろうな、人員の配置はどうなっている?」
「海岸沿いについては全て抑えています、捕捉は出来ると思いますが……」
「押し通られると厄介だ」
反応から見て人員が足りていないようだ。
あの連中を少数の騎士で抑えるのはいくら精鋭といえど無茶だろう。
空をとぶやつも居たし……。
「時間との勝負になるか」
「それにしても、防諜が手薄すぎないか……?」
流石に2人だけってことはないだろうけど、仮にも国内で誘拐集団が動いてるのに動きが鈍すぎる気がする。
「……こちらにも色々と事情があるのだ」
「深くは聞くまい」
少し突っついただけで緊張が走った。
仮にも一国の諜報機関を敵に回したくないし、あまり突っ込まないほうがいいのかもしれない。
「とにかく、我々は奴等の拠点を見に行く。後は任せてほしい……お前は連絡役として残れ」
「ハッ!」
手早く話を終えて、夜梟騎士はマントを翻して部屋を出ていってしまった。
もうひとりは姿勢を正したまま微動だにしない。
やや困っていると、小さな溜息とともにグラム錬師が手を差し伸べてくれた。
「……大丈夫か?」
「問題ない」
わけがない、意識を保っているだけで精一杯だ。
体力を補助してくれるドクターの仮面がなかったらとっくに倒れている。
「我は先に失礼させてもらおう」
「あぁ、休憩室は廊下の突き当りの右だ」
扉を開けて、言われたとおりに廊下を進む。
聞こえる音からして、どうやらヤルムルート錬師たちとは別の部屋が割り当てられているようだ。
保護した人のための客室が複数あるんだろうか。
「あっ……大丈夫だった!?」
扉を開けると同時に、ぼくの名前を呼びそうになったスフィが飛んでくる。
「……ごめん、仮面外したら即倒れるから必要なことだけ言う」
「う、うん」
「わかったにゃ」
ノーチェが聞く姿勢になった所で、分かっている範囲の情報を伝えた。
奴等の狙いが恐らくぼくたちで、相手は逃げの姿勢に入っているけどまだ油断できないこと。
「敵は加護持ちやアーティファクト保有者が多い……近付いてくる奴に気をつけて、何かあったらシラタマたちの反応を見て」
シラタマたちなら相手の加護に惑わされる可能性は低い。
「というわけで、後はお願い。頼りにしてる……」
「あ、待って! あっちにソファがあるから」
スフィが言い切る前に、ぼくは仮面を外してしまっていた。
緩和されていた疲労が一気に押し寄せて、一瞬で意識が遠くなる。
……次に気がつく時には無事に朝を迎えているといいんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます