騎士団へ
「アリス! かえってくるのおそい!」
「スフィ、ごめん」
「ぐうぅ……」
窓枠を越えてすっ飛んできたスフィを受け止めると、ちょうど靴で踏みつけていた男が呻く音が聞こえた。
ぼく単体だと殆ど重さのなかったところにスフィの重量が足されて、無視できない重さになったのかもしれない。
ここにくるまで月狼の加護の練習をしていたおかげで総重量3キロもなかっただろうし。
まぁ敵だしどうでもいい。
「踏みつけてるってことはそいつ敵だよにゃ、何があったにゃ?」
その判別法はどうかと思うけど、味方を踏みつける人間だと思われてないのは素直に安心した。
「騎士団に移動しながら話す、ここだと宿に迷惑かかるから」
それだけ伝えると、みんなすぐに準備をはじめてくれた。
2分もかからずに荷物をまとめて、揃って部屋を出る。
「宿のおっちゃんに言わなくて大丈夫にゃ?」
「書き置き残しとく、料金は3日先まで先払いしてあるから心配ない」
事情があって一度宿を出ることを書いたメモをテーブルの上に残しておけば、確認をしに来た時にでも気づくだろう。
やるべきことを終えて移動をはじめた所で、ようやくこっちの状況を話すことができた。
「サーカスの子たちがかけられてるっていう呪いについて調べてたら、襲撃された。それで騎士団支部へ向かって避難してたんだけど」
「けど?」
「途中で鉄仮面の男に襲撃されて、はぐれた」
移動中、風を起こす加護を持っているらしい鉄仮面の男に急襲されたことで他のメンバーとはぐれてしまったのだ。
知ったばかりの加護の練習も兼ねて自分の体重を軽くしていたうえ、ワラビによる風に乗っていたのが運の尽き。
突然起こった強烈な風に吹き飛ばされて気付けば街のはるか上空に居た。快適な浮遊移動の意外な弱点を突きつけられる結果となったのだ。
ワラビの能力は対応範囲は凄いけど、即応性は微妙なので
複数の風の流れがからみあって中々軌道修正できなくて、なんとか体勢を立て直した頃には大分流されてしまっていた。
挙句の果てには、空を飛ぶ力を持った足元の男に襲われたというわけだ。
因みに敵はシラタマの冷気の風を浴びせて凍りつかせたところを、フカヒレに地面へと叩き落として貰った。人の身で空を飛べるのが自慢だったようだけど、環境攻撃への備えがなさすぎる。
落下地点がちょうど宿の隣だったので、いっそみんなを連れて合流予定だった騎士団支部へ向かおうと考えたのだ。
この様子だと放っておいても大丈夫だったとは思うけど、ぼくが帰還できないことで焦れて暴発されると困る。
「空を飛ぶって、強そうだけどにゃ」
「飛べない人は苦戦してたかもね、本人も強そうだったよ」
個人の強弱なんて横に置いて、上空から物を落とされるだけで相当やばい。
空中での立ち振舞からもかなりの体術を使えそうな雰囲気があった。実際にあの高さから落ちても普通に生きてるくらいには頑丈だし。
「その割には秒殺しておらぬか?」
「遮蔽物なしで、周囲にこっちの味方が居ない状況に自分からもちこんでくれたから……」
ご機嫌ななめなシラタマが絶対零度の空気をぶっぱしたら即動けなくなってた。
空中ですぐに霧散したから中まで凍ってはいないだろうけど、寒さで硬直して行動不能に陥ったようだ。
これがもっと周囲に味方が居たり、壊しちゃいけないものがある場所なら苦戦していただろう。
基本形としてサポートに動くことが多いせいか、どうにも孤立させようとしてくる敵が多い気がする。
「とりあえず、ここまできたら皆の力を借りたい、ねむい」
ずっと動きっぱなしで体力的にも限界が近い。
グラム錬師もヤルムルート錬師も強いけど、どうにも気を張っちゃうんだよね。
やっぱりみんなと一緒にいるのが一番安心できる。
「たしかワラビの力で浮いてんだよにゃ、寝てるの引っ張ってくにゃ?」
「おんぶする?」
「道案内が必要でしょ、あっちの状況もわからないし」
ここの騎士団は真面目だった、街中で暴れてる奴等を野放しにするとは思えない。
人員集めてサーカス側に乗り込んだって聞いてはいるけど、そっちで何かあったんだろうか。
少なくとも待機人員はいるはずだし、行くことが無駄になるとは思えない。
というわけで皆で夜の街道を移動しているわけなんだけど。
「おねえちゃんがまもってあげる!」
「……ところでスフィはなんであんなにやる気なん?」
「おまえが帰ってくるの遅かったせいにゃ」
暴発しないように一度顔を出した判断は間違いじゃなかったみたいだ。
■
「しかしアリス、ようやくわしらを巻き込むつもりになったのじゃな!」
「ん? なにが?」
「うむ? 巻き込まないようにしていたんじゃないのじゃ?」
夜の闇にまぎれながら街道を走っている最中、シャオがよくわからないことを言い出した。
巻き込まないようにって……何に?
「いや、わしらを待機させて自分だけおとなと一緒に動いておったじゃろう! ずるいのじゃ!」
「……能力的にぼくが動くのが適切だった」
今回の一件で関わるのに必要だったのは調査能力だ。
薬師としての技術、呪いに関する知識。そういった部分でぼくが単独で動くのが適切だった。
ようするにみんなが動くべきタイミングじゃなかっただけだ。
「ここまで強行にでるのが予想外」
あちら側は騎士団の動きを見るなり即動いたとみるべきか。
初動部隊をおさえたのか、あえて空っぽの敷地に踏み込ませたのか。
……もしかして、読まれたと踏んで応援が来る前に何かをしようとしたとか?
情報をつかんでいる人間だけを消して撤退しようとしたのか。
戦力的にはこっちに注ぎ込んできたみたいだけど。
うーん……わからん。
考え事をしているうちに、海浜騎士団本部の入り口が見えてくる。
一旦考えを切り替えた瞬間、目の前に静かな気配が舞い降りた。
「――止まって」
「……子供? 何者だ」
まるでカラスの羽を思わせるような漆黒の外套をまとった若い男。顔には口元を隠すマスクをつけ、光を反射しないブルーグレーの鞘の剣を腰に佩いていた。
鋭い気配を放つ男に、ノーチェたちは警戒を強めている。
だけど敵意や攻撃の意思を感じる音はしてないな。もしかして応援にきた人だろうか。
「騎士団に協力している旅の錬金術師だ、諸事情でこの子らを騎士団まで連れてきた」
「……聞いていた以上の怪しさだな」
いかにも暗部ですみたいな格好してる人間に言われたくないなぁ。
「俺は
「ひとりだけでにゃ?」
「……先発隊だ。ヤルムルート殿からプレイグドクターの話は聞いている、案内しよう」
端的に告げると、男は黒いマントを翻して本部の中に入っていく。
「ないとおうるって、スフィ聞いたことある!」
「有名なスパイにゃ」
何故かスフィとノーチェがちょっと興奮している。
夜梟騎士団はアルヴェリアの秘密諜報機関で、近隣の国では子供でも聞いたことがある有名な組織だという。
異名轟く猛者も多数所属していて、演劇のネタにもなっている。
有名な諜報機関っていうのもなかなかおもしろい矛盾だよね。
ともあれ、夜梟騎士団が動いているってことは聖王国側もちゃんと対処する気があるみたいで一安心だ。
「ところで、ぼくの格好って言われるほど怪しい?」
「あやしい!」
「めちゃくちゃ怪しいにゃ」
「氷穴で起きた時に居たの、たまに夢に見る……」
「怪しくない部分がないのじゃ!」
……好き放題言うじゃん。
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