追いかけっこ

「どうする、騎士団に合流するか?」

「そうネ、でもあまり大通りをあるきたくないヨ」


 図書館を脱出した後、ぼくたちは連れ立って街道を走っていた。


 方針としては騎士団と合流することで決まったけど、移動ルートでちょっと悩むところだ。


「……どうした?」

「ほっとけっ……ほっといてください!」


 外に出たときにはみんな逃げられる程度に体勢を整えていたけれど、何故かロドだけ顔が赤くて足が遅い。


 最後に見たのはグラム錬師が指でつかんで図書館の外に飛び出した光景だったんだけど。


「怪我をしたなら早く言え、腰でも打ったか?」


 下手に我慢されると後が大変だから、何かあったなら早めに教えて欲しい。


 心配して声をかけたんだけど、ロドは益々顔を赤くしてしっぽを膨らませた。


「なんでもねっ……ねぇです! ちゃんと走りますから!」


 何だか葛藤の入り混じったような反応に、マクスを思い出してしまう。


「……?」

「ドクター、ドクターちょっと」


 近くを走っている錬金術師の男性に手招きされて近づく。


「さっき落ちかけたところをヤルムルート錬師に受け止められて、その時に……ね」


 錬金術師の男の視線が、先頭を早足で進むヤルムルート錬師の大きな胸元へ寄せられる。


 体格の違いもあるためぼくの頭より大きいものが揺れるのを見て、ようやく理解した。


 勢いで顔が埋もれたとかそんな感じだろうか。


「ガキか」


 いやガキか、ロドってたしか10歳くらいだし。


「ふぐっ……!」

「あんま言ってやらないで……ドクターに言われると、ほら」


 思わず出たつぶやきに、ロドの顔が茹でダコみたいになって目尻に涙が滲んだ。


 事情はわかったけど何でぼくに言われるとダメなのか。


「我が何だというのだ」

「いや、年の近い女の子って……」

「真に受けるな」


 そういえばあの鞭女の言葉を聞かれていたんだった。


 中身を見せたわけではないけど、年齢の近い女子って情報が入ったせいで態度がバグったのか。


 めんどくさいなぁ。


 この格好をしている時くらいはそういう枠組みから外れていたいのに。


 どんどん自然が多くなっていく住宅街の裏路地の景色にため息が漏れる。


 ……ん?


「そうは言っても、そういうのを見破る加護みたいなのは結構有名で……」

「待て」


 何かを言おうとする錬金術師を制止して、前方を警戒しながら進むグラム錬師たちに声をかける。


「人の気配がある道からどんどん離れていっているのは意図的か?」

「ムッ!?」

「ハイ?」


 グラム錬師とヤルムルート錬師が立ち止まり、驚いた顔でぼくに振り返る。


 大通りを避けるにしてもやりすぎだ、完全に奥まった場所に来てしまった。


「ここは……やられたネ」

「――え、うわっ! この先って」

「流民窟じゃないか」


 地理に明るくないけれど、現地在住の人間の反応的にあまりよろしくない場所に向かっていたのはわかる。


 それも、全員が意識しないままで。


「この対応範囲の広さ、連携も出来ている……戦力が整い過ぎだな。実働部隊の中でも精鋭というところか?」

「感心してる場合じゃないでしょう!?」


 加護持ちの厄介さに感心していると怒られてしまった。


 確かにそうなんだけども。


「我が幻惑の加護を破るとは」


 そんなやり取りをしていると、路地の陰から小さな影が姿を現した。


 同時に周囲の人々が警戒した様子でそれぞれ見当違いの方向を睨みだす。もしかして幻惑とやらで正確な位置が見えてないんだろうか。


 相手は目の部分だけくり抜かれた木製の仮面に、全身を覆う焦げ茶色のローブ。


 子供のような体躯のそいつは、しゃがれた声で言う。


 ……こいつは囮で、本命は隠れている3人かな。


「だが、幻惑の加護の真の力をごべっ!?」


 偉そうに包帯の撒かれた手を掲げたそいつは、高速で打ち出された氷の塊を顔面に受けてひっくり返った。


 因みに仮面の割れた下にあったのは普通の老人だった。


「――キャラを被せるな、不快だ」


 仮面の老人が倒れたことで、ようやく全員の視線がそいつへ集まる。


「さっきの襲撃には参加していなかった者だな……」

「まともに戦っていたら手こずっていたネ。助かったヨ、ドクター」

「構わない、そこで不意打ち狙いしている連中はどうする?」


 潜んでいる場所を指差すと、殆ど同時に仮装をした男たちが2人飛び出してくる。


 隠れきれないと思ったのかもしれないけど、動きに移るまでが早い。


 片方の男はナイフを手にした腕を伸ばし、もうひとりは手のひらに炎の玉を浮かべてぼくたちに迫る。


「奇人変人大集合だな」


 能力者大集合って感じだ、敵に回すと魔術師とは違う厄介さがある。


「セアッ!」

「ヒャアッ!」


 炎の玉がグラム錬師の顔面すぐ前で破裂し、その隙を突くように腕の長い男が飛び込んでくる。


 伸びた腕がロープのようにグラム錬師の腕や胴体に絡みついていき……。


「くっ!」

「ハイヤァ!」


 手にしたナイフの切っ先が肌に触れるより先に、ヤルムルート錬師が扇でナイフを弾く。


「ヤルム錬師、助かった!」

「どう考えても毒ヨ、気を抜きすぎネ!」


 まぁ普通に毒だよね。


「ちょっと大人しくしてネ! 『豪風扇ごうふうせん』!」

「ぐわぁぁ!」


 開かれた鉄扇が赤い光をまとって振り抜かれると、爆風が巻き起こって炎使いが近くの建物に叩きつけられた。


「寝ていてもらおう!」


 腕の長い男もまた、逃げられないところにグラム錬師の拳をまともに受けて地面に倒れた。


 残るひとりはどうやら地面に潜っているみたいだけど……。


 フカヒレにお願いして潜行してもらい、体当たりで地上へ弾き出してもらう。


「!!?」


 驚愕の表情をあげて飛び出してきた地面に潜る加護持ちは再び地面に潜ろうとするが。


錬成フォージング

「なっ」


 錬成で土の地面を固めれば潜行の妨害ができるようだった。


 なるほど、一定以上の硬度があると潜れないのか。


「いい働きネッ!」


 男がもたついているうちに、素早く飛び込んできたヤルムルート錬師が叩き伏せて敵側は全滅した。


 こいつらは大したことがないけど、加護持ちは確認できる範囲で12人か。


 星竜妃の誘拐なんて考えるやつらの主力がこの程度とは思えないし、戦力の底が見えないのが不気味だ。


「……ム、こいつはアーティファクト|保有者《ホルダー》のようだ」

「こっちの潜ってたやつもそうみたいヨ」


 敵を改めていたグラム錬師たちのため息まじりの声が聞こえた。


 どうやら全員が加護持ちというわけではないらしい。


 アーティファクトは後天的な加護って主張する説もあるから、大きく分ければ全部一緒ってことになるのかもしれないけど……。


「どっちにせよ、厄介なことには変わりない」

「それはそうだ……それで、このまま進むと流民窟だが」

「論外ネ、こっちには子供もいるのヨ」


 ロドのことを気にしているのかと思えば、ヤルムルート錬師の視線はぼくにきていた。


「騎士団支部へ向かうとしよう」

「ドクター、またおかしな方向へ移動し始めたら注意よろしくネ」

「……わかった」


 別に平気なんだけど気を使われてしまう。


 小さな女の子扱いされるのはやっぱりやり辛い……。

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