加護持ちの集団
「加護持ちはそこの不気味な鳥仮面だけよ!」
「由緒正しい仮面への侮辱はやめろ」
作り出した氷の刃を鞭を持った女へ向かって飛ばす。
確実に当たる軌道で投げたはずの刃が、何故か大きく逸れて床と本棚の端に突き刺さった。
「ア゛ッ」
背後で錬金術師の悲鳴が聞こえる。
「……本には当たっていない」
肝が冷えたけど、ギリギリ本は傷つけずに済んだ。
「はぁ、場所を移した方が良さそう……ネッ!」
飛び込んできた男の背中を鉄扇で打ちながらヤルムルート錬師がため息をつく。
鉄で鉄を叩いたような音を立てて倒れ込んだ男は、何事もなかったかのように立ってくる。
しかしヤルムルート錬師のしなる太い脚が男の顎をかちあげた。
全身を使う流れるような動きは中国武術を思い起こさせる。
「……徒手空拳ではこっちの脚が折れそうヨ」
つるんとした光沢のある外皮は見た目以上に硬く、その骨は鍛えた鉄より固い。
そんな竜人であるヤルムルート錬師にそこまで言わせるとは。
「ムッ!?」
グラム錬師の方も、轟音を立てて放った拳を襲撃者に避けられて驚愕の声をあげる。
ぼくの眼からも、殴られる寸前に襲撃者の上半身が霞みたいに揺らいで拳がすり抜けるのが見えた。
「奇人変人大集合だな」
「お前にだけは言われたくねぇなぁ! ハッ!」
リーダーらしき仮装男が叫びながら手に持っていた2本のナイフを投げてくる。
見当違いの方向に飛んでいったが、空中で奇妙な軌道を描いてぼくへと迫ってくる。
軌道を読んで回避するけど、今度は避けたはずのナイフが回転しながら戻ってきた。
「なるほど、全員加護かアーティファクト持ちか」
「厄介ネェ」
どおりで自信に満ちた行動をするはずだ、他にも似たような能力者が居るのなら並の騎士じゃ厳しいかもしれない。
「でもネェ、あなたたちが頑丈なラ」
「――本気を出しても大丈夫だろう」
グラム錬師の筋肉が盛り上がり、拳が音を置き去りにする。
「うわぁぁ!」
衝撃波と共に拳が透過する襲撃者の男が吹き飛ばされ、離れた位置で実体化して床を転がっていく。
非実体化ではなく、実際に身体が霧みたいになってるのか。
「ハイヤァァァ!」
ヤルムルート錬師の方も独特な構えを取り、回転による遠心力が加わった鉄扇で硬い男を殴り飛ばす。
「ゴガっ!?」
人間の身体が出しちゃいけない音をさせて、襲撃者の身体が宙を舞った。
種族からして戦闘の素質に恵まれてる2名にとって、この程度の加護は軽めのハンデでしかないようだ。
「くそ、なんで当たらねぇ!」
「肉体が頑強なのは羨ましいな……」
善戦する2人から目を離し、自分の周囲を旋回する無数のナイフを見ながらため息をつく。
「なぁ曲芸師の小僧、なんとも不毛だとは思わんか?」
「てめぇの正体はバレてんだよ、メスガキが!」
「そう思いたいのなら別に止めはせんが……」
ワラビの能力は流れの調律、こういう飛び道具に関しては滅法強い。
こういった速度やパワーのない投射攻撃を当たらないようにすることくらいは朝飯前だった……ただしマルチタスクは苦手みたいで、ぼくは移動できなくなってしまったけど。
一方であちら側も似たような加護かアーティファクト……能力の持ち主が居るのか、ぼくの主力である投射攻撃が当たらない。
フィールド攻撃なら行けると思うけど、その場合は味方を巻き込む。
そんなわけで、ぼくたちはすっかりお見合い状態だ。
なんて不毛な。
「おい! こいつの加護は重力操作じゃなかったのか!? 明らかに使っている力が違うぞ!」
「私の加護を疑う気!? 合ってるわよ!」
「まさかアーティファクトを持ってるはずもあるまいし、なんなんだよこいつは!」
「……?」
動揺しているのか情報がぽろぽろ出てくるのはありがたいけど、同時に自分の常識の無さを思い知るはめになった。
「ヤルムルート錬師、どういうことだ?」
「原則として加護やアーティファクトは一人に一つ、複数持とうとすると喧嘩しちゃうらしいネ」
「……なるほど」
どうやら加護とかアーティファクトは複数持とうとするとそれぞれが干渉しあうことが多いらしい。
あいつらの口ぶりからすると、どうやらぼくには加護があるらしい。
だけどアーティファクトも持ってるし精霊と契約もしてるから、あちらからするとぼくの正体がいまいち掴めないようだ。
というか重力操作って……最近やたら体重が落ちてたのはそのせいだったのか。
ノーチェたちの話を聞く限りだと目覚めていれば理解できるそうだけど、ぼくの場合は全く理解できなかった。
確か加護には上位存在に与えられるものと、生まれ持った自分の中にあるものの2種類があるんだっけ。
聞こえないってことはどこかの誰かからもらった加護になるんだろうか。
よし。
「なら答え合わせだ小娘、我は何の加護を持っている?」
「はっ、月狼の加護……重力を操り存在を覆い隠す力でしょ。浮いてるのもその力ね、神獣の加護なんて大層な物を持ってるわりに随分パッとしない使い方してるじゃない」
「……なるほど」
教えてくれて助かった。それにあの女の持っている加護の厄介さについても理解した。
相手がどんな切り札を持っているかを即座に知ることができるのは大きい。
しかしぼくを名前を呼んで来ない、スフィたちの名前をチラつかせて来ないってことはぼくの存在を特定できていないってことだろう。
存在を覆い隠す月狼の加護とやらで見えていない可能性もあるけど、他に話題を出さないあたりそもそも能力が加護とかを読み取る方向に振っているのかもしれない。
ローブの内側にいるシラタマたちにも気づいていないしね
「こっちの情報だけ筒抜けなのは気分がよくないネ」
「わかるのは加護くらいのようだがな」
強気な割にグラム錬師とヤルムルート錬師の強さもわかっていないようだった。
もしくは何か自信の根拠があるのか。
「動いてない奴等が不気味ネ、さっさと出るヨ」
「承知した」
ヤルムルート錬師の言葉に合わせて、グラム錬師が盾になるように動く。
襲い掛かってきているのはナイフ使いと襲撃者が2人。
女と残りの4人は退路を塞ぐように立つだけで何もしてこない。
こっちも非戦闘員を多数抱えているし、大事な資料がある図書館で暴れたくないのは同意だ。
「万里を覆う霧の主、夕暮れに沈む森の雫。今ここに、汝が力を以て真実を隠す帳を下ろせ……『
「フロストボール」
魔術によってヤルムルート錬師が生み出した濃霧の中に、シラタマに凍らせてもらった粉末状の二酸化炭素を投げ込む。
言ってしまえば粉末状のドライアイス、危険だけど冷気は上から下に落ちるし、あの背の高さなら猶予は十分ある。
「ムッ!」
「脱出するぞ」
「あなた結構無茶苦茶するネ!?」
爆発的に広がる白霧の中で、グラム錬師とヤルムルート錬師が口元を押さえて慌ててこっちに来た。
即座に何をやったか気づくあたり、やっぱりふたりとも錬金術師なんだなって思った。
同じように呼吸を最小限にしている錬金術師と、わからずにきょとんとしているロド含めた見習いを抱えるようにしながら図書館の窓を突き破っていった。
「仕切り直しだ、また後でな。
動きの流れを操作されてぼくの周囲を旋回しているナイフを、タイミングを合わせて錬成で破壊する。
形を失ったナイフはそのまま床に落ちて散らばった、破壊すれば止められるのか。
「待て……っ!?」
そうこうしているうち、逃すまいと霧に飛び込んできた襲撃者のひとりがそのまま床に倒れ込んだ。
それを見て、他の連中は毒だと判断した様子で足を止めた。
空気中の二酸化炭素濃度が増えると、まともな人間なら強い眠気や不快症状が出る。
濃度によっては失神してそのまま……ってこともあるけど、このくらいならすぐ換気すれば気を失うくらいで済むだろう。
仮にやりすぎても敵だし、運が悪かったってことで。
ぼくもグラム錬師たちに続いて、図書館から飛び出した。
……早めにスフィたちと合流しておかないとな。
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