不審な動き

 騎士団で話をしたあと、みんなには宿で待機してもらってぼくとグラム錬師は港から少し離れた錬金術師ギルドの書庫へとやってきていた。


 支部は港にほど近い場所にあるのだけど、潮風は本に良くないので書庫だけは別管理になっているのだ。


 たぶん設計ミスだろう。


「よ、よろしくお願いしますッ!」

「……あぁ」


 書庫で同行したのはグラム錬師と、呪術に詳しい錬金術師ギルドの面々。


 そして短い付き合いながら、普段からは想像もつかないくらい礼儀正しいロド。


「やりづら」


 仮面つけているので見にくいし、スフィたちは無茶しないとは思うけど心配だし。


「俺にできることがあれば何でも言って下さい!」


 ロドは背筋がピシッとして手伝う気満々だし。


 非常にやりづらい。


「ふむ……」


 取り敢えず手伝いの人たちに集めてもらった呪術関連の本を、読める人間で手分けして読み漁る。


 呪術というのは代償魔術と呼ばれるものの一種で、対象が特定の条件を満たすことで初めて発動する特殊な術だ。


 そのトリガーが厳しいほど、大きく効力が高まるのが特徴。


 外の人間に情報を伝えようとしたことをトリガーに命を奪う呪いが発動する……と考えれば辻褄は合うけど、夢の悪魔という存在がどうにも気にかかる。


 今回の件は当事者から呪いだと言われたけど、正解かどうかは微妙だ。


「それにしても、難しいねぇ」

「やはり既存の呪術とは違うか」

「せめて当人を診ることができればもう少しわかるんだけどネェ」


 話を聞いて協力してくれた錬金術師のひとりが、頭を抱える。


 彼女は『ヤルムルート』、チャイナドレスのような物を着た竜人ドラゴニュートの女性。


 竜人というのは最高位に近い真竜の血を引くと言われる、二足歩行の小さな竜みたいな外見の種族だ。


 獣人をも凌駕する高い身体能力と魔人にも匹敵する魔力を持ち、知識欲が強い万能種。


 卵生らしい鱗人リザードと混同されることもあるけど、竜人は胎生のようなので生態からして全く違う。


「情報が少なすぎるネェ、色々旅してきたけど夢の悪魔なんて聞いたこともないヨ」


 独特なイントネーションをつけて喋る彼女は、かなり前から錬金術師として旅をしているそうだ。


 専門は民俗学で現在は第6階梯、立場上はぼくよりずっと上である。


 そう、明確に立場が上の錬金術師なんだけど……。


「頼られて大手を振って出てきたのに、申し訳ないネ」


 さっきから妙に腰が低いというか、いかにも怪しいプレイグドクター相手にへこへこしてくる。


「協力してもらえるだけでもありがたいが、なぜそんなにへりくだる」

「……あらー? うーん、何でしょネ」


 どうやら本人もよくわからない理由で腰が低くなっているようだ。


 謎すぎる。


「実際に診たドクターの意見はどうなのだ?」

「少なくとも毒や病の類ではないな、あんな進行の仕方をする症状は聞いたことがない」


 まるで話そうとしていることを阻止するかのように痣が広がって、エルナの苦しみが増した。


 自由自在にコントロールできる毒や感染症をぼくは知らない。


 まだ呪いや寄生虫のようなものと言われた方が理解できる。


「他に可能性があるとすれば寄生虫の類いだが」

「それこそ精密検査しないことには……ネ」


 知性や意思を持った寄生虫のようなものは存在する、それが当事者に何らかの夢を見せている可能性も……。


 だめだ、可能性の範囲を広げるとますます原因を特定できなくなる。


 時間が限られているのなら、ある程度は当てずっぽうにならざるをえない。


 ぼくたちが優先すべきことはエルナたちの状態を解除、あるいは小康状態に持っていくこと。


「呪いの解除方法は設定された正規の手順を取ることネ」

「条件が判明していない以上、時間が足りんな」


 通常の呪術であれば必ず解除できる条件が設定されている、それもまた効力を高めるための代償だ。


「だとすれば強引に解除する方法だけど……1つ目は光神教の神聖術、これは論外ネ。術者の力量次第だから通じるかも不明ヨ」

「2つ目はアーティファクト、魔術の効力を強制的に打ち消す物があれば呪術にも効力があると聞く」

「けど、そういうのは大半が王家や貴族の保有ネ。事情を話せば借りる事ができるかもしれないケド」

「時間が足りないだろう」

「だとすれば、残るは術者の打倒か」


 強引に解除する方法があるとすれば、術者を倒すこと。


 結局のところ魔術は魔術、基本原則は超越しない。供給源であり操縦者が倒れればそこで終了だ。


 厄介なのは専門的な呪術師ほど弱点を熟知している事だろう。


 そういう奴は自分が術者であることを悟られないように立ち回る。


「それもそれで厄介ネ、そんな高度な呪術の使い手が素直に自分の正体を現すとは思えないヨ」

「しかし一番可能性が高い方法ではある」

「幸いというべきだろうか、この街は俺たちのホームだ。怪しげな動きをしている人間がいればわかる」


 グラム錬師の言葉に、錬金術師たちが頷いた。


 確かにずっと街に潜んでいた可能性を考えるのは優先順位が低い。


 ただ……学院での神隠し事件を知っているから、どうしてもアンノウンの関与が脳裏をチラつく。


 今頃行われているはずの騎士団の突入が上手く行ってくれるのが一番いいんだけど。


 まぁ、さっきから図書館の周囲をうろちょろしている気配を考えるとあっちもただでやられるつもりはないようだ。


「念のため地元の人間にも声をかけて、最近やってきた人間についての情報を集めさせている。呪術師だというのなら種族も絞れる」

「呪術に適性のある種は少ないからネェ……」


 そこまで言って、ヤルムルート錬師とグラム錬師が静かに立ち上がる。


「え、あの、お二人とも?」

「お客さんみたいネ」

「戦えないものは内側へ……ドクターもだ」

「戦えない扱いは心外だが、従おう」


 読んでいた本を片付けて、グラム錬師の指示に従ってテーブルの上に浮かぶ。


 いや、ヤルムルート錬師もグラム錬師も身長2メートル以上あるせいで高さがないと周りが見えないから。


 少しして、察知されたことをわかったのか潜んでいた気配が姿を現す。


 ナイフ使いの仮装男と……鞭を持った女。以前サーカスに診療にいったときに見かけた2人だ。


 それと構成員らしき、白い仮面をつけた男たちがざっと6人。


「……おい、どういう事だ」


 ナイフ使いの男がぼくを見るなり、怪訝そうな声を出して鞭女の方を向く。


 鞭女も明らかに困惑している様子を見せた。


「なんであの変な医者が生きてやがる、見誤ったのか!?」

「いえ、そんな筈ないわ、私の眼は確かよ」


 既に臨戦態勢に入っていた戦える錬金術師の2人が急に気配を鎮める。


 相手にとっても想定外の状況のようで、そこから何かヒントを得ようと敢えて薄くしたのか。


「あいつは成人していない半獣のメスのはずよ」

「えっ!?」


 ロド含めた、ぼくの正体を知らない手伝い勢の目線がぼくへと向けられる。


 途端にやりづらくなってしまった。


「あいつの持ってる加護だって呪詛をどうにかできるものじゃない。不可解だわ」

「じゃあなんでピンピンしてるんだよ……。俺たちはまだ目立つにはいかないっていうのに台無しだ」


 色々気になることはあるけど、取り敢えずは呪いの正体の一端に触れられた気がする。


 呪詛なんて言葉、精霊系統アンノウンが関わっていないと出てこない。


「サーカスなんて派手なことやってるのに、面白いこと言うのネ」

「表の顔は派手な方が便利なんでな」

「闇の人間の割にはペラペラ喋る」

「本業はサーカスなんだよ、これでもな」


 こっちの主戦力ふたりも手にいれるべき情報を手に入れたことを察したのか武器を構える。


 グラム錬師は身につけていたアクセサリーを錬成で変形させてメリケンサックにして、脇を締めて拳を構える。どうやらボクサースタイルらしい。


 ヤルムルート錬師は胸の谷間から鉄の棒を取り出して錬成をかけながら一振りする。太い鉄の棒が一瞬で長い鉄扇へと変わり、彼女はそれを優雅に構えて見せた。


 武闘派の錬金術師って肉弾戦強い人多いよな……。


「フロストソード」


 ぼくも負けじとシラタマにお願いして、周囲にツララを作ってもらう。


 顔の横に浮かんだツララを小声の錬成で剣の形に削って研いで、狙いを構成員らしき人間へ向ける。


 ……シラタマ右の2本ちょっとずらして、もうちょっと右……あ、いきすぎ。


 少しだけ戻して、うん、そこそこ。


「それで。私たち暇じゃないのヨ、用向きはなにかしらネ」

「探るのを止めてほしいんだよなぁ、いま錬金術師ギルドまで敵に回したくないんだよ。手を引けばお互い無事に済む、どうだい?」

「お断りだ、といえば?」

「その場合は……学者さん方にはちょいと痛い目にあってもらうぜ」


 騎士団に踏み込まれている最中だろうにこの余裕、なにかあるのか。


 そういえばテントで見た鉄仮面の男がいない……?


 まさかスフィたちの方に行ったか。


 ……逃げるくらいなら問題ないとは思うけど、下手に戦おうとしないでくれるといいな。

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