星竜妃セレステラ

「ありえんっ!!」


 ドゴォという音を立てて、目の前の分厚いテーブルが殴り壊された。


 下手人であるグラム錬師の筋肉が異様に盛り上がり、湯気が出ている幻覚まで見える。


 おかげで完全な器物損壊にも関わらず、騎士含めて誰も文句を言うことができずにいた。


「……以上が治療しながら聞いた話。強めの解熱剤と痛み止めを出しておいたけど、気休め」


 エルナにしてやれたのは痛みを和らげる処置だけ。


 その間にすることができた話はふたつ。


 自分たちが夢の悪魔に呪われていること、何か手がかりはないかとサーカス内を探っている時に誘拐計画を聞いたこと。


 口ぶりからして探り自体はずっとやっていたみたいだったけど、ぼくが入ったことで警戒している幹部たちがポロッと漏らしたようだ。


 詳細までは聞けなかったので信じて貰えるかどうか微妙だったけど、どうやらちゃんと伝わったらしい。


 その代わりグラム錬師が机を破壊したのは想定外だったけど。


 プレイグドクターの格好をしてなかったらびっくりしてしっぽが膨らんでいるのがバレるところだった。


「よりにもよって! セレステラ様を狙うなどと!」

「そのセレステラというのは何者だ?」


 どこかで聞いたことがあるような、ないような。


 微かな記憶が脳裏をかすめるので思い切って聞いてみた。


 あいも変わらず、ぼくは興味がないことはてんで駄目だ。


「……は?」

「いや、まさか」


 何故かその場にいた全員が唖然とした表情を浮かべる、獣人組に至ってはグラム錬師を含めて顎が外れそうな勢いだ。


「悪い冗談だな、プレイグドクター」

「ひとまずセレステラ様に対してだけはだめだ、口の聞き方に気をつけろ。星堂騎士に命を狙われたくなければな」


 毛皮の上からでもわかるほどコメカミに血管を浮かばせながら、犬系獣人の衛士が言う。


 これはぼくが大人だと思いこんでいることを抜きにしても冗談抜きのマジな反応だな。


「無礼については詫びるが、本当に知らんのだ」

「一体どれだけ世捨て人なんだ、仕方ない……。これについてはグラム殿のほうが詳しく説明できるだろう」


 この場における最高責任者の騎士が、ため息交じりにグラム錬師に話を振る。


 ぼくが子どもだとわかっているグラム錬師は困惑のほうが強いみたいで、怒りもいい感じに治まっているようだった。


「星竜妃セレステラ様は、その呼び名の通り星竜オウルノヴァ様の奥方様であらせられる。だがそれ以上に我々獣人にとって特別なお方なのだ」

「ふむ」

「セレステラ様はかつて滅びた獣王国の銀狼王家、最後の姫であるステラマリア様と先代聖王との間にお産まれになった姫君。現聖王の妹君にして、獣王国正統後継者の証である曇りなき白銀の毛並みをお持ちの、我等獣人の頂点に立つべきお方。10年ほど前にオウルノヴァ様に見初められ、星竜様の御伴侶となられた……」


 大昔から高位竜に関しては人と結ばれて子孫を成したという話はいくつも存在する。


 なので高位竜と人間の結婚自体はそこまで珍しいことではない。


 ただ……。


 アルヴェリアの聖王の妹で、数少ない銀狼人の生き残り。


 そのうえに星竜の妻とか、これまたとんでもない人物を狙ってるなあいつら。


「そんな人物を誘拐できるのか?」

「本来であれば拝謁するのも不可能に近いお方だが、今回は7年ぶりの星竜祭に御臨席なさるという話が回っている。実行するチャンスがないとは言わないが……」

「確かに。たかが旅一座が狙う事件ではないし、成功するとも思えない」

「……その件については、心当たりがある」


 ぼくとグラム錬師の会話に、複雑そうな顔で責任者の騎士が口を挟んできた。


「そのサーカスのテントには蛇のレリーフがあったんだな?」

「あぁ、そうだ」

「影潜みの蛇という闇組織……光神教の暗部が存在している。掴んでいる情報は、関係者は目印として蛇にまつわる何かを持っているというものだ」

「アクセサリーのモチーフとしてはポピュラーだと思うが」

「だからこそ、紛れさせるのに丁度いいこともある。関係者にしかわからない符牒でもあるのだろう。最近捕まった鉤爪のゲドラという暗殺者も、影潜みの蛇の関係者のようだ」

「……これはまた」


 つまりこういうことらしい。


 サーカスの連中はあくまで尖兵であって、裏ではもっと巨大な組織が動いていると。


 そう考えるなら、無謀ではあっても荒唐無稽とは言い切れないのかもしれない。


「詳しくは言えないが、つい最近にも奴等絡みで大きな事件があってな……。その情報を世迷い言だと笑えんのだ」

「……学院絡みじゃないだろうな?」


 濁すような言葉に思わず質問を投げると、騎士の警戒が強まった。


 まさか当たりとか?


「何をどこまで知っている?」

「これでも伝手は多い。源獣教が何かをやらかしたという話くらいは聞いている」


 警戒心を滲ませながら腰の剣に手をかけている騎士に、慎重に言葉を選んで伝える。


 納得されたというわけではないだろうけど、騎士は静かに息を吐いた。


「……ならば、そのとおりだと答えておこう。影潜みの蛇は源獣教とも関係がある組織だ、表向きは崩壊した源獣教の信徒を光神教が迎え入れたということになっているようだ」


 学院の地下を拠点に何かをしていた源獣信仰の大幹部、明らかに精霊……アンノウンの力を振るったあの男を思い出す。


 昨日今日じゃない、もっとずっと前からある企みであることは明白だ。


「奴等を捕らえて何かしら情報を引き出したい。計画書のひとつくらいはあるはずだ、しかし応援を呼ばねば戦力が足りない」

「すぐに伝令を飛ばしましょう」

「騎士団が動くとすれば証言者の保護を目的にすることになるな。ドクター、その少女はどのくらい持ちそうなんだ?」


 話を聞いていた騎士たちが俄に動き始める。


「持って3日」

「時間がないな……! 騎士長、動ける人間だけでも先に動いたほうがいいのでは」

「よし、とにかく動かせる者は総動員しろ。多少無茶な理由でもいい、責任は持つ」


 この動きの迅速さを見るに、騎士団の方でも既に何か情報を掴んでいたのだろう。


「ね、グラム錬師、夢の悪魔と呪いについて調べたい……のだが」

「あぁ、他の支部にも情報を回そう。騎士長殿、我々は先に失礼する」


 思わず素で喋りかけて慌てて取り繕うものの、周囲は気にもとめていなかった。


 やることが一気に増えた、無事にエルナたちを助け出せるといいんだけど。


 ……ま、関わった時点で見捨てるなんて選択肢はない。

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