夢の悪魔

 接触の機会はおもったよりも早くやってきた。


「話に聞いていた姉の方が高熱を出して倒れたらしい」

「ありゃま」


 突然呼び出されたぼくは、案内されるままグラム錬師の行きつけの酒場へ向かい、そこの個室で話を聞かされた。


 内容としては、今度は姉のエルナが高熱を出したので診てほしいというものだった。


「本人たっての指名だそうだ。妹の方はすぐに元気を取り戻したようでな」

「それは何よりだけど」


 正直に言えば不可解な依頼だと思った。


 実際に話しがグラム錬師まで来ているということは、姉の熱は仮病ではないということ。


 旅をするなら医者や薬学系の錬金術師まで行かなくとも、応急手当ができる人間くらい居てもおかしくない。


 治療師を入れるかどうかの判断をするために様子くらいは見ているはず。


「念の為に聞いておきたいのだが、感染症の可能性はあるかな?」

「他に熱を出している人がいないなら、かなり薄い。ぼくが見た限りでは不審な兆候はなかったし、処方したのは薬じゃなくて栄養補助剤」


 肉食系獣人だとビタミン系は主に肉や魚などの生肉から補給することになるから、具合が悪くなってからだと摂るのが大変になる。


 それを補充するサプリメントを出したのだ。薬の作用で無理矢理に回復させたものじゃない。


 疲労が原因の風邪で見立ては間違っていなかったと思う。


「様態は診てみないとなんともいえない。けどタイミングが良すぎる」

「俺もそう思っている。この状況で君に頼むのはどうかと考えてはいるのだが……」


 普通の診察のついでだった前回とは違い、何かがあったことが前提での動きになる。


 彼女が言っていた"出られない理由"にも繋がっているのかもしれない。


「いいよ別に」

「すまないな、助かるよ」


 心苦しそうなグラム錬師にかまわないと手を振ってみせる。


 彼等の価値観からすればギリギリ幼児に該当するぼくに危険な潜入を任せることに葛藤があるのだろう。


 一人前の錬金術師としての立場も尊重してくれてるから、やると答えたことを止めてはこない。


 あちらとしては「やりたくない」と言ってくれた方が心情的には楽なんだろうけどね。


 そんなわけで、早くも二度目のプレイグドクター出動となった。



 ナイフ使いの仮装男に手続きをして、獅子人姉妹の使っているテントへ入る。


「!?」


 前回とは違い、中で待ち受けていたのは妹のリオーネの方だった。


 仮面越しに顔を合わせるなりリオーネは瞳孔をきゅっとさせて寝ている姉をかばうように立ちはだかる。


 デジャヴュを感じる。


「だ、だれだ!?」

「薬師だ、おまえのことも診療した」

「あ、うん……おねえの言ってたとおり、おまえめちゃくちゃ怪しいナ」

「…………」


 帰ろうかな。


「薬師なんだよナ、お姉のこと助けてくれ!」

「……とにかく診てはみるが」


 泣きそうな表情ですがりつくリオーネをなだめながら、敷き布の上で寝ているエルナを診察することにした。


 呼吸は荒く、熱は40℃近くて目を開いても視線は定まらない。


 胸から聞こえる音に異音は混じっていなくて、身体には……なんだこれ。


 診察のために服をめくると、脇腹のあたりに何か切れ味の悪い刃物で刻まれたような赤い痣があった。


 手袋を外して素手で触れても、血はつかないし湿り気や凹凸は感じない。


「脇腹の、この妙な痣に見覚えはあるか?」

「…………うそだ、そんな」


 リオーネに聞いてみると、脇腹の痣を見るなり一気に顔を青ざめさせて大粒の涙をこぼしはじめた。


「なんでだ!? 私たち敷地から出てない、約束も破ってないゾ!」

「落ち着け」


 半狂乱になって髪の毛を掴む彼女の様子から、何か心当たりがあるのは確実だった。


「いやだ、お姉なんで! 死んじゃ嫌だ!」

「落ち着け、この痣はなんだ?」


 エルナにすがりつこうとするリオーネの肩を掴んで止め……いや力つよっ!


 あっさりと振りほどかれて、部屋の中を浮いたまますいーっと移動するはめになった。


 ……浮遊しててよかった。


「夢の悪魔だ、あいつが……!?」


 言いかけたリオーネが慌てて自分の口を塞ぐ。


「……ふむ」


 敷地から出るのも駄目なら、喋るのも駄目ってことなんだろうか。


「悪夢の……道化師……」

「お姉!?」


 話をしているうちに目が覚めたのか、エルナが身体を起こそうとしていた。


「そのままでいい」


 今は無理をしてもいいことはないので起きるのを止めようとしたら、凄まじい力でローブを掴まれる。


 剥がれそうでちょっと焦りながらその腕をつかんだところで、エルナの真剣な表情が目に入った。


「あ、悪夢の道化師。私たちは……夢に住む悪魔に、呪われてる……ぐぅぅぅ!」


 苦しそうなうめき声を上げて、エルナが脇腹を押さえた。


 脇腹の痣が手のひらで覆いきれないほど広がっていくのが見える。


「捕まった子は、みんな、あいつに……。許可なく敷地から、出たり、このことを……他人に話すと、呪い、ガアアアアアッ」

「……状況はわかった、もういい」


 汗が凄い。痣は痛みも与えているのだろう、苦しみかたが尋常じゃなかった。


「王国の人に……つ、伝えて……。あいつらの企み……聞いたの……! 全部、教えるから……だから、妹だけは……助けて!」

「……わかった、伝える。だから無理はするな」


 痣の広がる速度が上がっている、脈打つように伸びていく痣は明らかに心臓へと向かっていた。


 彼女たちにかけられた呪いが命を蝕むものであることは明白だった……時間はかかるみたいだけど。


 何とか呼吸を整えたエルナは、ぼくのローブを剥ぎ取らんばかりの勢いで引っ張りながら言った。


「あいつら、星竜妃様の誘拐を狙ってる……!」


 エルナが命がけで伝えてきた内容に、さすがのぼくも対処に困ることになった。

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