手紙

「アリス! ちゃんと見ててね!」

「うん」


 うららかな港での午後。


 ノーチェたちは街へ買い物へ繰り出し、ぼくは宿の庭でスフィと一緒に遊んでいた。


 スフィは手にしている木の輪っかを空高くへと放り投げて見せる。


 いや、サーカスで見た演舞の再現なんだろうけど……。


「えいっ!」


 高く投げられていく木の輪っかは、スフィが自分で削ったやつをぼくが整えた物だ。


 ガタガタだったので真っすぐ飛ばなくて困っていたらしい。


「それ、えいっ!」


 落ちてきた輪っかを受け止めて、スフィはその場でくるくる回りだす。


 残念ながら、演舞として完成していたあの獅子人の女の子には遠く及ばないと言わざるを得なかった。


 運動神経もリズム感もいいから、演技指導と練習不足が原因だろう。


「どう!?」

「すごい、かわいい」


 可愛いという感想は妹として正直なもの。


 反応に困っているのはアピールしたいのが練習の成果を披露したいだけなのか、それとも潜入への意欲なのかがわからないためだ。


「こうね、投げるのもね、踊るのもできそうなの。でも一緒にできないの」

「練習あるのみだね」


 長いはずの休みの終わりまで気づけば後12日。


 こんな風に呑気に海辺の日々を過ごして、何事もなく帰りたかった。


「それでね、スフィ」

「なあに?」

「ぼくを足止めして、ノーチェたちはどこいってるの?」

「…………」


 機嫌よく木の輪っかをくるくると回していたスフィの動きが止まる、しっぽの毛がぶわっと膨らんだのがわかりやすい。


「"そういうの"が通じない相手だってことくらいは、姉妹としてわかっていてほしかった」

「……うぅ、やっぱりむりだったぁ」


 勝手に潜入をぶちかますほど馬鹿だと思っていないけど、黙って大人しくしているとも思えない。


 学院ではぼく抜きで活動しているから、ノーチェたちに自信がついてきているのも知っている。


 だからこそ昨日の時点である程度警戒していて、出し抜こうとしているのにもすぐに気付いた。


 突撃もせず誘いもかけず上手く内部と接触を持つ方法に気づくとすれば……。


 ノーチェじゃないな、フィリアでもない。


 ふたりともコミュニケーション能力は高いけどそういった"策略"には向いていない。


 だとするとシャオか、あの子は空回りしがちだけど意外としっかりと考えている。


「採用されたアイディアがシャオのものなら、行き当たりばったりと見せかけて有効な部分をフィリアあたりが上手く調整しそう。……サーカス周辺をうろうろして、偶然同年代の獣人同士仲良くなれば話ができるって考えた?」

「……聞いてたの?」

「予想した」


 スフィの目がまんまるに見開かれる。


 やっぱり当たっていたようだ。念のためワラビに伝令を頼んでおいて良かった。


「たぶんそう上手くはいかないけどね」

「そうかな……」

「たぶん、敷地の方になにかあるから」


 エルナとリオーネの身体には不審な装身具も紋様もなかった。


 本人に直接何かをしていないということは、敷地の方に問題がある可能性が高い。


 アヴァロンの土地そのものに何かがあるとは思えないし、可能性としてはサーカスが占有しているエリアを区切って……幕か紐を基点に結界でも敷いてるのかもしれない。


「出れないのなら、接触も持てない」

「そっかぁ」

「何か力になりたいっていうのも、活躍したいのもわかるけど、こういうのは駄目」

「うん……」


 しょんぼりした様子のスフィを抱きしめて、頬を押し付ける。


「気持ちはわかるよ、できることをやっていこ」

「うん、そだね」


 ぎゅっと抱きしめ返してくるスフィと暫く身体を寄せ合って、暑くなってきたところで離れる。


 ただ頬を合わせるだけでも落ち着いてくれたみたいだった。


「アリスぅぅぅ!」


 ひと息ついたところで、ノーチェたちが帰還したみたいだ。


 叫ぶ声と足音が聞こえてきて、ノーチェたち3人が揃って姿を現した。


「先回りしてたにゃ!?」

「当たり前でしょ」


 3人のあとに続いて、ワラビがふわりとぼくの隣にやってくる。


「伝令役ありがと」


 その場でくるくると回りだすワラビに白い錠剤をあげると、身体の中に取り込んだ。


 錠剤から炭酸ガスが発生してワラビの透明な部分がぶくぶくと泡立つ。


 ……前にお風呂錠剤を取り込んで遊んでたのを見て作った錠剤だけど、ワラビは嗜好品として気に入ってるみたいだった。


「サーカスの近くにいったら犬人の兄ちゃんに見つかって追い返されたにゃ」

「アリス! わしらの高度な作戦にいつ気付いたのじゃ!」

「その、止めてくれてありがとう……」

「しゃらっぷ」


 口々に言う3人を止めて、ため息を吐く。


「動かない方がいい時は動かないもんなの」

「そうは言うけどにゃ」

「アリスはいつも勝手に動いてるじゃろう」

「悪い部分は真似すんな」

「アリスちゃん、自覚あったんだ……」


 いくらなんでも自覚くらいはある。


 フィリアの言葉が一番傷ついたかもしれない。



「というか、どうしても探りを入れたいなら普通に客として行けばいいでしょ。ファンだから挨拶したいとか言って」


 宿で昼食を取りながら今朝方の行動に突っ込みを入れると、4人は揃って『その手があったか』みたいな顔をした。


「こそこそするから怪しい。子どもが曲芸に夢中になって、年の近いスターに会いたいっていうのは不自然じゃない」


 綺羅びやかな世界で派手に活躍する女の子に憧れるのはやっぱり女の子なのだ。


 スフィたちは年齢が近くて性別も一緒、話をするチャンスくらいはあるだろう。


 おじさんが鼻の下伸ばしてプレゼント持っていくよりかはガードが緩いはず。


「でも監視とかされにゃいか?」

「されるだろうね」

「それに、その子たちに信用して貰えるのかな……?」


 余計なことを話さないかくらいの監視は入るだろう、しかし当人たちに信用されるかどうかなら問題ない。


「姉のほうは馬鹿じゃない。耳を見せてるから関係者だって気づく」


 耳の形は種族によって違う。


 人間からは区別がつきにくいようだけど、獣人から見れば耳だけでも割と種族がわかるらしい。


 それに狼人は珍しいみたいだから、なおさらわかり易いだろう。


「そっか! じゃあお客さんとして行こう!」

「そうにゃ!」

「やっていいとは言ってないけどね」


 あくまで方法論であって実行しろって話じゃない。


「なんで今回に限ってこんな積極的なの」

「誘拐とか許せないにゃ」

「さいきんアリスばっかり活躍してるきがするの、いもうとのくせに」

「わしに活躍の場をよこすのじゃ」


 一番まともな意見を言うノーチェはともかく、スフィは妙な所で闇を出してくるしシャオに至ってはただの我儘だし。


「活躍してるのはぼくじゃなくシラタマたち。というかスフィはぼくが活躍しちゃやなの?」

「それは嬉しいけど、スフィはお姉ちゃんなの!」


 どうやら最近ぼくの巻き込まれる騒動で何もできなかったことに、姉として思うところがあるみたいだった。


 こればっかりはぼくが何をしても悪化するだろうし、頭を抱える。


「……あれ?」

「フィリア、どうしたにゃ?」

「ポケットに何か入ってる」


 ぼくとスフィがやりとりしている横で、フィリアがポケットを探って首を傾げた。


「帰り道でローブを深く被った人とすれ違ったでしょ、そのときにポケットに何か入れられた気がして調べてたら……」

「なんじゃそれは、何かの切れ端か?」

「読めないにゃ」

「見せて」


 話を切り替えるチャンスだと思い、フィリアがポケットから出した布の切れ端を受け取る。


「それなんだにゃ? 暗号?」

「いや、字が汚いだけ」


 ミミズが断末魔のもがきをしているような図形は、ちゃんと見れば共通語に見える。


「よく読めるのう、わしにはミミズが暴れているようにしか見えぬ」

「錬金術師はわざと汚く書く人が多いから慣れてる」


 研究ノートを作るにあたって、単純に字が汚いけど暗号みたいになるから直さないって人も多い。


 おじいちゃんの研究手帳も読み方を知らなければただの超汚い乱文だし、そういうのばかり読んでいると結構慣れてくる。


 ぼくの場合は日本語で書けばそのまま暗号になるから気にせず書いてるので、そんなに汚くはないはず。


「……なるほど」


 そうこうしているうちに中身を読み終わった。


 どうやらあちら側の事情はぼくが思っているより逼迫しているようだ。


「向こうからコンタクトを取ってきた、プレイグドクターと会って話がしたいって」


 中に書いてあったのはプレイグドクターと連絡が取りたいという内容と、事情があって話せないが命の危機が迫っているので助けてほしいという懇願。


 ノーチェたちから騎士団に渡ることを考えたのかもしれない。


 豪胆な行動だと思うけど、そうせざるを得なくなるような何かがあったというところだろうか。


 ……すこし急いだほうがいいのかもしれない。

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