会議

 エルナとリオーネは大陸西方北部の草原地帯にある赤獅子の村の出身だという。


 獣人の居住地は大陸東方に集中しているけれど、少数ながら強い氏族は西方の北側に住んでいるって話は聞いていた。彼女たちはその強豪氏族というわけだ。


 そんな強豪氏族の戦士長の娘として生まれたふたりの姉妹は、姉のほうが10歳くらいになるまでは平和に暮らしていたそうだ。


 しかし野盗の襲撃で戦士たちが出払っている隙に、別の賊に村が襲撃されてふたりは拐われてしまうことになる。


 父親譲りの武術の才を持つエルナも、『火葬輪エゼルリゼル』というアーティファクトを持つリオーネも村の女子の中では頭一つ抜けて強い。


 エルナ曰く、獅子人には『女だから弱い』という概念はないらしい。


 賊相手に奮戦はしたものの敵はかなりの使い手。抵抗虚しく敗れてしまったようだった。


 捕まったふたりが連れて行かれた先があのサーカス。


 それからは拐われた他の獣人たちと、下働き担当や曲芸師として働かされながら大陸中を連れ回されていたそうだ。


 時折傭兵や賊紛いのこともさせられていたとか。


「どうして逃げなかったにゃ?」

「事情はあるみたいだったけど、時間がなくて詳しくは聞けなかった」 


 獅子人の姉……エルナから聞き出した内容を、騎士団の会議室で話し終える。


 現在借りている会議室ではグラム錬師の他にはぼくのパーティメンバーだけ。


 念の為と言うべきか、プレイグドクターの正体に配慮してくれているようだ。


「恐らく、何らかの手段で行動を縛ってる。聞こうとしただけでひどく怯えていた」


 動けない理由を聞き出そうにも、あれ以上滞在していると奴等に"確信"を持たれるので帰るしかなかった。


 妹の方は寝ていたので性格は知らないけれど、姉の方は別に臆病という感じはしなかった。


 そんな獅子人が怯えを隠せないほどの何かがあるようだ。


「獅子人を怯えさせる何か、か。やはり奴等は探りに気付いていそうか?」

「探りを入れられていることは気付いていると思う。あの格好でひとりで行ったのは正解だったかも」


 あちらも後ろ暗い身、当然のように警戒はしている。


 もしもぼくが素直に獣人の子ども先生みたいなノリで行っていれば、あの男は何かしら理由をつけて離れることはなかっただろう。


 自分で言うのも何だけど、ぼくがあまりにも怪しすぎてそっちの警戒にリソースを割かれていた感じだった。


 怪我の功名ではあるけど、自分としてはそこまで怪しいと思ってはいないので複雑な心境だ。


「だとすれば調査員を派遣すべきだな」

「証拠なしじゃ踏み込めないでしょ、内部調査は難しいんじゃない?」

「うむ……」


 いくらなんでも『怪しいから立ち入り調査します』は通らない。


 何らかの方法で捕らえた異人種を縛っているみたいだし、その正体が判明しない限り突入した所で『いえ、自分の意志でサーカスに入ってます』って言われる可能性も高い。


 一度梯子を外されてしまえば、再チャレンジは困難になるだろう。


「最低限、どうやって従わせてるのかを調べたいんだけど」

「難しいな、簡単に接触はさせてくれないだろう」


 プレイグドクターが頻繁に出入りするのは不可能だ、かといって他の治療師を送り込む訳にも行かない。


「はい! スフィたちがせんにゅーするとか!」

「それは無理だ」

「却下」


 元気よく手を上げたスフィに対して、ぼくとグラム錬師の声がかぶる。


 正体不明の何かがあるところにスフィたちを行かせるわけにはいかない。


「えー? でもスフィ、あの輪っかぶんぶんみたいなのできるよ?」

「できはするだろうけど、そうじゃない」


 なんか輪っかにした木を投げて練習していたのは知ってる。


 でも問題はそこじゃない。


「深夜に潜入してみるとかどうにゃ?」

「そもそもぼくたちが潜入する前提がおかしい」


 問題はぼくたちが部外者ということだ。


 話を聞いた以上は力になってあげたいけど、だからといって主体で動くのは話が違う。


「薬師になりすまして潜り込んだわりには消極的じゃな」

「協力するのはいいけど、ぼくたちが主として動くのは違うというか、なりすましじゃなくて本物」


 薬学と魔道具に関してはちゃんと専門家を名乗ることを認められてるんだけど、シャオは未だにしっくり来ていないらしい。


「じゃあ、わざと拐われて潜入……?」

「子どもが拐われるのを見過ごせるわけがないだろう」


 何かの読み物の影響を受けたらしいフィリアの言を、グラム錬師がバッサリ切った。


「前にアリスちゃんがやってたけど……」

「あれは半分事故だし、今回は暫く動かない」


 海賊船に誘拐されたときのことを言ってるんだろうけど、あの時は潜入するつもりはなかった。


 本当は拠点を確認したらさっさと脱出するつもりで、雑な運ばれ方に気絶してしまっただけなのだ。


「動かないってどういうことにゃ?」

「どういう意図かは知らないけど、あいつらの表向きの本業は曲芸だってこと」


 流石に心底から旅芸人だなんて思っちゃいないけど、表向きの立場はあくまで旅一座。


 わざわざ街で興行をするのなら、真っ最中に誘拐なんてするとは思わない。


「でも後をつけてきてたよにゃ」

「うんうん」

「それはいわゆるマーキング」


 拐っても大丈夫か、リスクを負うだけの価値があるのか。


 後を付け回すのはそういった事前調査みたいなものだ。


「原則としては大人に任せたほうがいい」

「むー……」


 そもそもの問題として、ぼくたちが積極的に関わることを大人たちは許可しないだろう。


 今度はこっちの対応に気を取られて本題がおろそかになりかねない。


「そういうわけで、大人しく待とう」

「わかったにゃ」


 不服そうな様子で頷いてみたノーチェに不安を感じながら、報告を兼ねた会議は終わった。


 ……大丈夫だよね?

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