プレイグドクター

「アリス、それ暑くないにゃ?」

「かわいくない」


 変装するならこれだろうと再び持ち出したドクターのペストマスク。


 それに合わせて漆黒のローブを身にまとい、シルクハットをかぶって杖を持つ。


 今回は精霊の友ではなく、正式に『プレイグドクター』を名乗ろうと思う。


 ドクター、見守っててね。


「中にシラタマが居るから」

「声がくぐもって、なんか男の子みたいに聞こえるね」

「かわいくない」


 ローブの内側にシラタマが入っているので、見た目の暑苦しさに反して内部はとても涼しい。


 この怪しさと胡散臭さが限界突破した格好は嫌いじゃなかったりする。


「アリス、なんか楽しそうじゃな」

「この格好の時はプレイグドクター、もしくはドクターと呼んで」


 プレイグの方だと病原体呼ばわりされてる気分になるから。


「それでアリ……ドクターはこれからどうするにゃ?」

「話は通してくれてるって聞いてる」


 グラム錬師からの依頼は、以前ぼくたちが見に行ったサーカスで体調を崩した獣人を診るというものだった。


 これから仲介者と合流して、サーカスに紹介してもらうことになる。


「ぼくひとりで行くから、みんなは宿で待機して」

「大丈夫?」

「この格好で出歩いているのを拐おうとする奴はそう居ないと思う」


 この格好をしてからというもの、かわいくないを連呼していたスフィがようやくまともな反応を返した。


 流石にみんなを連れて行く訳にはいかない。


 この格好で背丈が小さいのは"そういう種族"という誤魔化しが利くけど、子供連れは無理だ。


 似たような変装をしてもらうにも、気温にして30℃近い暑さでこの格好は自殺行為に等しい。


「今回に関してはひとりの方が動きやすい」


 ミッションとしては潜入と脱出、パワープレイ以外には自信がある。


「そっか、気をつけてね? 絶対無理しちゃだめだよ、アリスがいちばん大事なんだからね?」

「うん」


 ぎゅってしてくるスフィを抱きしめ返して、身体を離す。


 この格好は今後も活用できそうだから、できるだけ関連付けられる情報を残したくない。


 そんなわけで宿の一室で別れを済ませたぼくは、待ち合わせ場所へと向かった。



 物事何がどう働くかわからない。


「思った以上に快適」


 いまぼくが着ているローブは永久氷穴でシラタマが集めてくれた冒険者の遺品なんだけど、デザインで選んだこのローブにはとある機能が組み込まれていた。


 機能とは"風を生み出す"というもの。


 魔力保有量の多い魔術師が着れば矢避けのような効果をもたらすのだろうけど、ぼくではそよ風しか出せなかった。


 単体では微妙な効果は、しかしローブの内側にいるワラビといい感じのシナジーを生み出した。


 ワラビは自分から風を生み出すことは出来ないけど、発生する風を集めて操ることができる。


 その風力は、元々軽い上にどんどん自重が下がっているぼくを持ち上げるには十分なもの。


 おかげで風に乗って浮遊するという無茶な移動ができるようになった。


「…………」


 そんなわけで待ち合わせ場所で風に乗ってふわふわしていると、こっち向かって歩いてきた普人の青年が途中で足を止めて不審な挙動をしはじめた。


 何度も周辺を確認したり、首をひねったり、恐る恐るぼくを見ては目をそらしたり、頭を抱えて唸ったり。


 因みに待ち合わせ場所は港の路地の少し奥まったところなので、用もなく人が近付いてくる場所ではない。


 子どものぼくに配慮したのか、少し歩くとすぐ大通りに出られる場所でもあるけど。


「……いや、まさかな、でも」

「おい」

「!?」


 もしかしなくても、彼が仲介者だと思われる。


「グラムから頼まれた者だが、仲介者とはお前か?」


 前にこの格好をした時のキャラってこんな感じでよかったっけ。


 思い出せないけど知ってる人間もいないし、これでいいか。


「……まさか、グラム先生の言ってた薬師って」

「自分だ」


 やっぱり仲介者で合っていたようだ。


 こっちは良かったと安堵している一方、あちらはあからさまに頭を抱えてしまった。


「その、優秀な獣人の薬師と聞いていたんだが」

「獣人だ、あまり姿は晒したくないのでな」


 フードと帽子をずらし、青色に染色してある耳を出してピクピクと動かしてみせる。


「……なるほど、もしかして小犬人コボルドのドルイドか?」

「さてな」


 小犬人とは基本が二足歩行の犬で、成人しても背丈が子ども程度という種族である。


 厳密に言えば獣人ではなく妖精種だそうだけど、世間一般では獣人として扱われている。


 古の森神が、森の守護者である森人エルフと対になる植物の管理者として生み出した種族で、植物学と薬学に精通するという。


 種族単位で仮面を含む独特な装束を着て、植物研究のために旅の薬師をやっている事が多い。


 不思議と錬金術師になろうとする小犬人は居ないんだけどね。


 なにはともあれ、誤解されるには丁度いい。


「まぁいいか……いいのか? と、とにかく、話は通ってると思うが……」

「あるサーカスで体調を崩した獣人がいる、治療がてら内情を聞き出してほしいと頼まれた」

「あぁ、それで合っている」

「準備はできている、さっさと行こう」

「あ、あぁ……」


 肩にかけたカバンを見せて促すと、青年は怪訝そうな顔をしながらも頷いた。


 ぼくの体力の問題もあるし、サクサクと済ませてしまおう。



「…………本当に大丈夫なのか?」

「あぁ、知り合いの錬金術師からの紹介だ、腕利きらしい」


 顔に色とりどりのメイクをした鳥の仮装男が、ぼくを見て不審なものを見たような顔をする。


 腰のベルトに大量のナイフがくくりつけられているあたり、彼はナイフを使ったジャグリングを得意とする演者のようだ。


「まぁ、アンタの紹介なら信用する……したいが」


 なんで言い直した。


「見た目が不審なのはお互い様だろう、患者クランケのところに案内してくれ」

「いや、限度ってもんが……」

「錬金術師から腕は保障すると言われてる、正規の錬金術師直々にな」

「うぅ……ん」


 錬金術師という言葉を念押しされたことで、仮装男は渋々納得した様子を見せた。


 権威に感心すればいいのか自分の格好を疑った方がいいのか、微妙な気持ちになる。


「しかも今回は新薬の実験だから格安でいいらしい」

「ま、まぁ……うちも懐にそんな余裕があるわけじゃない、が……実験か」


 錬金術師ギルドのおかげで比較的安価ではあるけど、旅一座が気軽に治療師を呼べるほど安くはない。


 それも踏まえて、効果は確認してある新薬の実験を兼ねるなら格安でいいと伝えてある。


「……まぁ、診てもらうのは半獣だし、あいつら頑丈だしな。わかった、ついて来てくれ」


 あちらにも色々な都合があるのか、だいぶ悩んだ末にぼくへ依頼することを決めたようだ。


 仮装男に案内されて、サーカスのテントの奥側へ向かう。


「頼んだ」

「あぁ」


 移動する際に仲介者の青年とそんなやり取りをしてから、ぼくは客が入れない完全な裏側へと入っていった。

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