グラムの依頼

 グラム錬師が連れていってくれたのは、鶏肉と白身魚を中心に扱う店だった。


 サラダの種類も豊富で、店員も客層も心なしかがっしりした体型の人が多い。


 味は美味しかった、特に鶏の胸肉とブロッコリーの濃厚ミルクソースかけは絶品だ。


「では、耐久性は十分だと」

「そこらの金属よりは硬くできる。造船技術への転用についてはぼくはノータッチ」

「元々高速艇を作るための研究は進んでいたが、重量が問題だったんだ。通常のプラスチックは耐久性を持たせるなら厚くする必要があるからね」

「骨格で補強する技術はあるって聞いた」

「強度があるものを使うと重量の問題が出るし、圧のかかり方によっては骨格部分を基点に割れてしまう」


 食事をしながらする話は、主にぼくの研究に対するもの。


 スライムカーボンとそれを応用した炭素繊維強化プラスチックは、プラスチックが主要な工業素材であるアヴァロンでこそ大きく研究が進んだ。


 権利を個人ではなく錬金術師ギルドそのものに売ったことも大きいようで、色んな部門が実用化や量産のために手を出している。


 研究はぼくの手を離れているため、詳細情報まではわからない。


「それにしても、外8支部で見た素材とは雲泥だな……錬成の腕でここまで差が出るのか」

「基本は織物に近いから、今は製造工程を専門ごとに分ける方向でやってるみたい」


 自分の分の食事をさっさと済ませたグラム錬師は、ぼくの出したサンプル素材を興味深そうに眺めている。


 炭素繊維プラスチックのいいところは、骨格になる部分が繊維だから変形の自由度が高いこと。


 限界はあるけど通常の物より強度を維持したまま変形させられる範囲が広い。


 軽量で頑丈、更には成形済みのものでも現地で形を調整しやすいというのがフィールドワーカーに期待されている点だ。


「俺としては道具類に期待しているんだ、一度に持ち運べる重量にはいつも頭を抱えている」

「そういえば、ハリード錬師も言ってたね」

「所持品を軽量化できればその分持ち帰れる試料も増える。多くの道具をこの素材で作ったならば、研究の旅に革新が起きるだろう」


 満足そうな様子で返されたプラスチック塊を受け取り、肩がけのカバンにしまう。


 ポケットを誤魔化すのが面倒で作った外見用のカバンだ。


「それにしても、ハリードの兄ちゃんといいおっちゃんといい、錬金術師ってにゃんか強いの多くにゃいか?」


 話が切り上げられた気配を感じたのか、ササミと胸肉の骨付きつくねを齧りながらノーチェが言う。


 全体で言えばハリード錬師やグラム錬師は完全な少数派ではあるんだけど、出会った数が少ないせいか印象の強い人間だけが記憶に残っているようだ。


「旅をする以上、どうしても身を守れる程度の実力は必要になる。勿論全ての錬金術師が戦う術を持つ訳では無いが」

「最低限の武術くらいは習えって言われるらしい」

「君のように強固な守りを得られる訳では無いからな」


 グラム錬師の視線は、テーブルの上で葉野菜を突っついているシラタマへ向けられる。


 ぼくが精霊と行動していることは有名なので、魔獣と間違えることもないみたいだ。


「いわゆる子飼いの者たちや、屋内での研究専門であれば別だが……まぁ外部と交流を持つ機会などないだろう」

「研究専門はわかるけど、子飼いってなんにゃ?」

「貴族や商会から直接支援を受けて活動する錬金術師のことだ、ギルドに所属して資格を持っているが交流はあまりない」

「因みにハリード錬師やグラム錬師は支部所属、ぼくはフリー」


 フリーは所属がないだけで支部との交流は密なケースが多い。


 ぼくもそのたぐいなので、子飼いって呼ばれてる錬金術師とは交流がまったくない。


「もしかしてそれであいつはアリスのこと知らなかったにゃ? えっと、あの……担任代理の」

「……レヴァン先生?」

「そう、そいつにゃ」

「詳しくは知らないが、アリス錬師のことを知らないとすれば子飼いの可能性は高いだろうな。君は支部内では有名だが外に情報が出さないようにされている」

「そこらへん、緩いようで意外と固いよね」


 本気で隠す気がないぼくの動きにも関わらず、ぼく自身が錬金術師であることはバレていない。


 学内での認識は"養親が錬金術師だったから他の錬金術師に目をかけられている生意気な劣等生"といったもの。


 今となってはちょっとやそっとではビクともしない、最初についたイメージの強固さに笑えてくる。


「噂と言えば、君はまだ専門を決めかねていると聞いたが」

「んー……色々言われてるけど、結局必要とその場のノリで作ったものが多いから。専門にしたいのは魔道具かなって思ってる」


 最初の頃は決めあぐねていたけれど、色々落ち着いたことである程度は定まった。


 ぼくが一番興味があること、やってみたいこと。


 それに合致しているのはやっぱり魔道具関連。


「確か君の師にあたるのはハウマス老師だったか」

「うん」

「聞こえる噂は新素材と薬学に偏っていたから、師とは違う道を行くのかと思っていたよ」

「そんなつもりはなかったけど、旅の最中に魔道具作りは誤魔化しがきかないから」

「違いない……しかしそうか、君は薬学にも精通しているか……」


 話の最中、グラム錬師は何かを思い出したように顎に手を当てる。


「何か気がかりでも?」

「……獣人の誘拐事件が多いことは把握しているかね?」

「うん」

「俺も獣人として気になっていてね、海洋調査のついでに色々と調べていたのだが……。祭りが近いこの時期、アヴァロンには旅行者に紛れて裏組織の尖兵が入り込む。特に多いのが商人として、あるいは旅芸人の一座として」


 この言葉で、グラム錬師がサーカスなどの興行を疑っていることがわかった。


 大荷物の輸送手段に、旅をしていて不自然ではない理由、人の出入りの激しい事業形態。


 誘拐に適していると言われればたしかにそうだ。


「友人も騎士として長年この問題に対処していてね……ひとつの旅一座に疑いを持っているのだ。そこでは長旅で体調を崩した獣人の団員が出たと、医者を探しているという情報を掴んだ」

「ふむ」

「……その体調を崩した獣人というのが幼い少女らしくてな。こちらとしては疑惑について確かめるため、なんとかしてコンタクトを取りたいのだが、普人の治療師では信用して貰えない事が多い」


 大抵、ああいうところで働かされるのは幼い頃に拐われた大陸西方出身の少数部族が大半。


 助けたくとも人間に対する警戒心が強くて、事情を話してくれる可能性は低いという。


 かといって


「本来であればもうひとりの獣人の薬師が対応するのだが、生憎と今は動けない状態のようでな」

「何か事情が?」

「……本来子どもに話す内容ではないが、男女関係の問題で負傷をしてしまってな。居住地とも距離があるし、怪我人に無理をさせる訳にもいかない」


 反応から窺い知るに、狸人の獣人錬金術師は痴情のもつれで動けないようだった。


 ひとつ咳払いをして話を切り替えたグラム錬師が、真剣な表情でぼくを見る。


「唐突な依頼ですまないが。君さえ良ければ、薬師としてその患者を見ては貰えないだろうか?」

「……うーん」


 ぼくとしては受けても受けなくてもどっちでもいい。


 ただ、事件の予感にスフィとノーチェのやる気が高まっている気配を感じる。


 条件からして、対処さえしとけば危険性は低いか。


 誘拐事件についても気になっていたし、同じ獣人として不愉快を感じる部分もある。


「変装して正体を隠すという条件なら、いいよ」

「あぁ、構わない」


 獣人の薬師の絶対数の少なさを考えれば、医者を誘い込む罠とも思えない。


 患者を見に行くくらいなら問題ないだろう。


 そう思って、ぼくはグラム錬師の依頼を受けることにした。

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