撃退

 不審者側が動きを見せたのは、ぼくたちが市街での食べ歩きをはじめて3日目のことだった。


 初日に十分稼いだので暫くは遊ぶ余裕があったんだけど、それが相手の動きを促したらしい。


 そんなわけで夕暮れの人気のない裏路地で、ぼくたちは前後の道を布を被った不審者に塞がれていた。


「お前たち、大人しく」

「サーカスって……アートだよね」

「…………?」


 ぼくの唐突な一言に、不審者含めた全員が一瞬怪訝そうな反応を見せた。


 ……なるほど、サーカス関係者じゃないか。


「このあいだの商人側っぽい」

「あっ……あぁ、そういうことかにゃ」

「お、おう、そうじゃったのか」

「……何だと思った、言ってみろ」


 まーた変なこと言い出したみたいな反応しやがって。


 唐突に何か言うことはあっても、こんな意味不明な発言をナチュラルに吐き出したことはない。


 相手の反応を見るために決まってるでしょ。


「サーカスって単語に反応はなかった、でも商人側って言ったときに急に音が静まった。動揺を出さないように気をつけたから商人関係」

「にゃるほど」

「……チッ、勘のいいガキだ。さっさと済ませるぞ!」


 リーダーらしき男の指示に従って、複数の男たちが反りのある特徴的な片手剣を抜き放ちこっちへと近付いてくる。


 前に4人後ろに6人、随分と人手があるな。


「アリス、暴れていいんだよにゃ?」

「うん、平気」


 立派な正当防衛だ、アヴァロンでは獣人だからといって証言の価値が落ちたりしない。


「んじゃ……こそこそつけてきやがって! ぶっとばしてやるにゃ!」

「目にもの見せてやるのじゃ! のうシャルラート!」

「わおぉぉぉん!」


 ノーチェの叫びに合わせて、スフィが吠えた。


 前後二手に分かれて飛び出したふたりは、走りながら剣を抜き放ち不審者に迫る。


「サンダーウェイブ! にゃ!」


 前の4人に走り寄ったノーチェが地面に太刀を刺し、稲光を放つ。


「ギャアアアア!?」


 悲鳴を上げて手足を痙攣さえた男たちが抵抗する間もなく地面に倒れ、打ち上げられた魚のようになった。


「とー! 『ラウンドセイバー』!」


 一方で後ろの6人に突進していったスフィは、白い光をまとわせた剣を構えて一回転。


 円を描く光に合わせて風の刃が放たれると、爆風となって男たちを壁へと叩きつける。


 ……待って想定してる威力より高いんだけど、武技アーツの強化補正って魔道具で発動する現象にも乗るの?


「アリスどう? 先生におしえてもらった新技!」

「すごい」

「えっへん」


 しっぽをブンブンして自慢気に胸を張るスフィを見て、ぼくは静かに息を吐く。


 耳を済ませると、鎧を鳴らして駆けてくる騎士の気配がすぐそこまで近付いていた。


 どうしよっかこれ、戦闘中に騎士が乱入していい感じに証拠と現場を抑えてもらおうと思ってたんだけど。


「大したことないやつらにゃ」

「これでおしまい?」


 スフィとノーチェの成長具合が想定以上だ。


 いくら不審者が弱いとは言え、一方的に秒殺してしまうとは。


 学院での日々は思った以上にふたりにとって良い刺激になっているみたいだった。


 ……成長してないのってもしかしてぼくだけなのでは。


「……わしとシャルラートの活躍は?」

「みんな、怪我しなくてよかった」


 なんて思ったけれど、意外とそうでもないかもしれない。



「こっちで子どもが襲われていると……」

「合ってるにゃ!」

「こっちこっちー!」


 制圧してすぐ、騎士がやってきた。


 いくらなんでも動きが早すぎるので、やっぱり監視というか注目はされていたんだと思う。


 因みにタイム的にはスフィとノーチェが片付けてから約1分、騒ぎを察知して駆けつけるにあたっては迅速極まりない。


「……聞いてきたんだが」

「とっくに伸されてんな、お前らがやったのか?」


 姿を見せたのは水色に近い色合いの鎧を着た若い普人の男性を中心に、同じカラーリングで比較的軽装の獣人が3名。


 全員が同じ魚と水草の紋章をつけているので、同じ組織の所属であることがわかる。


 海浜騎士団の人がつけているのと同じ紋章だ。


 確かアルヴェリアの騎士の制度だと、貴族階級の管理職である『騎士ナイト』と、平民階級の『衛士ガード』に分かれてる。


 見た感じ、普人が騎士で獣人が衛士のチームだろうか。


「こいつらが先に襲ってきたにゃ」

「まぁ、そうだろうな……」

「ひ、ひとまず捕縛しよう、バッズは応援を呼んでくれ。君たちも事情を聞かせて貰えるね?」


 ノーチェの証言を受けてひとりを走らせた後、騎士団の人たちは手早く不審者を拘束していく。


「この時期はこういう不埒な輩が多くてね、君たちも人気のない場所に入り込んではいけないよ」

「このあたり慣れてないから失敗したにゃ、気をつけるにゃ」


 しれっと言うノーチェも、色々な"対処法"を学んできているようだった。


 ぼくの口出しが邪魔になってしまう日も近いかもしれない。


「俺たちもある程度は把握してっから、時間は取らせねぇよ」

「それにしてもすげぇな、ほんとにただの子どもかぁ?」


 どことなくフレンドリーな獣人2名に左右をしっかりと囲まれて、ぼくたちは騎士団へと案内された。


「なんか……この人たち、ちょっと」

「ピリピリしてる?」


 移動中、少し居心地悪そうにささやくフィリアに、スフィたちも応じる。


 確かに囲む騎士……正確には衛士たちはまるで犯人を捕まえたかのような、肌がピリつく気配を漂わせている。


 だけどぼくたちに向けられたものじゃない、どちらかといえば周辺へと向けられたものだ。


「誘拐事件って、最近多いの?」

「ん? あぁ、特に異人種……普人以外の種族が狙われてる。最近も兎人族の居住区で祭り荒らしがあったんだ」

「なるほど」


 今回のは商人が仕向けた賊だったけど、それとは別にアヴァロン内に犯罪組織みたいなのが入り込んでいるのが反応から伺い知れた。


 何よりも、サーカスの帰りに追跡してきた奴は捕まった不審者の中に居なかった。


 バカンスを切り上げてさっさと家に逃げ帰るか、いっそこっちから攻めに出るか。


 どっちも選択肢として有りだから悩ましい。

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