寝過ごし
夜の匂いに目を覚ます。
月を背に揺れるワラビをベッドから見上げて、異様にだるい身体で寝返りをうった。
……今何時だろう、確か昨日はサーカスから帰ったあとベッドでゴロゴロしてる間に寝ちゃって。
夜ってことはちゃんと寝付けなかったかな。
隣ではスフィが寝息を立てていて、他のみんなも別のベッドで寝ているようだ。
借りたのが大人用の3人部屋でベッドが3つ。
現在はぼくとスフィ、ノーチェとフィリア、シャオでそれぞれ使っている。
軽い頭痛にこめかみを押さえながら身体を起こし、手足を伸ばしてバキバキになった身体をほぐす。
寝不足にしてはだるさというか、身体の調子が変だ。
喉も妙に乾いていて、つばを飲み込もうとしても張り付くような感じがする。
「シラ……タマ」
ベッド脇に置かれたガラス器に収まったシラタマと目があった。
ぼくが起きたのに反応して目を覚ました……って言い方も変か、シラタマは通常ならそもそも睡眠は必要じゃないし。
ともあれ、気付いてくれたシラタマに氷がほしいと訴えかける。
手のひらに作り出された小指の爪くらいの氷を口に含んで、ようやくひと息つく。
「けほっ、ありがと」
夜中だからか、シラタマは器の中で胸を膨らませながら頷いた。
……その器、ほんとに気に入ったんだ。
落ち着いて室内を見回してみると、月明かりの中でもわかるくらい室内の様子が記憶と異なっている。
テーブルの上の物、荷物の位置……というかよく見るとスフィの着てる服も寝る前とは違う。
就寝にあたって片付けたとか、そういう感じの変化ではない。
これは、あれだな。
「何日、寝てたんだ」
昨日はしゃいだせいで最低でも朝と昼を寝過ごした可能性が高い。
もし遊ぶ時間を潰してたら、悪いことしちゃったな……。
「トイ……」
トイレに行こうとしたところで、スフィの手がしっかりと服を掴んでいるのに気づいた。
申し訳ないけど指を外す……はずす……はず……。
なにこれ指がビクともしないんだけど、
最近拠点が決まって精神的にも落ち着いたのか、栄養をしっかり取って毎日健康的に遊んでるスフィ。
背もちょっと伸びて力もついてきたのは知ってたけど、ここまでとは。
前はちょっとくらい動いた気がするのに。
「スフィ、起きて、トイレ」
「……んー……ゅ」
「起きてスフィ、トイレいきたい」
「スフィは……おといれじゃ……ないよ……」
「わかってる」
「んー……」
寝ぼけたスフィに何とか起きてもらい、一緒にトイレに向かう。
……ん?
「スフィ、ブラウニーがついてきてくれてるから、手を離してくれるだけでいい」
「……うんー」
駄目だ、離してくれない。
結局建物外にあるトイレへ行って戻るまで、スフィが手を離してくれることはなかった。
今日に限ってどうしてこんなにロックが硬いんだ……。
■
もうひと眠りして多少スッキリした朝方、理由が判明した。
「スフィちゃん、一昨日は連れ回しちゃったって落ち込んでたからね」
「ずっと心配してたし、宿の周りに妙な格好の連中がうろついてたからにゃ」
「それで……」
ぼくは結局丸一日寝過ごしていて、更に寝ている最中に宿の周りに不審者が現れたという。
そっちは宿の主人が騎士団に通報して事なきを得たんだけど、疲労で寝ているぼくと不審者に動揺したスフィが張り付いて離れなかったのだ。
「心配かけてごめん」
「ううん、スフィこそごめんね、アリスといっしょにあそべるの、たのしくて……」
ぎゅっとしてくるスフィを抱きしめ返す。
「危うく漏らすところじゃったな」
「ぼくはシャオと違うから」
「あ゛ぁ゛ん゛!?」
仲間を見付けたような顔をするシャオだけど、生憎とぼくのキャラではないので諦めてほしい。
最悪服だけ錬成で一時切り取るってやり方もあったのだ、そこまでするほどじゃなかっただけで。
「それで、不審者って?」
「顔に布巻いたおっさんたちが、遠くから宿を伺ってたにゃ」
「騎士さんたちが近付いたら逃げたって、捜査してるんだって」
外周1区には海という逃げ場があるためか、獣人を狙って誘拐する連中がいるらしい。
祭りに合わせて各地から人が集まるこの時期は特に被害が大きくなるため、騎士団も警戒しているのだそうだ。
「港ってどうして誘拐犯多いにゃ」
「連れ去って海へ逃げられる。どれだけ鼻の利く獣人でも海上は追えない」
陸路であれば国ひとつふたつ越えても追っていける能力を持つ獣人ですら、海上を追うのは困難を伴う。
パナディアとかでもそうだったけど、港ってのは行方不明事件が起きやすい場所なのだ。
海浜騎士団に獣人が多いのも、遊びにきた獣人の子どもが拐われる事が多いからかもしれない。
「今は体調もいいから、ぼくが拐われる分には平気だよ」
「そういうのにはくそつよいもんにゃ……」
正直、国家の威信をかけた大監獄とかでもなければ軽く脱出する自信がある。
船をぶっ壊してシラタマに乗れば簡単だ。
昔は飛んでくる矢とか魔術への対策がなかったけど、今はワラビがいるので対空攻撃への備えもバッチリだ。
むしろ自力での脱出手段がないスフィたちが拐われる方が心配になる。
「搦手ならまかせろ」
「アリスがそういうとこだけ頼もしいのはね、なんか複雑」
適材適所だよ、ぼくは賊を制圧するとかは出来ないし。
殲滅はできるかもしれないけど、自発的に殺戮ルートを歩くのは遠慮したい。
「とりあえずね、交代でお買い物いったりしてたよ」
「やっぱついてきてたと思うにゃ、位置まではわかんなかったけどにゃ」
「近いうちに襲ってくるかもね」
できれば騎士団が近くにいるときがベストだけど、相手の正体がわからないことには誘いもかけられない。
うろちょろされて鬱陶しいのはわかるけど、暫くは我慢してほしい。
こういうのは焦ったほうが不利なのだ。
「こっちも襲撃に対応する準備だけして、あとは普通に遊んでればいいよ」
「そうだにゃ、まずはお前の回復待ちだにゃ……」
ベッドに横になりスフィの膝枕の上で頭を撫でられているぼくを見て、ノーチェが盛大にため息を吐いた。
……なんならこの状態でも大暴れしてみせるが?
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