幻想の夜

 『幻想の夜』というのがサーカスの名前らしい。


 夕暮れを浴びる巨大テントの前では、屋台が立ち並び良い匂いをさせていた。


 港の大広場なんだけど、こんなテントの設営が進んでいるなんて知らなかった。


「ここでっかいテントあるからなんだろうと思ってたにゃ」

「ねー」


 ……港を出歩いていたスフィとノーチェはテントの存在を認知していたみたいだけど。


「入れるかな?」

「聞いてみる?」


 スフィが興味を持っているので、テントの入り口付近で客引きをしている男の人に声をかけてみることにした。


「あの、入場料っていくら?」

「ん? あぁ、子どもは大銅貨5枚だよ」


 値段としてはそれなりだ。


「だって、どうする?」

「後学のためにも見ておくにゃ!」


 昨日稼いだだけあって、今日のノーチェは攻めの姿勢だ。


 財布から両替しておいた銀貨と大銅貨を取り出し、受付から入場チケットを買う。


「毎度ありー、お嬢ちゃんたちこの街の子かい?」

「あたしらも最近来たばっかりだけどにゃ」

「へぇ、そうなんだ。楽しんでいきなよ」


 ……ふむ。


「アリス、どうしたの?」

「なんでもない、もう入るの?」

「うん、ごはんはさっき食べたし」

「じゃ飲み物だけ買っていこう」

「そだね!」


 ここに来る前に宿で食事は済ませているので、屋台の食べ物はスルーだ。


 飲食物の持ち込みは許可されているみたいだから、適当に果物の絞り汁を買ってテントの中へと進む。


 薄暗いテント内を赤青紫と幻想的な色合いの照明が照らしている。


 廊下を抜けると観客席があって、丸い舞台を囲んで見下ろす形で席に着く。


 記憶にある、何かの画像で見たサーカスのステージと似ている。


 周辺には親子連れも多いので、子どもにせがまれて来る人が多いようだ。


「どんなのかな?」

「うーん……」


 前世で一度だけ大きなサーカスにいったことはあるけど、あれは調査協力で公演はほぼ見てなかったからなぁ。


 結局終始ピエロと追いかけっこしてたし。人型はホント駄目だ。


「はじまるみたいだにゃ」


 過去の嫌な思い出にげんなりしはじめたところで、舞台に明かりが灯った。


「ご来場の皆様方、ご注目下さい! 今宵始まりますのは、人と精霊が織りなす幻想の競演!」


 舞台の中心に立つ派手な格好の仮面をつけた男の声に応じて、あちこちから色とりどりの光が空中を泳ぎ始める。


 ……よくみると光は羽の生えた猫っぽいのが放っているようだった、羽猫たちは男の指揮に合わせて空中で踊りだす。


「おぉー」

「…………?」

「チュピ」


 可愛らしい光景にどよめく観客の中、ぼくの横でスフィとシャオが首を傾げていた。


「ふたりとも、気持ちはわかるけどそういうものだよ」

「えー……?」


 ぼくは判別がつかないからシラタマが教えてくれたおかげで理解したけど、愛し子であるふたりは見てすぐに気づいたようだ。


 あれ、精霊じゃなくて普通の魔獣だって。


 別にあの子たちが精霊だなんて言ってないし、ギリギリセーフなんだろうか。


 演技自体のレベルは高くて、猫たちのダンスはぼくの感性でみても可愛らしい。


 猫たちのダンスの次はナイフジャグリングや玉乗りする魔獣とか、サーカスとしては定番の芸が続く。


 精霊使いを名乗る女性が出てきた時は、操るのがウィスプという光を放つ魔獣だったので少し笑ってしまったけど。


 見た目のイメージはたしかに精霊っぽいんだよね。


 一応色とりどりの光が空中に図形を描き出す演出は、すごく綺麗だった。


「続きまして最後の演目となります……我が幻想の夜期待の新星、舞姫リオーネの演舞をご堪能ください!」


 進行の紹介を受けて登場した女の子に周囲が微かにざわつくのを感じた。


 笑顔を見せながら、巨大な金属のリングを使って演舞を見せる猫系獣人の少女。年齢的にはフィリアと同じくらいに見える。


 耳が丸くてしっぽの先が筆みたいに膨らんでいるから獅子人だろうか。


 地球で言うところの新体操に近い動きだと思う。


 リングを活用した、しなやかだけどダイナミックで力強い動きは見事の一言。


 動きはだんだん激しくなっていき、リングが赤熱して発火する。


 微かな悲鳴があがる中、少女は火傷を恐れる様子もなく火輪となったリングを縦横無尽に振りまわす。


 最後に天井すれすれまで放り投げたリングを受け止め、横に振って火を消した。


 少女が一礼したことで演舞が終わったことを理解したのか、迫力に飲まれていた観客たちから拍手があがり、やがて大きな音の洪水になっていく。


 喝采を受けて去っていく少女を見送り、サーカスは終了。


 全部見終わった感想は、魔術を活かした演出なんかも多くて普通に楽しかった。


「なかなかだったにゃ、あの火のやつってどうやってるにゃ?」

「多分……アーティファクト」


 少し休んだ帰り道を、演目について話しながら歩く。


 見た感じ、火がついてるように見える演出じゃなくて本当に発火していた。


 地面が少し焦げてたし、明らかに気温が上がったから間違いない。


 一応加護の可能性もあるけど、あの発火で道具側に何の影響もない様子だったから多分道具のほうが特殊なのだ。


 ノーチェに渡した太刀も、加護を使って振り回されると結構な頻度でメンテナンスが必要だし。


「ほー、色々あるんだにゃ」

「こういうのに使うのはちょっと予想外」

「あのおねえちゃん、すごかったねー」

「わしが以前見たものよりすごかったのじゃ」


 明らかに重そうだったし、それを軽々と放り投げたりしてることから身体能力も高い事がわかる。


 流石は獅子人ってところか。


 ぼくとしては色々疑問点があったけど、スフィたちは楽しめた様子だ。


 暫くは港で興行するっていうし、また見に来たいって言い出すかもしれない。


「……あの子は、おねえちゃん呼びなんだ」


 ひとり硬い顔をしていた最年長フィリアが、ぼそっとつぶやくのが聞こえる。


 ……ちょっと気にしてたのか。

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