沖合の怪物
「シャルラート、水をかけすぎなのじゃ!」
「アリス、ここやって!」
「うん」
宿屋でもらった海の幸の揚げ焼きのサンドイッチで昼食を済ませてから、ぼくたちは砂浜で砂の城を作って遊んでいた。
今はシャオ、ノーチェ、フィリアの3人と、スフィとぼくの双子チームで出来を競っている。
「ぐぬぬ、何やる気なくしておるのじゃノーチェ、このままでは負けるのじゃぞ!」
「そんにゃこといっても無理だろあれは」
「相手が悪いよ」
スフィが集めてきた砂で作り上げた飛竜船の模型が止まる山間城郭都市の横では、シャオが必死に2階建てのシンプルな城を建築中。
ノーチェとフィリアは、ぼくが星竜教会の聖堂をモデルにした建物の再現に拘りはじめた頃からやる気をなくしていた。
「あたしらは仲間にゃ、仲間同士で争うもんじゃないにゃ」
「何を軟弱なことを言うておるのじゃ! 相手は一番年下のふわふわじゃぞ!」
「アリスちゃん今作ってるの?」
「何とか跳ね橋を稼働させられないかって……折れたわ」
やっぱ砂だと強度が足りなすぎる、
「やっぱミリサイズじゃ可動歯車は無理かー」
加工的にはいけるんだけどなぁ、ミニチュアでしっかり稼働させるならもっと強固な素材が必要だ。
「かくなるうえはおぬしの身長より高い塔を築き上げ、スケールの違いを思い知らせてやるのじゃ!」
「がんばって……スフィ、このハンドル回してみて」
「うん……あ、橋動いた!」
3センチ程度のハンドルを指でつまんでスフィが動かすと、それに合わせて跳ね橋が昇降する。
40センチまで縮小できたけどこっから先が難しい。
あー、普通の歯車の形状に囚われてるからダメなのか。
内部構造を組み替えて単純な四角とか三角形の歯車に変えてみる。
「……これでどうだろ」
噛合が悪くて動きがガタガタになっ……。
「ひゃっ、ごめん力いれすぎたかも……折れちゃった」
「振動で崩れただけ、スフィは悪くない」
暫く考えたけど打開策が思い浮かばず、素直に諦める。
「海まだ入れないのかにゃ」
「仕方ないよ」
今更ながら、なんで砂遊びをしているのかといえば騎士団によって遊泳が一時禁止されてしまったからだ。
なんでも昨日の夜にかなり沖合の方で巨大な怪物の影が確認されたとかで噂は出ていたんだけど、朝方にまた姿を見た人がいるとかで確認の調査がはじまってしまったのだ。
巨大な怪物が動いたにしては波とかの影響が少ないし、目撃者の証言から沖合と言っても相当遠方ってことで心配は無いと言っていた。
一瞬山みたいに大きな影が水面に浮かび上がるのが、沖合にあるゴマ粒のような船のずっと向こうに見えたらしい。
「夜はでっかく見えたけど、マジででかかったんだにゃ」
「あれって、前にアリスちゃんにって美味しいお魚くれた海の精霊さんなのかな?」
「キュピ」
フィリアの疑問をシラタマが肯定した。
当人はガラス器の上で仰向けに寝そべって、お腹の上のフローズンベリーを突っついている。
バスタブみたいな扱いになってない、それ。
緑色の発泡入浴剤入りの水でも注いでやろうかと考えながら、日差しを避けてシートの上に戻る。
「そうらしいよ、そこらの山よりでっかい"ウニ"だって」
「うに?」
「うにー?」
正体は意外というかあっさり教えてくれた、大陸を横断する巨大な海溝を領域にするウニの精霊。
……じゃあ何で
「シーウーチン、黒いトゲトゲのある丸いやつ」
「あー……市場に並んでるの見たことあるにゃ」
「しーおーしゃん?」
スフィ、それじゃ海海……って、なるほど。
「……ウーチンとオーシャンを聞き間違えたのか」
さては語感が近いからって無理矢理に聞き間違えたことにして出てきたな?
「シャルラートも知っておるそうじゃ、水の神獣の眷属にして海底の大山とも呼ばれる太古の精霊神……らしいのじゃが」
せっせと砂の城を増築しているシャオが追加情報をくれた。
同じ水に属するだけあって知ってはいるらしい。
「でもあんなに必死に待ってるの、なんだかちょっと可哀想かも」
「ヂュリリ」
「やめよフィリア」
フィリアが見せた同情をシラタマとシャオがバッサリと切り捨てる。
シャルラートの翻訳をしているためか、殆ど同じ意見のようだ。
「ぼくの安全確保のために海底に連れて行こうとしてるんだって」
当時はまだ意思疎通に慣れてなくて抽象的にしか読み取れなかったけど、最近は精霊の数が増えたおかげかシラタマたちの思考を受け取るのもスムーズになってきた。
なのでパナディアの時は理解していなかった危険度も正確にわかる。
「そういうことじゃ、へたすると邪魔者としてわしらが海の藻屑にされかねん」
「うえ……」
「ああいう手合に同情は禁物」
「もうよびかけ禁止だからね!」
うつ伏せで寝ていると、背中に温かいものがのしかかる。
砂遊びに飽きたスフィがマウントを取りにきたようだ。
重しにならなくても飛んでいったりしないって。
「スフィちゃんもリタイア?」
「だってね、スフィ砂運んでただけなんだもん」
「確かにそうだにゃ」
言われてみれば、砂の運搬を任せただけだった。
正直つまらないという気持ちもわからなくない、そして暑い。
「スフィ、暑いんだけど」
「スフィはね、ひんやりだよ」
ぼくの身体の周辺はシラタマが極小の氷の粒で覆ってくれているから涼しいけど、密着してくる人の体温までは防げない。
やや涼しかったのが一気に暑くなってきて、肌に汗が滲み出す。
言っても離れてくれないので仕方なくされるがままになり、横目で海を見た。
騎士団の船が引き上げてきている、調査もじきに終わりそうだ。
「完成なのじゃ!」
ちょうどいい休憩時間だと4人でごろごろしている最中、うつらうつらしていると突然シャオが声をあげた。
「ふふふ、どうじゃ! わしの力作は!」
「まだやってたにゃ……」
「砂のおやま?」
汗だくになったシャオが作り上げたのは、身長より大きないびつな砂の山。
いや、ほんとに砂の山……途中から細工を諦めたのか。
「あ、シャオちゃんあぶない!」
呆れればいいのか根性に感心すればいいのか悩んでいると、フィリアが声をあげる。
注意するより先に、バランスが崩れた砂の山がシャオの頭上に降り掛かった。
「のじゃー!?」
「シャオちゃん大丈夫!?」
もろに砂をかぶって悲鳴をあげるシャオに、フィリアが駆け寄っていく。
「……ちょうど海が再開しそうでよかった?」
「のんきだにゃ、おまえ」
因みに大きな塊はシャルラートが砕いたから、シャオは細かい砂の余波を浴びただけである。
ぼくたちが手を出すまでもなかった。
騎士団の人が海水浴禁止令の解除を叫んでるのが聞こえてきたし、砂は海に入れば洗い流せるだろう。
シャオがちょっと凹んだことを除けば、問題はなかった。
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