出番待ちの精霊

 店をやった翌日、ぼくたちは浜辺で遊んでいた。


「今日は氷屋やらないのか?」

「今日は遊ぶにゃ!」

「そっか、残念だ」


 まだ日が昇ったばかりでも、海にはそれなりに人がいる。


 アヴァロンには波乗りの文化があるようで、サーフボードらしきものを抱えた人間が多い。


 声をかけてくるのは昨日も居た人たちで、氷屋をやらないことを残念がってはいるけどそれ以上は言ってこない。


 問題は西から来た商人だけど、この時間は仕事をしているのか姿は見えない。


「昨日の商人っぽい人がきたら逃げるか通報しよ」

「そんなに氷がほしいものなのかのう……」

「ぼくの失敗でもあるけど、ほしがってるのは氷じゃなくて"氷を生み出す何か"だよ」


 寝る前に少し考えていたけど、色々腑に落ちない点が多かった。


 確かに安価で氷をたくさん仕入れて魚介を遠くで売れば利益にはなるけど、あんなしつこく食い下がるほどじゃない。


 それに、いくら子どもを大事にする文化がある獣人とはいえ商人に対するブロッキングが早すぎた。


 まだ商談で済む段階にも関わらず割って入ってぼくたちを庇うのは、"仕事が速い"という言葉で片付けるには違和感がある。


 商人たちは揉め事を取っ掛かりにして、ぼくたちの持つ"氷を安定生産する何か"を狙ったと考える方が自然だった。


 獣人が魔術適性を持たないっていうのは世界の常識だ、普通はアーティファクト保有者ホルダーか加護持ちを疑うよね。


 まさか雪の精霊神の別荘を持ち歩いているとは思うまい。


「では盗もうとしてくるのじゃ?」

「どっちかといえば誘拐じゃない?」


 アーティファクトは持ち主を選ぶ、正統な保有者であれば"封じる"ことは出来ても"奪う"ということは出来ないらしい。


 実際、ぼくの持つカンテラ型アーティファクト『原初の光ルクス・オリジニス』もそうだ。


 ぼく以外には触ることも出来ないし、遠くにあっても呼べば一瞬で戻ってくる。


 他のアーティファクトはここまでではなくても、封印しておかないと勝手に持ち主のところに戻ることもあるのだという。


 因みにこの自動帰還現象に保有者当人の意思は関係ないらしい。


 この話を聞いた時、武器型ならいいけど人形型だと怖いなと思ってしまった。


「買ったり盗んだりしたところでほぼ使えないし、勝手に戻っちゃうから」

「便利なような不便なような……」


 これがあるから、高位のアーティファクトの売買って実は殆ど行われていない。


 金で売買している最中に、通りすがりの無関係な人間を選んで勝手にどこかいってしまうなんてことがあるからだ。


 一応選ぶ基準はあるみたいだから、それがわかればマレーンの持つ華剣アマリリスのように一族で伝承していくなんてことも出来るそうだけど。


「だから、持ち主をさらったほうが確実って考えてるかも」

「……悪党というやつは身勝手じゃのう」


 本当に身勝手な話だ。


「まぁ時期的に仕方ないのもあるのかもね」


 あごひげ豊かな宿の主人曰く、祭りの時期は外国からの渡航者が多くてどうしても揉め事が増えるという。


 普段はもっと穏やかなんだけど、今は破落戸ごろつきに当たる確率が高い。


 一生を生まれた村で終える人間も少なくない。


 そんな中でわざわざ外国の観光地を訪れる人間なんてのは、遊ぶ余裕がある富裕層か故郷にいられなくなった奴等の2択になってくる。


 ぼくたちが狙われやすい獣人の子どもなのもあって、悪党に狙われる事自体は諦めるしかない。


「でもそんなやつらに萎縮して遊べないのも嫌、なので堂々と安全を確保して遊ぶ」

「うむ、わしも意を共にするのじゃ!」


 人の多い、治安維持組織の目の届く場所で、みんなで固まって行動。


 この基本3つを守るだけで一気に悪いやつが手を出しにくくなる。


「うりゃー!」

「やー!」


 朝のまだ温度の低い海水が押し寄せる波打ち際で水柱があがる。


 跳ねるビーチボールを追いかけて、海へ入ったノーチェとスフィが全力で踏み込んだせいで水が飛び散ったのだ。


「ふぶっ!?」


 ふたりを追いかけていたフィリアがもろに水と砂を被ってしゃがみこむのが見えた。


「待機組で良かったのじゃ……」

「フカヒレ、フィリアにタオル届けてくれる?」

「シャー」


 パラソルの下で横になっていたフカヒレにタオルを預けると、『風なのー』と言いながらタオルを背びれに引っ掛けてフィリアの元へ砂の中を泳いでいった。


 どうやら風になるのがマイブームらしい。


 現在は砂浜にパラソルを立て、その下にシートを敷くというオーソドックスな海水浴スタイルで海を楽しんでいる。


 アヴァロンではあまり一般的じゃないけど、目立つのは今更だ。


 ぼくもネットでよく見た映像から海水浴のイメージがこれに固定されてるだけなんだけど、やっぱり多くの人がやってるだけあって結構快適だ。


 ぼくが基本ここで待機するから精霊も誰かしら側に居てくれるし、荷物の安全度も高い。


「おぬしのまわりはどこでも精霊だらけじゃな」

「シャオもその一部を担ってるでしょ」


 シャルラートを抱えたシャオが呆れたように好きなように屯う精霊たちに視線を向ける。


 パラソルの縁に浮かんで風に揺られているワラビ、昨日作った簡易クーラーボックスの前でシェイカーを振っているブラウニー。


 それからぼくの寝そべるビーチチェアのサイドテーブルの上でパフェ用のガラス器にすっぽり収まっているシラタマ。


 かき氷でも作ろうかなと思って手持ちのガラス素材から作ったんだけど、なんかシラタマの椅子代わりになってるな。


「愛し子の傍は居心地が良いとシャルラートから聞いたことはあるが、おぬしの傍は精霊にとってどれだけ居心地がよいんじゃろうなぁ」

「聞いてもよくわからないんだよね」


 その辺りを確認しようとすると度々フリーズするんだよね。


 どうやら説明するために必要な情報の中に言えない何かがあるらしい。


「精霊についてはわからぬことだらけじゃからのう、ねね様であればもう少しは詳しいじゃろうが」

「近いうち、シャオと面会する時間をうまく確保できたらついでに聞いてみたいね」


 3人でボールを追いかけるスフィたちを眺めながら、シャオとそんなことを話す。


 なんとなくだけど、夏休みが終わる頃には事態が大きく進展しているだろうって予感があった。


 だから今は、遊べるうちに遊んでおこう。


「…………」


 ブラウニーがぼくの背中をふわふわと叩く。


 振り向くと、果物の絞り汁と砂糖と細氷で作ったフローズンドリンクがサイドテーブルに並べられていた。


 せっかく用意してくれたんだし、スフィたちを呼ぼう。


「おーい……ちがう! げほっ」


 上体を起こしてスフィたちに声をかける。


 途中で叫んでむせるぼくを見て、スフィたちが怪訝そうな表情を浮かべた。


「海辺ではわしが声をかけるのじゃ、そっちのほうがよいじゃろ。色んな意味での」

「うん」


 不思議そうにしながらこっちにくるスフィたちの背後で、水平線の遠く向こうで立った水柱がようやく収まるのが見える。


 なに、まさかずっと出番待ちしてんの……?

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