氷売りの幼女

「ここ、何売ってるんだ?」

「氷だよー!」


 設営が終わった頃、子どもがやってる露店ということもあってか既に覗きに来る人たちがいた。


 今回の売り物は単純な氷、携帯型未踏破領域『シラタマボックス』の中で製造されたものだ。


 もちろん安全は確認してるし、原料は普通の水道水で未知の元素とかは含まれていない。


「このスコップでひとすくい銅貨1枚、入れ物は別売りで銅貨1枚だにゃ」

「どうやって手に入れたんだ?」

「そいつは言えねぇにゃ」


 商人らしきおじさんが、箱に詰められたクラッシュアイスに鋭い視線を向けている。


 カウンターの代わりになる台にはめ込んだ金属箱で、そこに奥で砕いた氷を運んで補充する形式を取った。


 客側からは見えないように、シラタマ製の溶けにくい氷を隣接させて温度を維持している。


「食べられるのかい?」

「普通に食っても大丈夫にゃ」


 そう言って、ノーチェが指先で氷をつまんで口に放り込む。


 大体4センチを目安に砕いているから食べるのにも向いているし、近所の屋台でジュースや果物を買って冷やしてもいい。


 使い所はいくらでもある。


「ふむ……1杯貰えるかな? 入れ物も頼む」

「毎度ありにゃー」


 店番をやってくれているノーチェが元気よく返事をして、片手サイズの子ども用スコップで氷をすくって近くの容器に流し込む。


 最大3杯くらいまで入る大きめのカップで、有機プラスチック製の軽いもの。


 アヴァロンではプラスチックはいくらでも手に入るし、見習いや学生も多いから『錬成フォージング』の練習でこういった小物は安価で大量に買える。


 今回もだぶついてる在庫を安く譲ってもらった、出来は全部いまいちだけど使い捨てって考えれば十分だ。


 今日は特に日差しが強くて暑いし、ひとりふたりと買い始めればあっという間に客が集まってきた。


「随分透き通った氷だな……」

「うめぇ」


 店に立つのはノーチェとフィリア、元々対応力が高いので安心して任せられる。


 オペレーションも簡潔にしてあるから問題は起きてないけど、そろそろ列整理が必要かもしれない。


「おかしい……誰もわしをジロジロ見てこないのじゃ……」

「変態がいなくて平和」


 一応というのも変だけど、しっぽ同盟は美少女揃いだ。


 そんな子たちが水着姿で露店をするにあたって、変態の出現は覚悟してた。


 だけど治安が良いのか、無意味に周辺をうろちょろするやつもいなければ、変な言いがかりをつけてくるのもいない。


 実に平和な滑り出しだった。


「シャオはそんなにおじさんにジロジロ見られたいの?」

「は? そんなわけなかろう」


 さっきからそのネタを続けているので拾ってみると、「何言ってんだこいつ」みたいな顔で返されてしまった。


「シャオちゃん! 追加おねがいー!」

「おー、ちょっとまつのじゃ」


 砂に埋めてやろうか悩んでいる間に、フィリアの要請を受けたシャオがくだけた氷を補充しに外へ出る。


 命拾いしたなと揺れる狐しっぽを見送り、ぼくは氷を砕いてバケツに流し込む作業に戻る。


 盛況なのはいいけど、ちょっと予想以上だったかもしれない。


「アリスー! お水まだ必要ー?」

「まだまだたくさんいる」


 スフィは404アパートの台所とこっち側を行き来してバケツリレーで水の補充をしてくれている。


 既に100往復以上してるけど疲れてる様子がないあたり、流石のタフネスっぷりだ。


 流石に単純作業に飽きてきてるみたいだけど、売れる勢いがなかなかすごいのでもうちょっとがんばってほしい。


「よいしょー! シラタマちゃんは大丈夫?」

「余裕みたい」


 ずっと箱の中だから暇なようで、横になって近くの露店で買った果物を凍らせてつっついている。


 まぁこの子に関しては箱の中でじっとしているだけなので、大変でもなんでもない。


「アリスちゃん、氷ちょっと足りなくなってきてるかも」


 一息ついてるスフィと話していると、あせった様子でフィリアがテントにきた。


「列は大丈夫?」

「ノーチェちゃんがやってくれてるけど、シャオちゃん売り子さん苦手みたいで……ていうか涼しいねこっち」

「ワラビが風を回してくれてるから」


 テントの中心ではワラビが浮かび、氷の積もるテント内の空気を循環させている。


 おかげでこっち側は冷房が効いてるみたいに涼しい。


「無理して稼ぐか売る量を制限して調整するか、ノーチェに決めてもらって」

「う……わかった」


 残念ながら頑張るのはぼくじゃないので、どうするか決めるのはノーチェたちだ。


 ぼくの作業は箱に繋げたタンクから流れ込むなり凍っていく水を切り出してブラウニーに渡し、手回し式粉砕機でクラッシュアイスにしてもらうこと。


 かき氷機の応用版みたいな感じで、ハンドルを回すことで中の氷をざっくり4センチくらいに砕いてくれる代物だ。


 因みにガッチリ硬く作りすぎるという失敗をして、ノーチェとスフィとフィリアの3人がかりでようやくハンドルが動くという代物になってしまった。


 ブラウニーが居てくれてよかった、じゃないとぼくがずっと錬成で加工し続けるはめになっていたな。


「フィリア、ちょっとしたら水くみかわって、スフィ飽きちゃった」

「えぇ……わかった、ノーチェちゃんに聞いてくるね」


 交代要請を受けたフィリアが外に向かって少しして、外からどすの利いたがなり声が聞こえてきた。


「おうおう、ガキどもが誰の許可得て商売してんだぁ!?」

「許可なし販売は違法だぞ違法、終わりだなぁお前ら」


 わかりやすいセリフに、思わず脱力をしてしまった。


「お水のついかー……アリスどうしたの?」

「ちょっと、典型的な馬鹿が出たみたい」


 売れているのを見て、子どもだけだから脅せば何とかなると思ったんだろうか。


「ノーチェたち大丈夫?」

「チンピラごとき相手にもならないし、たぶん大丈夫」


 心配そうなスフィと一緒にテントの中から外を覗く。


 垂れ幕をめくると熱せられた空気が肌に触れて、思わずうめき声が出そうになった。


 目が光になれた頃、見えたのは酷く怯えた――


「兄ちゃんたちどこのモンだ」

「おいおい、チビ相手に何イキってやがんだ、だせぇことすんなや」

「まぁまぁ、ちょっと話聞かせて貰えるか?面貸せや


 ――いかにもチンピラって感じのお兄さん二人組。


 その周囲を手足が丸太みたいに太い獣毛種の獣人おじさんたちに囲まれて、すっかり縮こまっている。


 獣人おじさんたちの腕には『海浜騎士団警邏隊』の腕章がつけられているので、巡回中の騎士団の人たちだろう。


「ね、大丈夫みたい」

「そう……なの……?」


 連行されていくチンピラ風のお兄さんたちの姿に、ぼくは安心して作業に戻った。


 ここの騎士団は仕事が出来る。

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