海へレッツゴー
朝早くに家を出て、近くの停留所で竜車に乗る。
この街は広いので、行き来のために馬車だけじゃなく竜車の定期便がある。
竜車専用の高速道路を使うので、これがかなり早くて家のある7区から港である1区まで2時間もかからない。
そんな便利なものを何故普段使わないのかと言えば理由は3つ、値段と時間と本数だ。
1人あたり大銅貨3枚で、1日の往復数は3から4本。
更には時間のズレも激しく、ひどい時は2時間以上遅れることもある。
定期便があるのに、学院が専用車をチャーターするのもこれが理由。
今回みたいに、泊りがけで遠出するような時くらいしか使いたくない。
設定時間から20分遅れてやってきた竜車に揺られながら、心の中で愚痴をこぼしている間に1区へ到着する。
安定性にさえ目を瞑ればほんとに早い。
つい最近訪れたばかりにもかかわらず、違う角度から見れば外周1区は別の姿になる。
「こんなにいろんなやつが居たんだにゃ……」
「トラブル回避のために外向けの港にはいかなかったからね」
当然と言えば当然だけど、港には外国の船も想定した大きなやつと、地元民が使うことを想定した小さな港の2種類がある。
キャンプのときにぼくたちが使ったのは後者の方で、外からやってきた人間とはすれ違うこともなかった。
今回は外向きの港に入ったわけだけど、まぁ凄い。
港に続く大きな道は、肌の色も髪の色も、服装すらもそれぞれ違う人達でごった返していた。
身なりの良い人ばかりで、多く商人か祭りにやってきた観光客って感じだろう。
「な、なんか喧嘩してる?」
「肩がぶつかったらしいよ」
大通りに入ってすぐ聞こえる喧騒。それに怯えるフィリアに聞こえてきた情報を伝える。
普人種の男性同士が肩がぶつかったのどうのこうので揉めているようだ。
「こんな場所で子どもが店をやって大丈夫なのじゃ?」
「もうちょっと浜辺に近いところだよ」
アヴァロンにも白砂の広がる綺麗な砂浜があるという。
もっとも観光客の多いエリアで、アヴァロンにやってきてまで仕事をする必要がある層は近づかない……というド直球な薄暗い情報を錬金術師ギルドの受付さんは教えてくれた。
因みに行こうとしているのは金持ちが集まる場所ではなく、夏に遊ぶ程度の余裕がある人が集まる場所だ。
子どもに喧嘩ふっかけてくるようなのはそうそう居ないだろう。
■
なんだかんだでちょくちょくごはんを食べに行っている『ミカロルの玩具箱亭』、そこの女将から紹介してもらった宿で部屋を取り、ぼくたちは早速砂浜へと繰り出した。
「人が多いにゃ! 海は……なんか新鮮味がないにゃ」
「パナディア、シーラングときてついこの間キャンプいったばかりだし」
「うーみー!!」
海遊びそのものは結構している事実に気付いてしまったノーチェがテンションを落とす横で、機嫌よくしっぽを振っているスフィが水平線に向かって吼える。
スフィの何事も全力で行く姿勢は好きだよ、突進してくること以外は。
周囲の人が微笑ましげに見てくる中、ひとしきり叫んだスフィが満足した様子でぼくを見た。
「アリスも叫んでみたら?」
「返事が来たら困るから嫌」
「…………」
ノーチェたちに「うわ……」みたいな顔をされた。
ぼくだって好きでノリを悪くしてるわけじゃない。
キャンプの時のサメで懲りたのだ、ちょっとくらいなら大丈夫と思って気を抜くとろくなことにならない。
ぼくにとって対象を絞らず無作為に呼びかける行為は、『何が起こるかわからない不思議の呪文』なのだ。
「なのでさっさと設営しよ」
「そうだにゃ、暑いし」
「うん」
場所を絞って、砂浜からちょっと外れるけど木陰になる位置に簡易テントを張る。
在庫置き場兼休憩所で、ついでに日除けとなる重要な拠点だ。
みんな手慣れたもので、ものの数十分もしないうちにテントが出来上がる。最後は入り口に板に貼り付けた許可証を掲げればお店の完成だ。
待ち時間で観察していると周辺には果物やその絞り汁、軽食なんかを売ってる露店が多い。
かぶりを避けようと予想していた範囲の店ばかりで、ほっと胸を撫で下ろす。
「おぬしら、先に謝っておくのじゃ」
「どうしたにゃ?」
「わしをナンパしようとする男たちが群がって、商売の邪魔をしたら……すまんのじゃ」
「フィリア、こっちの空箱持っていってほしいにゃ」
「あ、うん」
テントの中では赤いビキニを来たシャオが腰をくねっとさせる。その姿にノーチェは一瞬で興味をなくしていた。
フィリアも完全スルーのままテント内の扉を通じて、404アパートに空箱を運んでいく。
今回は遠出ということもあって404アパートへの入り口もきちんと持ってきている。
つけ外しが面倒なので家の扉は固定したそのままで、新しく作ったドアを持ち運ぶことにした。
404アパートに通じる道を作るの扉そのものじゃなく、"この鍵で開けた扉"なのでこういう使い方も出来る。
試すのがちょっと怖いけど、鍵の移送をうまくやれば長距離転移みたいなのも出来るかもしれない。
危ないから流石に今回は試すつもりはないけど、いずれやってみたいなぁ。
「シャオはね、なんであーゆー水着えらぶんだろ?」
「自信の無さの反動」
心の何処かで自分に自信がないから、セクシーで強くて色っぽい自分という虚像を現実に投影させようとするのだ。
普通にしてればそれなり以上に優秀な子なのに、たぶんコンプレックスのせいでダメな行動を取ってしまってる。
結果として出来上がるのがぺったんこのビキニ姿というわけだ。
「ねねアリス、シャオがナンパされたらどうする?」
「海浜騎士団を呼ぶ」
「あはは」
いや"あはは"じゃなくて、8歳の女の子をナンパしてくる奴は普通に騎士団案件だから。
容赦なく突き出してやろうと思う。
「可愛いほうが似合うのにね」
「ソウダネ」
そんなスフィの水着は、胸元に白いフリルと腰にリボンがついたピンク色のワンピース。
小さな女の子じゃないと着こなすのが難しいデザインだけど、その分ぼくの目から見ても可愛らしい。
ぼくの水着は言うまでもなくお揃いのデザインで、色だけ青系になっているもの。
女児水着は高いので、これに銀貨を何枚も注ぎ込んだのかと思うと少しめまいがしてくる。
暑さのせいか、はたまた自分がこんな格好をしていることへの葛藤のせいなのかはわからない。
幸いにもぼくの見た目はスフィとほぼ同じなので、変な目でみられることはないのが救いか。
そんなやり取りをしている間にも、準備は着々と進行していった。
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