準備

「海辺でおみせやるの?」

「海にもいけるし、いっきょりょうとく」


 お金を稼ぐにあたって、ネックになるのがぼくの体力。


 この期に及んで別行動はちょっと……というのがパーティの総意なので、基本的には一緒に動くことを決めている。


 ノーチェたちの冒険についていくとぼくが足を引っ張るし、錬金術師としての仕事ならノーチェたちは手持ち無沙汰になる。


 それを解決する方法はひとつ、『露店営業』である。


「海辺でお店をやって稼いで、そのまま遊ぶコース。外からきた商人の定番らしい」


 錬金術師ギルドには納入のために商人が頻繁にやってくる。


 ぼくが顔を出しているときにもたまに待っている人が居て、色々話を聞かせてもらったのだ。


 あっちは見習いか錬金術師の子どもと思っていたのか微妙に面倒くさそうだったけど。


「錬金術師ギルドを通せばあっちの露店許可は簡単に取れる」

「まぁ、それしかないよにゃー」


 5人で協力してお金を稼ぐとなると、効率を考えてもそれしかない。


 ついでに海辺で宿を取れば稼ぐのと遊ぶのを両立できる。


「というわけで、許可証はとりよせておいた」


 実は休みに入った頃から考えていたから、見舞いに来たマクスに頼んで発行してもらっておいたのだ。


 旅の錬金術師が露店をやることも多いので、必然的にライバルも多くなる。


「で、また武器うるにゃ?」

「でもあんまり売れないよね……」

「人が飛びつくようなのはいくつかあるけど、露店で売買するようなものじゃない」


 これでも技術者としての自負がある、ぼくの手元にあるのは最低でも准一級品だ。


 前に露店で出したものは"高いけど値段相応"だけど、実はそこそこの商店でも似たレベルのものが似た価格で買える。


 ただし本気で作ったもの……例えばスフィの剣やノーチェの太刀なんかはそれなりの名工に依頼して作ってもらうような代物。


 もちろん武器としての出来は専門家には及んでないけど、それでも適正価格をつけるとかなりの額になってしまう。。


 最低で金貨単位……日本円の感覚でいえば数百万クラスの品物は、子どものやってる露店でそうそう出していい物じゃないだろう。


 流石にこのレベルになると出物自体が滅多にないから高くても売れる、そして騒ぎになる。


 拠点を決めた以上、『幼女だけが住んでいる家に金目の物』があるみたいな騒がれ方はちょっとどころじゃなくよろしくない。


「今回は食べ物系とか薬系でいこうかなって」

「食べ物はよいとして、薬って勝手に売っていいのじゃ?」


 干し肉をかじりながらソファでごろごろしていたシャオが論外な質問をしてくる。


 一体ぼくをなんだと思っているのか。


「ぼく錬金術師、しかも第3階梯」


 認定分野において専門家たりうる技術があると錬金術師ギルドから認められている証。


 ちなみにぼくの認定分野は魔道具学と薬学なので、普通に自作の薬を売っていい。


 量産して大々的に売り出すなら認可が必要だけど。


「知っておるはずなのに忘れるのじゃ……病人という印象が強すぎるのじゃな」

「シャオが病気になった時は、ぼくが泣くほど苦いくすりだしてあげるね」

「ふふん、自慢じゃがわしは風邪を引いた事が無いのじゃ!」


 胸を張るシャオの横で、シャルラートが自慢げに水の体を揺らす。


 ……あぁ、水の精霊の庇護を受けてるなら感染症とかとは無縁か。


 おのれ。


「アリスちゃんって苦いのそんなに平気なの?」

「苦草のせんじたのをね、ふつうに飲むよ……」

「うえ」


 そんなシャオの横で、スフィが露骨に嫌な顔をしていた。


 苦草っていうのは内蔵の働きを整える薬効成分がある薬草で、主に総合治療薬や治療の補助薬なんかに使われる。


 ぼくみたいに"原因不明だけどとにかく調子が悪い"なんてのにも効く。


 名前の通り凄まじく苦く、一部では拷問とまで呼ばれている。


 幾度となく味の改善がなされてきてなお、煎じ薬は子どもが泣くほど苦い。ぼくは慣れたから平気だけど。


「飲んでみる?」

「遠慮します!」

「あたしは薬には頼らないにゃ」


 404アパートのよく効いたエアコンのおかげで起きた腹痛を薬で治したノーチェが何か言ってる。


 何はともあれ、みんな方針そのものに反対はないみたいだった。


「色々準備してある……いろいろね」

「なんか不安になってくる言い方だにゃ」


 以前から思いつくものがいろいろあって、機会があればやってみようと考えていたのだ。


 こんなに早く回ってくるとは思わなかったけど、準備そのものは勧めている。


 正直楽しみにしている自分がいるのは、否定しようもなかった。



「さてと」


 お店用の衣装と遊び用の水着を買いにでかけたみんなを見送って、ぼくは工房に来ていた。


 準備が必要なのと、この炎天下で外を出歩くと死ぬという意見が通った結果のお留守番だ。


 服のサイズはスフィとほぼ一致してるし、渋っていたスフィも『ついていかない代わりに好きに選んでいいよ』と言ったらあっさり折れた。


 ちなみにお金の出どころはパーティの積立金である、しっぽ同盟みんなでやる商売のためということでぼく以外の満場一致で開封された。


 どうせ海に行くならと、新しい服やおもちゃが我慢出来なかったんだと思う。


 ……反対しきれなかった理由として、リーダーであるノーチェのほうが議決権が強いというのがあるのは言うまでもない。


「シラタマ、大丈夫そう?」

「キュピ」


 大きめの金属箱の中、シラタマがクッションの上で鎮座している。


 これはワラビの協力を得て完成した真空断熱仕様の即席冷凍庫。数日かけて内部に自分の領域を作り出しており、物を入れるとシラタマが即座に凍らせてくれる急速冷凍機能つきだ。


 パンドラ機関謹製の温度計で内部を計ってみたら、一番低いところでマイナス1520セルシウス度とかだった。


 言うまでもないけれど、マイナス273セルシウス度が絶対温度の下限とされている。


 色々説はあるけど、アンノウンに関してはこういう原則を軽々飛び越えるのが常なのでパンドラ機関ではマイナス云千度とかまで計れる温度計なんかがあるのだ。


 そんな温度計が活躍する……つまりこちらの世界で言うところの未踏破領域アンノウンエリアの完成である。


 これで氷をガンガン作ってもらい、海辺で売るのだ。


 シラタマも全面協力してくれるっていうし、使い方は無限大。


 夏場に安定して氷を供給する技術は今のところあまりないから、きっと売れてくれるだろう。

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