金欠

 か、代わり映えがねぇ。


 いつの間にか突入していた夏休みに入ってすぐの感想がこれだ。


 そもそも体力的な問題で休みがちな上、休養の真っ最中だったせいで余計に変化を感じない。


 正しくいつも通り、夏休み感が全く出ていなかった。


「由々しき問題」

「なにが?」


 ぼくのつぶやきに反応したのか、眼の前の溜池で水遊びをしているスフィが首を傾げた。


 流れ込む水は地下で濾過されているのか綺麗で冷たく、人目につきにくいのもあって絶好の水遊び場になっている。


 想定してない使い方ではあったけど、有効に使えるなら問題はなかった。


 長期間住むなら、開き直って夏はプールに使うことを前提に調整してもいいかもしれない。


「夏休みってかんじがしない」

「そう?」


 不思議そうにしているスフィの向こう側では、ノーチェたちがビーチボールを上に飛ばし合って遊んでいた。


 フカヒレやシャルラートも混じり、楽しそう。


 因みにボールはぼくが作った、デフォルメされた鮫っぽいペイントを施したスライム合成皮による耐水仕様。


 ……なんかキャンプの時より水遊びを満喫してない?


「なつやすみってはじめてだから、よくわかんないよ」

「たしかに」


 ぼくは夏休みというものを机上の空論でしか知らない。


 スフィたちもこれが"初めての夏休み"だ、夏休みっぽいなんて感覚があるはずもない。


 ていうか何故ぼくは夏休みらしさに拘っているんだろう。


 確かに前世ではインターネットを眺めて同年代の子たちが夏休みとはしゃいでいるのを見て羨ましく思った時期もあったが、諦めもついたのか何も感じなくなって久しい。


 それなのに降って湧いた学校生活と夏休みという状況に自分でも知らないうちにはしゃいでいるのだろうか。


 だとしたらぼくの勝手な盛り上がりにスフィたちを付き合わせるのも忍びないし、ここは大人しく身体を休めるべきだろう。


 夏休みという言葉の響きは何かの力を感じるけど、そもそもがただの休暇で普段と変わりないはず。


 だからぼくがはしゃぐ理由なんてないはずなのだ。


 まて、そもそも夏ってなんだ。


「アリスはお水入らないの? きもちいいよー」

「……今日はやめとく」


 スフィの声で思考を中断される。


 今日の体調は一言で言えば"微妙"、かなり回復してきてはいるけど安静の領域を出ていない。


 念のため水に入るのはやめておこうと思う、そもそもスフィたちと違って水着は着てないし。


 因みに今の状態は溜池の側に白砂を敷き詰め、そこに置いたパラソルの下のビーチチェアに寝そべっている。


 基本眺めているだけでも、結構楽しい。


 ……ある意味これも夏休みを満喫していると言えるのかもしれない。



 そんな日々を過ごすうち、とうとうその日はやってきた。


「復活」

「おぉー」


 リビングに両足で立ち、むんずと力こぶを作って見せる。


 治療師からも認められる完全回復である。


 今のぼくならブラウニーやシラタマに運んで貰わずとも自分の足でベッドからトイレまで行き来できる。


 これはもはや一般人と同等と言っても過言ではあるまい。


 まさかキャンプの終わりから10日以上かかるとは……。


「思ったより早かったにゃ」

「うん、元気になってよかった」

「…………」


 みんなの慣れている感じが悲しい。


「これで色々遊びにいけるにゃ」

「そうじゃな!」


 そう言って笑顔を見せるノーチェとシャオだけど、待たせて申し訳ないとはまったく思わない。


 なぜならみんなしてちょくちょく遊びにでかけているのを知っているからだ。


 ぼくを置いて……!


「おもしろそうなところ、沢山あったよ」


 正直変に我慢されて申し訳ない思いをするくらいなら、がんがん遊びにいってくれたほうが楽だから本気で気にはしてないんだけど。


「今年は祭りがあるから、外国から商人がいっぱい来てるにゃ」

「1区と8区が特にお祭り騒ぎだそうじゃ」

「一緒に行こうね」

「うん」


 今年は7年に一度だという聖王国最大のお祭り星竜祭がある。


 春頃に来賓が入国して、夏頃あたりから諸外国の商人が集まってくるのが通例らしい。


 秋には領地貴族が集まってきて、年末年始を跨いで行われる祭りが終わる頃に帰国がはじまる。


 聞く度にそんな早くから集まってどうするのかと思っていたけど、どうやら大陸東部各国の重鎮が集まる貴重な外交の場になっているのだそうだ。


 外遊っていうのもなかなか大変だと思う。


「海で色々捕まえてバーベキューにゃ!」

「8区の楽市でお買い物もしたい!」


 この時期、港と空港付近ではいわゆる免税の市場が開かれているようだった。


 主に街に入る前に持ち込んだものを売り切ろうとする小規模の商人が店を出して、かなり盛況だと聞いた。


 このあたり、ハリード錬師や見舞いにくる治療師からの情報なので信憑性は高い。


「遊ぶのはいいけど、スフィたちはお小遣い大丈夫なの?」

「あ……」


 一応、錬金術師ギルドからは生活費としてそれなりの額を貰っている。


 贅沢ができるほどじゃないけど、5人分の十分なお小遣いが捻出するくらいの余裕はある。


 それでもお金というのは油断して使えば減っていくもので、ここ数日の遊び歩きでみんな結構使ってしまったようだった。


「実はあたしもちょっとやばいにゃ……」

「金がほしいのじゃ」

「シャオちゃん、ストレートすぎ」


 条件的にはみんな同一のようで、唐突に訪れた現実に頭を抱えてしまった。


「そういうアリスはお小遣いどうしてるの?」

「すっからかん」

「え」

「寝てただけなのに、いったい何に使ったにゃ!?」


 因みにぼくも懐は空っぽだ。


 自分の分のお小遣いも、最近入ったエナジードリンクの利益の分配金も使い切った。


「投資?」

「は?」

「ふえ?」


 該当する言葉がないので日本語で喋ってしまったら、案の定まったく伝わらない。


 自転車の量産計画やら、スライムカーボンを使った新製品やらに一口がぶっとしようと手を広げてたら手持ちの資金が一瞬で消し飛んだというお話だ。


 利益は見込めるし、エナジードリンクの分配金は数ヶ月に渡ってそっちに全部流れるようにしたので、暫くは正真正銘のすっからかんである。


「というわけで揃ってすかんぴんです」

「お前まさかパーティの金まで使ってないよにゃ?」

「それはない」


 プールしてある金はいざという時の治療費や補修費である。生活費もきっちり確保してある。


 空っぽなのはあくまで個人の遊ぶ金、お小遣い枠だけだ。


「……金を、稼ぐしかにゃいか」

「……うん」


 幸いというべきか、ぼくたちにはお金を稼ぐ術がある。


 遊びたいなら、まず稼ごう。

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