精霊屋敷

「こちらがアリス錬師への届け物です」


 なんだか久しぶりに我が家にやってきたハリード錬師が、紙袋をぼくへと差し出した。


「…………」


 懸念は現実となり、ぼくは休学したまま夏休みに突入することになった。


 普段から休みがちだから大差ないといえばそうなんだけど、なんとも腑に落ちない。


「あの暗殺者はどうなったの?」

「彼には多くの嫌疑がかけられていますからね、追求には時間がかかると思いますよ。ザインバーグ卿の事件も気にされていましたし、そちらの捜査も進むでしょう」

「ならよかった」


 流石に貴族の暗殺事件だけあって捜査はちゃんとされるらしい。


 後は専門家に任せておく方がいいだろう。


 紙袋に入れられた用紙の束をながめて、ため息を一つ。


「宿題なんてうまれてはじめて」

「でしょうね」


 大量の課題にげんなりする気持ちを覚えながらつぶやくと、何がおもしろいのかハリード錬師は微笑ましいものを見るような気配をさせた。


「スフィたちから聞いてた話とだいぶ違う」


 学院の夏季休暇は7月の半ばから9月半ばまでの2ヶ月間。


 数字で言うとかなり長いけど、王都から離れた領地とかだと竜車を使っても片道半月近くかかる。


 家の事情から帰省する生徒のことを考えれば、休暇期間が長くなってしまうのも必然かもしれない。


 そんな事情や制度から、王立学院では宿題なんて滅多にでない。


 今回もスフィたちが渡されたのは少量の課題と、予習と復習の範囲指定くらい。


 基本的には生徒に任せるスタイルで、休校中でも学院の図書館は自由に使えるし、自由参加の特別講義も行われている。


 里帰りはせず、勉強したい生徒だけ対応するよという話だったはずだ。


「なんかぼくだけ宿題多くない?」

「宿題はその数枚だけですよ」


 見ていた書類を抜き取る。


 確かに宿題らしき基礎授業の課題と、休み明けにやる予定だという授業の範囲指定が数枚。


 あとは特別講義の日程表と参加申請書、それから図書館の利用申請書類。


 残りは各学科からの嘆願書……。


 要するに『夏休み中はうちの研究室に入り浸らないか!?』みたいなのが大量だった。


「ブラウニーごめん、これゴミ追加」

「容赦ありませんね」


 こういうのは情を見せるとつけこまれるんだ。


 前世でもたいちょーさんが言ってたから多分間違いない。


 庭で掃き掃除をしているブラウニーを呼んでゴミを回収してもらい、ソファに深く腰掛けてため息をつく。


「夏はスフィたちとあそぶって約束してるから」

「それは確かに大事な予定ですね」

「うん」


 少なくともぼくにとっては大切な予定だから、他のことを組み込むつもりはない。


「ただ、錬金術師ギルドから文句がでたりしない?」

「こう言っては何ですが、上層部はおおよそあなたの御同輩です。帳尻合わせができているなら文句なんて出ませんよ」


 御同輩って部分になんか含む部分をかんじるんだけど、ぼくの気のせいだろうか。


 何はともあれ、懸念だった錬金術師ギルドに何も言われないことがわかって良かった。


「新しい駆動機関の発案、新種の蛾の発見……現時点でも十分すぎると思いますよ、まだ半年も経っていないんですから」

「結局新種だったんだ、気付いたのは他の錬金術師だったけど」

「発見協力者の項目にきちんと記載されていますよ、色々あってその辺りは厳しいんです」

「なるほど」


 錬金術師は名誉職の側面もあるから、そういった部分にはうるさいらしい。


 ぼくも気をつけないといけない。


「……お姉さんたちは今日はいらっしゃらないのですか?」

「裏のため池で遊んでるよ」


 何かを考えるような仕草をしてから、ハリード錬師が聞いてくる。


 ビオトープでも作ろうかと思っていた裏の溜池は、夏場にあたってスフィたちがプールとして使うことになった。


 現在も耳をすませば水の跳ねる音とはしゃぐ声が聞こえてくる。


 なので裏庭は現在部外者立ち入り禁止だ。


「何か用事でもあった?」

「いえ、新しい精霊が増えたことについて注目が増えているので、一応警告をしておこうかと」

「……なるほど、ありがとう」


 ブラウニー、ワラビと流石に短期間で2人も精霊が増えたのは目立ちすぎたらしい。


 ワラビはぼくのお願いによって、現在はスフィと一緒に行動している。


 それもあって、スフィが契約した新しい精霊という見方が強いのだとか。


 ……実際はワラビの能力がぼくにはまったく効いてないことが判明して、拗ねてしまった所にスフィを手伝ってあげてほしいとお願いした結果なんだけど。


 最初はぼくの具合の悪さを緩和しようとがんばってくれた、しかしワラビの力は気持ちに作用するもの……すなわち精神干渉系だから何の効果もなかったのだ。


 当人もぼくから離れて行動することに抵抗はないみたいで、ひとまずスフィたちを守ってほしいとお願いしている。


 防御が得意で、フカヒレやブラウニーと違って瞬間移動みたいなのも出来る。


 こういうお願いをするにあたって、ぼくの身内の精霊の中でワラビ以上に頼りになる子はいない。


 他の子たちが尖りすぎてるともいうけど、適材適所ってやつだ。


「それにしても、すっかり精霊屋敷となりましたね」

「5人だからね……」

「そこらへんの未踏破領域より精霊密度が濃いですよ」


 シャオも何か吹っ切れたのか、最近は家の中でシャルラートを常に呼び出している。


 ぼくと契約(?)した精霊も合わせれば、家の中は常に5人の精霊がうろついている状態となっていた。


「知らないうちに見知らぬ精霊が住み着いてたりしないことを祈る……」

「アリス錬師、騎馬の雄たる太陽の国には『口にした言葉にも影が映る』という格言があります」

「縁起でもないこと言わないで」


 太陽の国ベレトスは大陸西部の北側にある平原の国で、西では勇猛な騎馬の産地として有名らしい。


 ここでよその国の名前を出すのは、旅慣れしているハリード錬師らしいユーモアだ。


 紛争地帯にあって勇猛果敢の名をほしいままにする彼の国では、きっとぼくが言葉から読み取った概念がきっちり根付いているのだろう。


 そう――死亡フラグという概念が。

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