触らぬ神に

 キャンプが終わって数日、猛暑日が続いている。


 翌日は流石に休みで、次の登校日に学校に行ったスフィたちによると、例の誘拐騒動については箝口令が敷かれることになったようだ。


 まぁ神隠しからすぐにキャンプを強行したら生徒が誘拐されましたとか、流石に洒落にならないか。


 今頃釈明やらなんやらに追われていそうだ。


 まぁ休学中のぼくには関係ないけど。


 そんなこんなでぼくはといえば、治療師からの入院要請を階梯パワーではねのけ、自宅療養を決行中。


 文句は言われたけど実際に改善はしてきてるので諦められた。


 一度入院して思い知ったけど、病院はなんというかパンドラ機関を思い出すのでちょっと苦手なのだ。


 特にひとりだけで入院となると、考えるだけで気分がげんなりしてくる。


「ただいまー、アリスいいこにしてた?」

「おかえり」


 窓際でワラビの奏でる鈴の音を聞きながら庭を眺めていると、スフィが帰宅した。


 他のみんなの気配がまだないので、ぶっちぎって先に帰ってきたのかもしれない。


「ノーチェたちはお買い物だって」

「暑いのによくやるなぁ」


 日本側のように湿度の高さはないけれど、日差しが強いから暑いことには変わりない。


 こんな日によく出歩く気になるなと感心する。


「夏のおやすみの間にね、みんなで海に行こうって話になって」

「うん」


 どうやらキャンプがよほど楽しかったみたいで、夏のうちにまた行くつもりのようだった。


「クラスの子たちもいたから、アリスもあんまりはしゃげなかったでしょ? だからね、今度はスフィたちだけで行こうって」


 スフィの言葉に、正直少し驚いた。


 楽しかったけど確かに動きづらかったし、最後の騒動の印象が強すぎて"遊んだ"という感覚があまりない。


「身体治ったらいこうね」

「うん」


 そんな風に言ってもらえることがなんだか嬉しくて、スフィの言葉に頷いてみせた。


 アルヴェリアには日本と同じように四季がある、うかうかしていると秋になってしまいそうなので早く体調を回復させないといけない。


「こんどは船なしで」

「うん、港にね、海辺でね、キャンプできる場所があるんだって」


 流石にそうか。


 泳げる海があるなら、そういう場所を貸す商売を思いつく人間が居てもなんら不思議じゃない。


 ここは大陸でも有数の大都市なんだし、目端の利く商人がいて当然。


 ……探したら海の家みたいなのまでありそうだなぁ。


「海辺で氷のお菓子でも売ってみようか」

「あはは、たのしそう」


 こっちにはシラタマが居るし、暑い海辺でかき氷でも作れば売れるかもしれない。


「あ、そういえばね」


 そんな他愛無い話で盛り上がっていると、スフィが思い出したように困った顔をした。


「マレーンさんがね、吐きそうだった」

「ん……?」

「今日ね、誰かがうっかり話しちゃったみたいでね、マレーンさんが教室まで来てね……」


 箝口令を出しても相手は子ども、魚人に襲われたのも、ミリーが拐われたのを見たのもひとりふたりじゃない。


 流石に全員を完全に口止めするのは無理だったみたいで、数日のうちには噂が広がってしまったようだ。


 で、それを聞いたマレーンが顔色を真っ白にしながらスフィの様子を見にきたらしい。


「なんかね、すごく吐きそうだった」

「流石になんか心当たりあるのは察するけど、逆に聞きづらいね……」

「うん……」


 ぼくたちだって自分たちの出自を知りたいという気持ちはある。


 それが目的で遠路はるばるアルヴェリアに来たんだから当然だ。


 だけど、同じくらい不安だってある。


 両親は本当に居るのか、いまさら顔を出して受け入れて貰えるのか。


 例え嘘でも『ずっと探していた』って言って貰えるならまだしも、『なんでまだ生きてるのよ』なんて言われたら……スフィの心はどれだけ傷ついてしまうだろう。


 更にはタイミングが悪く、フィリアがある種の"御家騒動"によって家と家族を失ったことを知ってしまった。


 手がかりがあっても、姉妹揃って尻込みしているのが現実だ。


 というか、マレーンは辺境伯クラスの家の、しかも家宝を受け継ぐようなご令嬢だ。


 領地なら立場としては完全なお姫様、同窓生という立場がなければ顔を見ることすら叱責される雲上人なわけで。


 そんなお姫様が、ぼくたちが騒動に巻き込まれたくらいで真っ青になって飛んできたという。


 ここまで過剰に反応されると知るのが余計に怖くなってくる。


 ただでさえフィリアとシャオの問題もあるっていうのに、これ以上厄介事を抱え込めるか。


「あのさ、スフィ」

「うん」

「フィリアとね、シャオの問題がね、片付くまで」

「うん、うん」

「気づかないことにしよう」

「うん、そうしよ」


 前に会ったときと、スフィから聞いた反応から察するにあちらも確信がある訳でもないようだ。


 何かの心当たりに合致する可能性が高いってだけだから、具体的なアクションを起こすことも出来ないんだろう。


 そんなわけで、彼女には悪いけど暫くやきもきして貰うことにする。


 これで全部勘違いでただの孤児でしたってなったら逆に笑うんだけどね。


「今は休みに何するかを考えよう」

「うん、おやすみが楽しみ!」


 無理矢理に頭の中身を追い出して、楽しいことを考える。


 いわゆる夏休みってやつか。


 ネットで情報を得て存在は知っていたけど、自分が体験するのははじめてだ。


 こういう時って何をして過ごすのが正解なんだろう。


 海遊びはもう予定に入ってるし、あとはゲーム知識だと昆虫採集とか……は虫苦手だしダメだ。


 この辺りもみんなと相談しておかないといけない。


 長期の休暇になるなら宿題も結構出るだろうし、そっちの対応も考え……。


 あれ、ちょっとまって。


 もしかしてこのままだとぼく、休養したまま夏休みに突入しない……?

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