去りゆく季節に衣は揺れる

暑い日

「あっつぅぅぅい!」

「おなか、すいたぁ……」


 騒動が落ち着いた後、ぼくたちは港まで送り届けられた。


 それから馬車で外周7区まで送ってもらい、無事に家に到着。


 ノーチェとぼくは道中でも寝ていたけど、スフィ以外は全員限界だったみたいでリビングでご雑魚寝をしてしまった。


 家に帰り着いたのは夕暮れ時で、今は月も中点を通り過ぎた深夜。


 誰かが出した悲鳴に近い声に反応して、みんな揃って起き出す。


「アリス、起きてる?」

「…………」


 心配そうに頭をなでてくるスフィに対して、親指を立てて応える。


 体力的には余裕だったみたいだけど、みんな寝るならと一緒に寝たようだ。


 ひっついていたせいでお互い汗が凄い。


「ノーチェちゃん、大丈夫?」

「少しマシになったにゃ……」


 さっきから聞こえるチリンチリンと鈴の鳴る音に目を向けると、ワラビが窓際で風に吹かれていた。


 音を聞くだけで、心なしか暑さがマシになったような気がしてくる。


 熱帯夜だから本当に"そんな気がする"ってだけなんだけど。


「……ってあれ、ワラビちゃん?」

「誰かが装飾品でもつけたのかと思ったのじゃ」


 あまりにも当然のような顔をして窓際に居るから、ぼく以外は全員ワラビだと認識していなかったらしい。


 ……なんか、田舎が舞台のアニメとかで見たことあるな。


 たしか風鈴って言ったっけ、フォルムといいポジションといいそっくりだった。


「あそこ、気に入った、みたい」


 我が家の精霊たちにはそれぞれお気に入りポイントが存在する。


 シラタマは404アパート洋室の机の上のガラス製断熱鳥籠……通称『シラタマハウス』と、いつの間にか冷凍室の中に何かの空き箱で作られていた別邸。


 凍った果物が貯蔵されている一角で、迂闊に手を出すと猛攻撃を受ける危険地帯だ。


 フカヒレは404アパートのお風呂場か庭の池。


 鮫だからか水が通る場所に興味津々みたいで、一時期はトイレにも入ろうとしていたけど「やったらばっちいからもう抱っこしない」とぼくが主張したら興味がなくなったようだ。


 まだ赤ちゃんだからか素直で助かる。


 ブラウニーはぼくの寝室の枕元が定位置だ。


 ワラビの風鈴的位置取りはたしかに見た目のイメージ通りではあるけど、風景に馴染むのが早い。


「ちょっと横になるつもりがすっかり夜なのじゃ」

「みんなで寝ちゃったね」


 ブラウニーが404アパートの冷蔵庫から持ってきてくれた冷たい水を、みんなで飲みながら一息つく。


「何かわかるとよいのう」

「うん……」


 目論見が外れたゲドラは無事に捕縛され、騎士団の収容所に移送された。


 港まで騎士が受け取りにきていたから、ちゃんと捕まっていると思いたい。


 現在はフィリアのお兄さんが当主って話だし、情報を得る権利くらいはもっているだろう。


 少しは捜査が進むといいんだけど。


「フィリアは兄君と会うのじゃ?」

「悩んでる、いまさら迷惑なんじゃないかなって……」


 ルークの言い方からして嫌っていなさそうだし、むしろ喜ぶんじゃないかとは思う。


 ただフィリアから事情を聞く限り、今名乗り出るのは得策じゃない。


 状況から考えても当主の身内に暗殺を目論んだ人物がいるのは確実なわけだし、ゴタゴタが片付いていない現状で顔を出しても変な言いがかりをつけられるだけだ。


 ルークがすぐにフィリアを兄と会わせようとしなかった理由も察しがつく。


「落ち着いたら向こうから連絡くるだろうから、そのとき考えればいいよ」

「そう、かな……?」

「うん」


 シャオのお姉さんについても、そのときに協力してもらえばいい。


 領地貴族ってことは王都に屋敷をもっているだろうし、他国の貴族や来賓が滞在する区画へ入るのも難しくない。


 錬金術師ギルドやクラスメイトの両親を頼ると、どうしても大げさになってしまうし、理由を伝えることになる。


 シャオの姉の側近の誰が味方で誰が敵かわかっていない状態で、一方的にこっちの動きを察知されるのはよろしくない。


 流石にそろそろ暗殺者を撃退したことは伝わっただろうから、何とか王都にたどり着いたはいいものの接触を取れずに居ると思われていた方が都合が良かった。


 そこに来て、フィリアのお兄さんが当主という立場だというのが判明した。


 上手く行けば夏が終わる頃には一気にシャオの問題の解決も進められる。


 ……って考えてはいるけど、まだ口にしていない。


 シャオとフィリアは仲が良いし、悩んでいるフィリアを前にシャオを焚きつけるようなことを言って変に仲違いさせたくなかった。


「だからしばらくは、休もう」

「先生たちも大変そうだったもんね、アリスちゃんもおつかれさま」


 床の上で動かないぼくの疲労を見て、フィリアがくすくすと笑う。


 港についたときの先生たちの反応を思い出したんだろう。


 呆れ果ててる人もいれば怒ってる人もいたし、魂が抜けかけてる人もいた。


 また暫くは校内が荒れそうで、ハリード錬師ですら疲れた様子を隠せていないくらいだ。


 因みにぼくは体調不良を理由として一週間の休学となった。


 それに伴い、治療師からは『船酔いを拗らせて内蔵やられた患者を見るのは治療師人生で初めてだ』と絶賛されている。


 船といえば前回の誘拐騒ぎでも船酔い拗らせてぶっ倒れてたな、ぼく。


 そもそも船酔いって拗らせるものなんだろうか。


「ぼくは、船と相性が、悪いのかもしれない」

「スフィもね、そう思う」

「あたしもそんな気がするにゃ」


 途中から益体もないことを考えて疲れてきてしまった。


「おふろはいって、ちゃんと寝よ……」

「あたしも涼しいところで寝たいにゃ」

「あそこはスフィの部屋だからね!」


 404アパートにはエアコンが存在する、ぼくの使う洋室とスフィの使う和室だ。


 洋室はぼくのアトリエと化しているのでみんな用事もなく入ったりしないので、こういった暑い日に狙われるのはスフィの部屋となる。


 みんなしてわらわら押し寄せる気配を感じてスフィがしっぽを膨らませて威嚇した。


 なんか、今度は和室で雑魚寝することになりそうだ。


 ……ぼくは洋室使おうかなぁ。

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