夏風は憩いの鈴を鳴らした
「お迎えっていつくるのかなぁ」
「海が落ち着いてからだって」
岩場に腰掛けてスフィと一緒に海を眺める。
少し前までの暴風雨っぷりは跡形もなく、厚い雲の切れ間から覗く『天使の梯子』が水平線まで続いていた。
そんな穏やかな空とは裏腹に、風の影響が残っている海の波は激しい。
既に連絡はついていて、救援の船が向かっているそうだけど波のせいで近づけないということだった。
因みに連絡したのはハリード錬師、念のため本船に契約した魔獣を残しておいたらしい。
相変わらずそつが無い男である。
「きれいだねー、海は」
「うん、海は」
天使の梯子がどこまでも続く幻想的な海は、たしかに綺麗だった。
「血まみれだ……吐きそう」
「まだ息がある奴がいるぞ! 気をつけろ」
一方背後は
海の匂いとは違う血生臭さが嗅覚をいじめてくる。
「…………」
ぼくたちは比較的汚染の少ない一帯に追いやられて、現実から目を背けるように海を眺めていた。
精神的疲労が限界に達しているらしいクリフォトとルークは無言。
「う……ぁ……」
ミリーはさっきからチラチラとぼくたちの方……正確には近くの精霊を眺めては何かを言いかけてやめるのを繰り返している。
愛し子だから何か思うところがあるのかもしれないけど、何も言ってこないならこちらから返すアクションはない。
「いくら派手でもわたくしに相応しい派手さではありませんでしたわ!」
「おれはまだやれるぞぉ!」
ブラッドとマリークレアは海に向かって元気一杯の平常運転。
やっぱりこのふたり、相当タフだ。
「……おええ」
「ノーチェちゃん、だ、大丈夫?」
「魔力の使いすぎじゃ、まだシャルラートは呼べぬぞ……」
ぼくたちのすぐ近くには魔力枯渇でダウンしているノーチェと、それを介抱するフィリアたちの姿がある。
スフィだけじゃなくブラッドやマリークレアとも張り合って無茶したらしい。
結果的に撃退には大きく貢献したけど、代償は大きかったようだ。
何はともあれ、子ども組に怪我人が居ないことが大人たちにとっても不幸中の幸いだろう。
アルヴェリアでは原則ぼくたちの無茶の責任は大人に降りかかることになっている、だからこそ彼等も必死で止めるし監督権限も強いんだけど、今回ばかりはそうも言ってられなかった。
誰か怪我でもしたら……なんて戦々恐々としていたに違いない。
結果オーライだけど、お説教は免れないだろうなぁ。
「そういえば」
「ん?」
なんてことをつらつら考えていると、ぼくの肩付近で揺れている風の精霊を見ながらスフィが話題を振ってきた。
「その子のお名前、どうするの?」
「あー……」
この子にも名前をつける約束になってるんだった。
「うーん……」
半透明なお菓子、ゼラチン、ゼリーは語感が良くない。
水饅頭もよくないよなぁ。
……そういえば、透明でもちもちした和菓子があった。
大抵はきなこまみれで透明な印象はないけど、本来は透明なゼリー状のお菓子だったはず。
ぼくが食べさせて貰ったことがあるのは信玄餅っていう名前のお菓子。
信玄は武将っぽくて可愛くないな。
確か似たようなお菓子で……。
「わらび餅……わらび」
ちょっと有袋類っぽいけど、当人は気に入ってくれたみたいだ。
チリリンと鈴を鳴らしながら機嫌良さそうにその場で回転をはじめる。
「この子の名前はワラビに決定」
「そっか、よろしくね、ワラビちゃん!」
ワラビは挨拶をするようにスフィの目の前で鈴を鳴らす。
この子も人間に対する敵意が薄いみたいで、スフィたちともうまくやってくれそうだ。
正直ちょっとホッとした。
暫くその場でふらふらしていたワラビが、風に吹かれるようにノーチェの元へ向かう。
何をするのかと思うと、鈴に垂れ下がった短冊のような部分の文字が光りはじめた。
鈴の音に合わせて淡い緑色の光の粒子が飛び散り、ノーチェへと吸い込まれていく。
「……あ? ちょっと、楽になったにゃ」
「この子、たしかさっきの」
「治癒能力持ちなのじゃ?」
どうやら苦しんでるノーチェをフォローしにいってくれたらしい。
伝わってくる感情から推測すると、名前をつけてもらって機嫌が良いからおすそ分けのようだ。
「すごいね、シャルラートちゃんみたい!」
「いや、治癒じゃないよ」
流石に4人目ともなると繋がりから能力や性格もわかるようになってきた。
あの子の能力は"流れの調律"。
さっきの嵐を解消したように、何らかの作用に対して『散らす』、『集める』といった方向性の干渉が出来る能力だ。
多分だけど、ノーチェの具合の悪さを『散らす』ことで気を紛らわせたんだろう。
ただ大本が風の精霊だから、気体以外への干渉は簡単ではないらしい。
「んーと、気のせいってこと?」
「うん」
シャルラートみたく根本から身体の調子を良くするんじゃなく、気を紛らわせることで気持ち悪さに意識が向かなくしたって感じだ。
これはこれで便利な能力だと思う。
「……ねぇワラビ、匂いを外に追いやることってできる?」
戻ってきたワラビにダメ元で聞いてみると、どうやら出来るようだった。
頷いたワラビが身体を揺らして鈴を鳴らすと、嘘のように匂いがすうっと引いていく。
風を吹かすんじゃなくて、吹いている風の流れを調整して匂いを逃したってところか。
「ありがとう、楽になった」
「――――」
チリリンと機嫌の良さそうな音色が響く。
これで迎えが到着するまで我慢できそうだ、スフィも辛そうだったし。
「こうしてみてると、なんだか可愛いね」
「うん」
手持ち無沙汰になったのか、岩の上でシラタマと睨み合いながら左右に身体を揺らすワラビを眺めてスフィが笑った。
険悪な空気じゃないし、何も言うまい。
フカヒレはさっきから空で風になっているし、精霊は自由な子ばっかりだ。
「波、おさまってきたね」
「ようやく」
そうこうしているうちに波も落ち着いてきた。
厚い雲も晴れてきて、再び青い空が見えてくる。
暫くして見覚えのある船影が見えたことで、落ち込んでいた子どもたちも顔をあげた。
雨をまとったものとは違う、暖かい風が吹く。
隣に浮かぶワラビの鈴がチリンと鳴って、ようやく騒動にケリがついたことを実感できた。
今はまず……帰って寝たい。
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