防衛戦

「作戦は簡単、手持ちの最大火力の遠距離攻撃で空を攻撃」

「フカヒレが空におるが良いのか?」

「いまクリフォトに呼び出し頼んでる」

「確かに風に負けぬくらい声大きいのじゃ、あの娘」


 少し離れた位置で、クリフォトが空に向かって大声で叫んでいる。


「ふ、フカヒレ? フカヒレさーん! アリスちゃんが呼んでますよー!」


 一番声の大きなクリフォトに頼んで呼んでもらったのだ。


「スフィの魔術でどかーんって訳にはいかないにゃ?」

「んー」

「火力だけなら確実にいける、ただしぼくたちもまとめて吹き飛ぶ」

「うん……たぶんそー」


 幽霊船の時は海上でかつ相手が離れていたから無茶が出来たのだ。


 今回はあの時みたいに着弾地点と十分な距離がない。


 そして十分に距離を取れるなら、そもそも岩島から脱出して終わりである。


「そんなわけで、スフィは風の斬撃でおねがい」

「わかった!」


 火力過剰になりがちなスフィのために、ぼくが魔道具の剣を作ったのだ。


 最大出力でぶん回せばそこそこ強力な風の刃を打てるはず、こういう時にこそ活用してもらいたい。


「遠距離攻撃できない組はバリケードの中で待機、冒険者の人たちが盾になってくれる」


 もちろん遠距離への攻撃手段がない人たちも居る。


 そういった人たちで盾を構えて余波を防いだり、最悪の場合は身を挺して盾になるという話だった。


「今年の学生は優秀なのが多いな……」


 因みにだけど、子どもの半分近くが攻撃に参加することになった。


 冒険者たちもどこか呆れたような諦めたような何とも言えない感じだ。


 風の魔剣を持つスフィに、雷の加護を持つノーチェ。


 シャオにはシャルラートが居るし、ブラッドとマリークレアも遠距離への強力な攻撃手段を持っている。


 大人顔負けというか、この中ではハリード錬師に次ぐ火力があるのは子ども組まである。


「……Dクラスを心の何処かで下に見ていた自分が恥ずかしい」

「あのふたりは多分"例外枠"ってやつ」


 騎士志望なので戦闘力にも憧れがあるのか、ルークが思い切り落ち込んでいるのをフォローする。


 王立学院は"学力や学習態度に大きな問題があるが、類稀な素養を持つ子"を受け入れている。


 これがいわゆる推薦枠とか特待生とか呼ばれてるんだけど、Dクラスはそういった子たちの受け皿になっているみたいだった。


 ブラッドなんかは非常にわかり易い。


「こればかりは才能か装備次第」

「わかってはいるんだけどな……」


 残念ながら、"強力な遠距離攻撃"っていうのは才能か装備が全て。


 大規模魔術をぶっぱなせるだけの魔力があるか、魔道具かアーティファクトを手に入れるかのどちらかしかない。


 どちらもない以上、ないものねだりをしても仕方がないのだ。


「アリスちゃん、準備できたって」

「ちょうどいいタイミング」


 話している間に準備が終わったようで、伝令役をやってくれたフィリアが声をかけてきた。


 ほとんど同じタイミングでフカヒレが帰還した、飽きたのか呼び出しが伝わったのかは定かではない。


「シャー」

「それはよかった」


 フカヒレは、戻るなり『フカは風なのー』と言ってぼくの周囲を旋回しはじめる。


「チュピピ」


 触発されたのかシラタマも飛んで旋回しはじめ、小刻みに振動していた風の精霊もチリンと鈴を鳴らしながらふたりに混ざる。


 ……こっち側は全員揃ったし、さっさとはじめよう。


 フィリアに助けられながら立ち上がって、最後の打ち合わせをしているハリード錬師に声をかける。


「ハリード錬師、タイミングと合図はまかせる」

「…………わかりました」


 衛星のように周遊するフカヒレたちを見て何とも言えない反応をしたものの、ハリード錬師はすぐに持ち直した。


「では、みなさん準備をお願いします」

「おう!」

「はーい」


 大人も子どもも気合十分といったところ、各々が武器を手に空を見据えて構えを取る。


「吹きすさぶ風よ……」

「天の座にて煌々たるは……」

「アリスさん!」


 魔術の詠唱がはじまる中、ハリード錬師の声が聞こえた。


「お願い」


 ぼくの言葉に応じるように、旋回からふらりと外れた風の精霊がチリンと涼やかな音を鳴らす。


 音が響く度、吹き荒れていた暴風が少しずつ解けるように治まっていく。


 同時に持ち上げる力がなくなった浮遊物が次々と落下をはじめた。


「直撃を避けるのが目的です、打ち合わせ通り攻撃の切れ間を作らないように!」

「『踊る旋風ダンシングウィンド!』」


 魔術師らしき冒険者が風を放つのを皮切りに、迎撃がはじまった。


「やあー!」

「サンダーブラストにゃ!」

「シャルラート! 水の砲弾じゃ!」

「『光の奔流ストリームライト』!」


 落ちてくる魔獣や瓦礫を、みんなの攻撃が弾き飛ばす。


 どれだけ飛ばされていたのか落下物はどんどん増えていく。


 もちろんぼくたちの所だけに落ちてきているわけじゃなくて、飛来する物体が岩に叩きつけられてあちこちで悲惨な光景を作り出している。


「うぶ……」


 あまり耐性がないのか、クリフォトが豚のぬいぐるみを抱きしめながら口元を押さえた。


 ミリーとルークも漂う匂いと光景に青ざめている。


「ひどい……」

「フィリア、大丈夫?」

「うん」


 少し辛そうだけど、旅の中でそれなりに耐性が出来たのかフィリアは我慢できているようだ。


 そうこうしているうちに、渦巻いていた黒い雲が薄れてきた。


「雲が晴れてきたぞ!」

「踏ん張れ! 後少しだ!」


 落下物の勢いも徐々に治まって、次第に分厚い空の天井に亀裂が走る。


「うおおおお!」


 最後に落ちてきた鮫を槌使いの冒険者が息も絶え絶えになりながら殴り飛ばした頃、嵐は完全に消え去っていた。


「し、凌ぎきったか!」

「いや、思った以上にしんどい……」


 まだ残っている雲の間から光が差し込むのを確認して、みんな安堵した様子で座り込む。


「ぜぇ、ぜぇ、やったにゃ」

「つかれたー」


 スフィたちも無事。


 ノーチェは疲労困憊、シャオと……爆発する何かを飛ばしていたブラッドもくたくたな様子だ。


 唯一スフィだけがピンピンしているけど、顔色は良くないので精神的に疲れていることは伺い知れた。


「わたくしが居る限り失敗などありえませんわ! おほほほほ!」


 なお、一番元気そうなのがマリークレアだったりする。


 脚が震えてるから体力はとっくに限界越えてる様子なので、精神的にタフなんだろうね。


 ともあれ、全員生きて乗り切ることが出来て良かった。


 問題があるとすれば……。


「ところでさ」

「やめろ、考えたくない」

「いや、無視できないだろ……」

「俺には何も見えない」


 飛来物が飛び散る一角。


 誰もが"それ"が何かを理解しながら、視線を向けるのを躊躇っている。


 だからぼくが敢えて言及しよう。


「船がぶっこわれた」

「だ、大丈夫……だよね?」


 近くにあった船が巻き込まれないはずもなく、乗ってきた船の残骸も当然のように散らばっていた。


 流石にここまで大破汚損すると直すのも無理だ。


 動向自体は把握されてるはずだから捜索はすぐに始まるだろうし、近隣では有名な場所らしいから見つからないってことはないだろう。


 でも、助けが来るまでどうしよう?

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