黒風白雨

降り注ぐ海の魔獣から逃れながら、ノーチェたちの元へ合流する。


 良かった、全員無事みたいだ。


「どこいってたにゃ! というかそれ……」

「アリスの新しいおともだち!」

「あぁ……」


 目を細めながら顔を上げたノーチェが、ぼくの肩近くでふわふわと浮かぶ精霊を見る。


 当然といえば当然の疑問なのに、スフィの一言であっさりと納得されてしまった。


 楽でいい……と言うには不服が過ぎる現象である。


 このままだと『不思議なことが起きたら取り敢えずアリスに投げよう』ってなりかねない。


「さっきから風と雨に紛れてなんか降ってきてるにゃ!」

「海の生き物が風に巻き上げられてる」


 黒い雲が渦を巻く空を指差すと、様々な海の魔獣が空中をぐるぐると旋回していた。


「……フカヒレちゃんにそっくりなサメがいる」

「どこにゃ?」


 フィリアが恐る恐る顔を上げると、目を見開いて空の一角に指先を向けた。


 いや、フカヒレは……そういえば近くに居ない。


 フィリアの示す方向に目を凝らすと、たしかにフカヒレが風の渦の中を泳いでいる。


「フカヒレー! なにやってひゅっ、げほっ、ごほっ」


 大声あげようとしたら風で巻き上げられた砂が口に入って咽た、つらい。


 岩場にぼくを降ろしたスフィが背中をなでてくれて少し落ち着いた。


「シャー!」


 風に乗ってフカヒレの鳴き声が響いてくる。


「……なんて言ってるにゃ?」

「こほっ、ん゛んっ……風になるーって」


 なんか楽しそうだし平気みたいだから放っておこう、それよりこっちだ。


「嵐を止めないと、際限なく巨大化していく。この子が力を貸してくれるみたい」


 風の精霊が身体を揺らすと、抱えるガラス鈴がチリンチリンと軽やかな音を立てた。


「にゃ?」

「あれ」


 不思議そうな顔で岩にしがみついていたノーチェたちが、自分の身体を見ながら恐る恐る立ち上がる。


 風の影響はしっかり受けて髪の毛や服はたなびいているけど、大人すら吹き飛ばされる暴風の中で普通に2本足で立っている。危なげもない。


「おぉー、普通に動けるにゃ」


 元の精霊がどんなだったかは知らないけど、この子は風を調律することが出来るらしい。


「……風が和らいだ? 治まったのか?」


 目を閉じて必死で岩にしがみついていたルークが、困惑したように顔をあげる。


「はぁっ!?」


 そして空を泳ぐ海の魔獣の群れを見て叫んだ。


 治まるどころか状況はどんどん悪化中である。


「この子が協力してくれた」

「風の精霊さんだよ!」

「そ、そうか……流石は愛し子だな」


 自慢げなスフィを見て、ルークはどうやら愛し子であるスフィに協力してくれたと思ったようだ。


 うーん、お姉ちゃんフィルタが強力過ぎる。


「あ! うごけるぞ!」

「髪が乱れましたわ!」

「それどころじゃないよ……ひいっ!?」


 ブラッドたちにも効果が届いたみたいで、クリフォトの元気一杯な悲鳴が聞こえる。


 横目で見ると、立ち上がろうとしたクリフォトの真横に魚が落ちてきたようだ。


 魔獣じゃなくて良かった。


 落ちて死ぬような弱い魔獣や魚なら落下物にさえ気をつければいい。


 でも……。


「なんだ、風が弱く……」

「気をつけろ! 何か落ちてくるぞ!」

「おわぁぁぁ!?」


 やや離れた位置で岩にしがみついていた冒険者たちも動けるようになったようだ。


 そんな彼らも、落ちてきた大型の水棲魔獣に動揺を隠せていない。


 どことなくトドに似た魔獣は既にボロボロで瀕死もいいところだけど、その分気が立っている。


 体重1トンを超えるような巨体にあの高さからボディプレスされてしまえば、いくら腕の立つ冒険者といえどただでは済まない。


 防御できて重傷、身体強化が苦手なら普通に死ぬだろう。


 子ども組にとってどれほど危険か言うまでもない。


 そんなこんなで体勢を立て直しつつある中、いち早くハリード錬師率いる冒険者が駆けつけてきた。


「すまない、怪我人の対処だけで精一杯で放置する形になってしまった」

「ご無事ですか? どうやら精霊の助力を得られたようですが」


 まず謝ってくる冒険者のおじさん。その横に立つハリード錬師の視線が、ぼくの肩のあたりにいる精霊に向かう。


「えっとね、風の精霊さんがてつだってくれてね、嵐を止められるけど、時間がかかるって」


 スフィがぼくの代わりに説明してくれている最中、精霊の子にどうやって嵐を止めるのか確認する。


 この子の力は風の流れの調整、強制的に止めるとかは出来ないけど散らすことは可能。


 今は台風岩に封じられていた精霊の力に引っ張られて、大気が一定範囲内に集められている状態。


 引っ張っている力そのものはこの子が中和できるし、この風の渦自体は簡単に消せるらしい。


「嵐を消すのは、簡単だって」

「じゃあさっさと」

「いえ、ダメです」


 流石というべきか、ハリード錬師はすぐに気づいたようだ。


「なんでにゃ?」

「今この嵐を消すと、島上空に集まってしまった"物"が一斉に落下してきます」


 夜のように暗い空、渦巻く風の中を泳いでいるのは魔獣を含んだ水棲生物、何かの瓦礫、岩その他。


 あれが一斉に降り注ぐとなると、無傷で生き残れる人間はほぼ0だろう。


 むしろ死者の数が多くなるに違いない。


「魔術でぶっ飛ばすとかはどうにゃ?」

「おれ! そういうの得意だぜ!」

「派手さならわたくしですわ!」


 声を潜めて相談してたんだけど、聞き耳を立てていた様子のブラッドとマリークレアが我先にと立候補してきた。


 少し前までは風の音が強すぎて会話なんて出来なかったのに、風の影響が薄れるのも良し悪しだ。


「ハリード錬師、自然科学と物理学は? 必要な威力とか計算できる?」

「どちらも土壇場で答えを導き出せるほど修めてはいませんね」

「ぼくも。冒険者の中に心当たりがないなら、勢い任せを提案する。タイミング合わせて上空に全力攻撃」

「…………ありませんね。それでいきましょう、彼等への説明はお任せ下さい」


 安全かつ確実にやるならきちんと計算した上でそれに沿った行動を取る必要がある。


 だけど、この場に想定される被害を計算できる人員は居なさそうだ。


 ハリード錬師もぼくの考えを想定していたのか、スムーズに説明に向かってくれた。


「結局どうするにゃ?」

「嵐が消えるタイミングに合わせて、全員で上空に全力攻撃」

「派手ですわね! 気に入りましたわ!」

「ふん、嫌いじゃないにゃ」


 巻き込まれた海の生き物には悪いけど、優しくどうにか出来る状況じゃない。


 既に大半が一緒に巻き上げられた瓦礫や漂流物で瀕死だったり死んでいるし、まとめてぶっ飛ばさせて貰おう。


 これは封印されて消え去った精霊への手向けでもある。


 だったら……せいぜい派手にやるとしようか。

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