呼び出し

 島はわずか数分で台風のど真ん中にいるような有様と化した。


「アリス、だいじょうぶ!?」


 風で暴れる髪を抑えながらスフィが叫んでいる。


「いや、全然へーき」


 かなりの強風で、みんな飛ばされそうになるのを必死で堪えているけど……。


「精霊の仕業だにゃ!」

「やっぱりそうだよね!?」


 ぼくは服がはためいで髪が風になびく程度の被害で、飛ばされそうになることもない。


 あからさまにぼくだけ被害が少ない光景を見て、ノーチェとフィリアが精霊の力だと断定した。


「ぼくだけ不思議なことが起こるからってすなわち精霊が関わっているというわけではないと思う。そもそも座って手をついているから風の影響を受けにくい可能性も」

「チュピピ」

「はい」


 あれ風の精霊の力だそうです。


「チュリリ」


 岩に封じ込められた風の精霊の力の一部が暴れてる、精霊はとっくに消滅していて力だけが残っているから制御もできないんじゃないか、というのがシラタマの意見。


「……精霊が消えて、意思も介在してないのになんでぼくだけ影響緩和されてるの?」

「…………」


 目の前に降りて教えてくれていたシラタマの動きがピタっと止まる。


「……チチ?」


 また禁止区域突入かと思った矢先、「あれ?」と首を傾げた。


 どうやら単純に力が暴走しているだけってわけでもないらしい。


「不思議なことが起こったらしい」

「それはいつもにゃ! フィリア、ほら紐にゃ!」

「うん! アリスちゃんちょっと黙ってて!」


 不審な事態を伝えようとした矢先、ノーチェから渡された紐でお互いの腰を結んでいたフィリアに怒られた。


「アリス、うしろごめんね!」


 しょんぼりしているとスフィが後ろに回って、ぼくの腰に紐を結ぶ。


 ついでだから岩を加工して掴まれる手すりもこっそりと作っておこう。


「風が強くなってきたにゃ」

「船は無事か!」

「す、すぐに出る準備をしないと」

「馬鹿! 海に近づくな!」

「いやすぐ出ないと間に合わないぞ!」


 大人たちも強くなっていく風に慌てているのか、指示が錯綜している。


 ゲドラはハリード錬師の一撃で意識を失っているのか、アーティファクトの腕輪を外され拘束されていた。


 いちかばちかの相打ち狙い……なんてするタイプじゃないよな、こいつ。


 嵐で船が沈んだあと、自分だけは生き残る算段でもあるんだろうか。


 じゃあ根本の嵐さえ止めれば防げるな。


 奴がぼくを注視していたのなら、周囲に風の精霊が居ないことは確認しているはず。


 愛し子は、自分の庇護者である精霊と同じ属性の精霊に対して友好的関係を築きやすいというのが定説。


 こういう依頼を受けるならその辺りは勉強していると思うし、ぼくが風の精霊に対処できないと踏んで賭けに出たんだろう。


「風がどんどん……うわっ!」

「シャオ! 愛し子なら何とかできないにゃ?」

「風の精霊には伝がないのじゃ! 何でアリスを頼らん!」

「精霊関係でアリスを前に出すと余計カオスになる気がするにゃ!」

「たしかにそうじゃな!」


 ケイオスなんて難しい言葉知ってるね。


「あれ、ブラウニーちゃんは!?」

「ん?」


 そういえばムニムニから解放してから近くに居ない。


 何をしてるのかと周囲に視線を向けると、風をものともせずにミリーを引っ張ってこちらに戻ってくるところだった。


 ミリーは風に飛ばされそうになりつつも、ブラウニーの力で強引に突き進んでいる。


「み、みんな……わっ!?」

「ミリー! 無事だったか、良かったな!」

「ミリーちゃん、早く! 紐結んで」


 近くの岩のくぼみで風を凌いでいたブラッドたちにミリーを渡し、ブラウニーはのしのしと戻ってくる。


「大人組は?」

「……」


 戻ってきたブラウニーが腕を伸ばす先で、ミリーがぼくたちと合流したのを確認した護衛役が慌ただしく船へ向かっていくのが見えた。


 この状況下でひとりを守っていられないから、たまたま迎えに来たブラウニーに任せたってところか。


 アルヴェリア、ひいてはアヴァロンにおいて動くぬいぐるみは子どもの味方っていうのが定説らしいし。


 とりあえず、子ども組は自分たちの身の安全を考えればよさそうだ。


 普通の嵐なら岩の中に隠れてやり過ごすのが正解なんだろうけど、待っていて止むかどうかわからない。


「……?」


 どうしようか考えていると、スフィが突然周囲をきょろきょろと見回しはじめた。


「聞こえる」

「?」

「アリス、聞こえない?」

「まったく」


 しきりに耳をぴくぴくさせて何かを探す仕草をするスフィ。


 残念ながらぼくの耳にはごうごうという風の音と、それに混ざる会話しか聞こえない。


「えぇ?」

「何が聞こえてるかわからないけど、普通の音じゃないね」


 別にスフィの耳が悪いわけじゃないけど、密着するような距離感でスフィに聞こえてぼくに聞こえないってことは物理的にはあり得ない。


「えっとね、なんかのね、音が聞こえるの。りーんとか、ちりーんみたいな」

「どこから聞こえるかわかる?」

「うーんと……あっち」


 スフィが指差すのは、風の中心点としてそそり立つ台風岩。


「チュピ」


 タイミングを同じくして、台風岩をじっと見つめたシラタマが「アリスを呼んでる」と言い出した。


 ……とうとう物語に出てくる精霊みたいな直接呼び出しをしてきやがった。


 このパターンははじめてかもしれない。

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