台風岩

「とぉー!」

「キリが無いにゃ!」


 子ども側の奮闘をよそに、ハリード錬師とゲドラは睨み合ったまま動きを見せない。


「どうして動かないんだ?」

「うごけないだけ」


 ゲドラはだらんと両手を下に垂らしたまま微動だにしない。


 見るからにカウンターに徹していて、ハリード錬師もそれがわかっているから攻めあぐねている。


「……しっぱいつづきだなぁ」

「のじゃ?」


 その状況はぼくのせいでもある。


 船の上での足ひっかけで警戒はされてたけど、さっきの蜘蛛のハッキングで完全に注視されてしまった。


 さっきの乱戦中に岩場を変形させて作ったビーチチェアに寝そべったまま、指先をピクリと動かす。


 ゲドラの視線が一瞬だけぼくへ向き、ハリード錬師が反応しそうになって、しかしタイミングがズレているせいで噛み合わないからお互いに動けない。


 結果としてまた睨み合いに戻ってしまう。


 絶妙なバランスの中に変なタイミングで介入するせいで、ぼくの存在がまるで歯車に挟まった砂粒のようになっていた。


 迂闊に動けばハリード錬師の邪魔をするだろう。


「この場合ぼくってカエル? ナメクジ?」

「おぬしはさっきから何を言うとるんじゃ」


 まさか達人の3すくみの睨み合いに自分が組み込まれるとは予想もしていなかった。


 人生は何が起こるかわからない。


「というわけで、ぼくに出来ることがなくなったので後はみんなに託す」

「意味がわから――のじゃ!? シャルラート!」


 近付いてきていた蜘蛛を、シャルラートが水の刃を飛ばして両断する。


 このままだと均衡が崩れるのは突入メンバーがこっち側に出てきて、合流するタイミングだろうけど……。


「――食い千切れ、渦蜘蛛!」

「防御を!」


 焦れてきた中で、先に動いたのは追い詰められているゲドラだった。


 ハリード錬師の声に反応してフィリアが盾を作り、スフィとノーチェが素早くその影に入る。


 振り回される鉤爪から漆黒の波が波紋を描くように広がり、岩を削りながら迫ってきた。


「ぐわああああ!?」

「慈悲深き光よ、あまねく悪意より我らを守れ! 『光の盾プロテクション』」


 マリークレアも光のバリアを張って波を防ぐ。


 しかしちょっと出遅れたためか、マリークレアたちの盾となった護衛の剣士が波を食らい悲鳴をあげて倒れてしまった。


 剣が砕けて、腕と胸の部分に横一文字に噛みちぎられたような傷跡が出来ている。


「動くんじゃッ……ねぇ!」

「ひっ」


 戦闘の最中、這って逃げ出そうとしていたミリーが脅しをかけられて動きを止めた。


 あの状況で逃げようとするなんてなかなか根性がある。


「……アーティファクト持ちは厄介ですね」


 相手の攻撃に合わせて蹴りを放ったあと、再び距離を取ったハリード錬師が苦い声を出した。


 波を掻い潜って懐に飛び込んで前蹴りをしたのは見えたけど、鉤爪の甲で防がれていた。


 骨が割れたような音は聞こえたから、相手にダメージはあるだろうけど決定打ではないようだ。


「涼しい顔で人の利き腕オシャカにしやがって」

「腕だけで済んだのが心外です」


 普通の手甲なら蹴り砕く自信があったんだろうか。


 それにしても、数の水増しや範囲攻撃と便利なアーティファクトを持っている。


 しかし数なら護衛側だって負けてない。


「すまん! 遅くなった!」


 丁度そのタイミングで船の上で突進した槌使いを筆頭に、他の冒険者たちも続々と穴から飛び出してくる。


 3すくみに夢中になりすぎて、動くタイミングを見誤ったのはやつも同じだった。


 ついに包囲されたゲドラは右腕を抑えながら諦めたように天を仰いだ。


「……はぁ、ミスったな。やっぱ愛し子なんざ手を出すもんじゃねぇや」


 人質としても敵に回すとしても最悪だものね。


 まさかターゲットの周囲に愛し子が複数いるとは思わなかったんだろう。


「大人しくしろ! 拘束する!」

「この島の由来、知ってるか?」


 不気味なほどに静かなゲドラが、槍のように突き出した岩を見上げる。


「大昔、どうやってか風の大精霊を石に封じ込めたんだそうだ。ただ精霊は閉じ込められたことに大層怒り狂って、たびたび大きな風の渦を起こして災害をばら撒いた」

「何を言っている?」

「止めますよ」


 奴の狙いがどこにあるかわからない、だけど大人しく捕まる雰囲気じゃないことだけは確実だった。


 ハリード錬師に追従して、冒険者が何人かゲドラに迫る。


「食い止めろ」

「くそっ!」


 最初の一撃は、奴が呼び出した蜘蛛に防がれた。


「この台風岩に傷をつけると、精霊の怒りによって嵐が起きるそうだ」

「何をする気だ!」


 島の由来については詳しく聞いてなかったけど、そんな言い伝えがあったらしい。


 暑いのに背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、横ですんとしているブラウニーを見る。


 顔をそらすな。


「噛み砕け! ブラックウィドウ!」

「止めろっ!」


 蜘蛛を乗り越えたハリード錬師の横蹴りがゲドラの胴体を打つ。


 何かが砕ける音と共にゲドラが吹っ飛んでいくが、奴は顔をしかめながら笑みを浮かべてみせた。


「どうせ、がふっ……仕事は、失敗だ。お互い、生き残れるか、勝負と行こうや」


 脇腹を押さえて膝をつきながら、ゲドラはただでは捕まらないと不敵に笑って岩を指差す。


 岩についた爪痕のような傷から黒い靄が吹き出して、空に黒雲を作り出していく。


「伝承は本当だったかー」


 ブラウニーを捕まえて頭部のほっぺたのあたりをむにむにと引っ張りながら、巨大になっていく雨雲を見上げた。


 強い風が吹きはじめて、ぼくでもわかるくらい雨の匂いが濃くなっていく。


「おぬしほんと余裕じゃな! 精霊なら説得できんのか!?」

「精霊の仕業かもよくわからないし、今まで精霊をまともに説得できた例がない。そもそも愛し子はシャオでしょ」


 残念ながら、前世から今生の今に至るまで精霊が素直に言うことを聞いてくれた経験はない。


 "ぼくの"味方にはなってくれるんだけどね……。


 巨大化していく雨雲を止める手段なんてあるはずもなく、風で加速した雨粒が頬を叩く。


 大海原のど真ん中で、嵐が起きはじめた。

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