果報は寝て待て

「フィリア」

「え?」


 フィリアは穴へ突入していく大人の様子を伺って、ソワソワしているような気配をさせている。


 気になって仕方ないのはわかるけど、浮足立つのは良いこととはいえない。


「あいつを、捕まえるのは、前哨戦で、すらない」


 父親の仇を捕まえました、良かったねじゃない。


 あれはただの道具、『犯行に使われた凶器を見付けた』レベルの話だ。


「ほんばんは、捕まえてから。だいじょうぶ、ぼくたちは、フィリアのみかた」

「う、うん……」


 ぼくの言葉が功を奏したのかはわからないけど、フィリアは少し落ち着いたようだった。


 そう、めんどくさいのはこれからだ。


「アリス……あのね」

「その格好でまじめなこと言われると、反応に困るにゃ」


 スフィたちは、大きいシラタマの羽毛に上半身を突っ込んで寝ているぼくの姿が気に食わないようだ。


「……そ、それにしても」


 同じ場所にルークたちもいる。


 さっきまでは護衛の剣士と話していた彼らは、ブラウニーの凶行で起きた騒ぎに釣られてやってきて、そのまま一緒に休憩することになったのだった。


「砂狼というのは本当に暑さに強いんだな」

「突然どうしたにゃ」


 会話の流れを変えようとしたのか、何とか話題を絞り出したルークにノーチェが疑問の声をだす。


「いや、身体が弱いとは聞いていたが、随分と日差しには強いんだなと思って。日差しが強すぎて少し具合が悪くなった者も居ると聞いていたから」

「あー……」

「!?」


 驚いた様子のノーチェがぼくを振り返る気配がした。


 漆黒の毛並みのノーチェは当然のように日差しに弱く、暑いのが苦手だ。


 気付かれてしまったか。


「にゃ!? 涼しいにゃ!」


 ノーチェの手がぼくの身体に触れる。


 ぼくの体温は高いので、ノーチェが好んで近づいてくることはなかった。


 だから今まで気付かなかったんだろう。


「シラタマに、おんどちょうせい、してもらってる」


 そのくらいのズルをしていないと、ぼくがサマーキャンプなんてものに参加できるはずがない。


 おかげでシラタマのリソースが大幅に削られてしまっていたけど。


「自分でやってるのかと思ったにゃ」

「あんな無茶、そうそう、できるか」


 永久氷穴で顔周辺の温度を無理矢理に変えたことを言ってるんだろうけど、あれはぼくからしても相当な無茶をした。


 普段の体温調整程度で気軽にやってたまるか。


 何より今はシラタマという心強い味方がいるので、素直に甘えるのが一番手っ取り早い。


「…………」


 ノーチェの手が視界に入ってくる、おそるおそるとした動きで、シラタマの羽毛の中に手を突っ込んだみたいだ。


「れーぞーこの中みたいにゃ」


 実際よく冷えてるので、羽毛の中で上がりすぎた体温を下げてもらっている。


 この何とも言えない状態もしっかり理由があるのが。


「ノーチェ、はなれて」

「なんでにゃ?」

「シラタマの、ご機嫌が、急降下」

「フギャッ!? せなっ、つめたぁっ!?」


 悲鳴を上げたノーチェが飛び退き、その場でのけぞっている。


 服の裾をバタバタさせるたび、小さな氷の塊がざらざらと岩場に転がり落ちるのが羽毛の合間から見えた。


 フカヒレやブラウニーと違い、シラタマはぼく以外に触られるのを極端に嫌う。


 ノーチェたちなら仕方ない状況や事故で触れ合うのは許容してるけど、羽毛の中に手をいれるのは完全にアウトだったようだ。


「ヂュリリ」

「どう、どう」


 シラタマをなだめながら、ようやく少し回復してきた身体を起こす。


「しかし本当に精霊を便利に使っているな、君は……スフィはそれほどまでに強力な愛し子ということか」

「んー」


 ルークはその情報を信じ切っているのか、感心した様子でスフィを見ていた。


「ここまで信じ込まれちゃうのも、すごいね」

「うん」

「はぁ……」


 気を取り直したフィリアが耳打ちしてきて、シャオがこれみよがしにため息をつく。


「当の精霊たちが口を揃えて、スフィは愛し子でおぬしは愛し子ではないと言っておるからの」


 精霊たちが嘘をつく理由もかばう理由もなくて、精霊術士が伝を頼って聞ける全ての精霊の意見が一致しているのも大きいようだ。


 ここまで思い通りに話が流れていくと少し怖い、そしてスフィに負担が行き過ぎないか心配になってくる。


「スフィと契約してくれる精霊とか、いないかな」

「キュピ」


 相性良いのが光の精霊だから、本人が望んで探せば簡単に見つかるそうだ。


 スフィとペアを組んでくれる光の精霊探しも、やることリストに加えておこうかな。


 あくまでスフィが望めばだけど。


「チュピピ」

「えぇ、こわい」

「のじゃ?」


 そんな事を考えていると、「他の精霊がいいなら、アリスが指名すればいい」と言われた。


 まるで相性悪くてもぼくが言えば無理矢理通せるみたいで凄く嫌だ。


「こういうの、お互いの意思が、大事だから」

「チュピ」


 シラタマもそこは同意してくれたので少し安心した。


 こっちの意思を無視されるのも困るけど、相手の気持ちを無視して無理矢理従えてしまうのは嫌だ。


「精霊に好かれるのも大変じゃな」

「愛し子は、そっちのほうだから」


 ぼくとシラタマのやりとりで何かを察したのか、めちゃくちゃ他人事な言葉が飛び出した。


 しかし世間一般の常識において、"精霊に好かれている"のはシャオの方である。


「おぬしを見ておると、だんだん隠しておるのが馬鹿らしくなってきたのじゃ……わしだってシャルラートと遊んだりしたいのじゃ」

「すればいいのに」


 今更シャオが精霊を連れ回したところで、誰も注目しない気がする。


「……言われてみれば。もう国をでたというのに、なぜ隠し続けておったんじゃろう」


 染み付いた癖っていうのはなかなか消えない、ぼくにも覚えがある。


「よし……わしも脱却してやるのじゃ、学院の中はともかく、おぬしと一緒にいるときくらいははっちゃけてもかまうまい!」

「そのちょうし、出番もちかい」

「そうじゃな!」


 シャオが決意を新たにしたところで、穴の底が俄に騒がしくなってきた。


 犯人を捕まえたって感じじゃない、追いかけてるって感じの気配。


 本当に出番は近い。

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