ふあふあパンチ

「りく、だ……」


 岩島に上陸するなり、限界だったぼくは力尽きた。


 膝から崩れ落ちたぼくをブラウニーが抱きとめ、近くの岩場にそっと寝かせてくれる。


 心配そうに寄り添うシラタマとフカヒレを抱きしめて、ひんやりとした感触にほっと息を吐く。


 確実に熱あるなこれ。


「アリス、大丈夫?」

「ウン」

「その有様でよく頷けたにゃ」


 失礼な、ぼくはまだ戦えるぞ。


「良い子でおとなしく休んでて」

「…………」

「ぐるるる……」

「わかってる」


 まだ動けるアピールをしかけて、冗談では済まなさそうなのでやめた。


 お姉さまには逆らえぬ。


 仕方ないので空を眺めるついでに島の様子を観察する。


 この島は槍のように突き出た岩を中心に、周辺から岩が集まったような形状をしていた。


 端的に言うなら「面白い島」で、もう少し突っ込んで言うと「何らかの作為を感じる島」になる。


「島の中央に、空洞あるね」

「アリス……」

「かたちからの、推測」


 突き出た岩を中心点にして渦に吸い込まれるように岩が集まったのなら、岩の隙間に洞窟のような隙間が出来ても不思議じゃない。


 衝突時の威力によっては完全に潰れることもあるだろうけど、ごつごつとした岩肌を見るに原形を留める程度の勢いの可能性が高い。


「アリスは大人しくしてたら死ぬにゃ……?」


 そうじゃなくて。


「考え事、してないと、意識がおちる」

「スフィ、もう楽にしてやるにゃ」

「ぼくが寝たら、こまる、でしょ、運ぶの、とか」

「そんなんで困るならここまで一緒に旅してにゃいぞ」


 ちくしょう何も言い返せねぇ。


「なにか、あったときの、たいおう」

「今は大人がいっぱいいるし、後は帰るだけにゃ」

「でも……」

「アリス、わがまま言わないの」

「今日に限ってなんでそんなに粘るにゃ」


 だってさ……。


「せめて、フィリアに、一矢報いさせてあげたい」

「……!」

「アリス、ちゃん……」


 大したことが出来ないとしても、元凶ではなかったとしても。


 何も出来ないまま仇を目の前で逃がすなんて思い、してほしくない。


「だから、あいつの逃げ場、くらいは封じ……何?」


 なんでスフィもノーチェも真面目な顔してるの。


「そういうことなら、アタシらも黙ってられないにゃ」

「アリス、あいつやっつけるの反対してるとおもってた!」

「……直接的に、やりあう気は、ない」


 やる気満々になってるところ悪いけど、戦闘はダメだ。


「あいつ、ラオフェンの、ぽんこつ暗部とは、違う」


 あいつらに何故予算を割いてるのか理解不能な、あそこの低レベル暗殺者もどきとはレベルが違う。


 船の上で生徒の犠牲者が0だったのは、あいつが余計なリスクを背負うことを嫌がったからだ。


 攻撃すると隙ができるし、どうしたって『相手を倒す』ことに意識が向かってしまう。


 船内に強力な護衛役が居ることを理解しているから、余計なことにリソースを割きたくなかったのだ。


 『出来なかった』と『やらなかった』の間には大きな壁がある。


「ラオフェンのぽんこつなら、子どもだけ、でも、撃退できる。あいつは、無理」


 子どもが交じるにはちょっと相手が強すぎる、犠牲を前提にすればチャンスはあるかなって程度だ。


 ぼくたちの中にハリード錬師の蹴りを凌げるメンバーは居ない、ゲドラはそれをやってのけた。


 それが証明だ。


「スカッとすればよいのか、嘆けばよいのかわからんのじゃ……」

「まぁ、実際あいつらぽんこつだったしにゃ」


 シーラングの首都で襲ってきたラオフェンの暗部の連中は、ノーチェの目にも"大したことのない連中"と映っているみたいだった。


 正しい評価である。


 厄介なのは、鼠人族の薄毛はくもうの男の子くらいだ。


「じゃあどうするにゃ?」

「貢献の仕方は、たたかいに、かぎらない……ハリーげほっ」


 ハリード錬師を呼ぼうと声をあげようとしたら思い切りむせてしまった。


 どうやらもう大声を出すことも厳しいらしい。


「ハリードせんせー! ハリードせんせー! いますかー!」


 スフィが代わりに声をあげると、暫くしてハリード錬師が顔を見せる。


「何かありましたか?」

「洞窟の、入り口、みつかった?」

「いえ、まだですね。地上部分にそれらしい痕跡はありませんでした」

「何で話が通じてるにゃ」


 どうやらハリード錬師も島内に空洞のようなものがある可能性を疑っているようだ。


 しかし岩場の上部には人が入れるような入り口はなかったらしい。


「錬金、術師」

「島にいたのは魚人の海賊だけです。確認できる範囲で錬金術師はいませんでした、痕跡もありません。痕跡すら遺さず錬成で穴を開閉出来る……そんな使い手がそうそう居るとは思えませんね」

「まじゅつ」

「それも痕跡はありません、穴を掘った形跡もないですね」

「海の、中」

「可能性があるとすればそこだと踏んで、水中に慣れている冒険者が探索中です」

「……ハリードの兄ちゃん、よくわかるにゃ?」

「自分でも推測した範囲を前提に状況を伝えているだけです、既知の情報を得るために無茶をされても困りますし」


 まぁこの状況で聞きたいことなんて、大体そのあたりに集約されていくから推測は簡単だ。


 ついでに、奴が発見できないなら島の中に隠れる場所があると考える。


 ハリード錬師がそういう方向で動いているってことは、魚人からは奴が逃げたという情報は聞いていないんだろう。


「てっとり、ばやく、みちをつくる」


 カンテラを呼び出して炎を灯し、適当な岩場に影を伸ばす。


 解析アナリシスで空洞を見つけて、錬成フォージングで穴を作るつもりだった。


「あれ、ブラウニーちゃん?」


 フィリアの声に視線を向けると、ブラウニーが腕をぐるぐるさせながら歩いて行くのが見えた。


 いつの間に、じゃなくてちょっと待った。


「っ……」


 あ、しまった、身体を起こそうとしてしまった。


 めまいで声がでない。


 止めようと伸ばした手の先で、ブラウニーがふわふわの右手を地面へと振り下ろす。


 空気の爆ぜる音がして、クレーターと共に岩場が砕けた。


「のじゃああ!?」

「あぶねぇにゃ!」


 ノーチェがシャオを降ってくる岩の破片から庇って逃げるのを横目に、ぼくはぐったりと岩の上に倒れ込んだ。


 ハリード錬師が側にいたので、ぼくとスフィとフィリアは無事だ。


「伏せて下さい!」

「アリス! 顔あげちゃだめ!」

「いや、だいじょ、ぶ」

「ふえええ!?」


 覆いかぶさるスフィの重さを感じながら、深い溜め息をつく。


 もしかしたら偵察の時や魚人に襲われた時に、フカヒレやシラタマに頼ったのを気にしていたのかもしれない。


 でも動く前に相談をしてほしかった。


 岩の雨が治まったところで顔をあげると、シラタマが作ってくれた氷の防壁の向こう側に自慢気に胸をはるブラウニーの姿があった。


 すぐ隣には地下へ続いていると思わしき穴がある。


「アリス錬師」

「うん」

「ここで休んでいてください、精霊たちと、いいですね?」

「うん」


 なんだなんだと人が集まってくる中、ハリード錬師の疲れたような声が耳を打つ。


 もちろん、"精霊たちと"の部分が強調されていることに気付かないわけもなかった。

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