奴はどこ?

「で! これから敵のとこに乗り込むのか!?」

「させるわけないだろう!?」


 アホなことを言い出したブラッドを護衛役の剣士が諫める光景を眺め、シラタマに抱きつきながら考える。


 船を岩島に近づけることは当然許可されない。


 サメの呼び出しはもうできない、何を巻き込むかわからない以上は危なすぎる。


 まいった、この距離で使えそうな手札がない。


「そういや、そいつって何で抵抗してないにゃ?」

「ん?」


 海を眺めてぼんやりしていると、同じく暇を持て余していたノーチェが隣に座った。


「ほら、拐われたそいつも愛し子にゃんだろ? 精霊呼べば脱出くらい簡単なんじゃにゃいのか?」

「……たしかに」


 言われてみればそのとおりだ。


 愛し子といっても精霊の取り扱いは普通の精霊術士と変わらない。


 ぼくみたいに制御不能で困るなんてことはないはずだし、呼ぶチャンスがあればさっさと呼んで脱出してても不思議じゃない。


「魔力が足りぬか、精霊術が未熟かのどちらかじゃろう……」


 ぼくたちの疑問に、かつてないほどテンションの低いシャオが答えた。


 下半身すっぽんぽんで体育座りはなかなか勇気のいる姿勢だと思う。


 着ていたものは先ほどフィリアが洗っていたので、今は乾くのを待っているようだ。


「愛し子といえど、結局は当人の実力を超えるようなことはできぬ。わしとてシャルラートから借りた力を1割も使えているか怪しいのじゃ……そもそも精霊とは呼べば来るようなものではない。おぬしはほんと何なんじゃろうなぁ……」

「人を哲学的思考のネタにするのやめてもらえる?」


 いくら友達とはいえ、ぼくという存在を他人に深掘りされるのはなんか嫌だ。


「アリスみたいに、たすけてーで助けに来てくれる訳でもないってことかにゃ」

「そういうことじゃ、きちんと手順を踏んで呼べば助けにきてはくれるじゃろうが」


 その辺りが愛し子とそれ以外の違いってことだろう、いくら精霊でも距離があればすぐにどうこうは出来ない。


「それって愛し子と普通の奴でどう違うにゃ?」

「呼ぶ側としてはさして変わらぬという話じゃ、一番の違いは契約のしやすさじゃろうな。わしの時は精霊の試練がなかったからのう」

「試練なんてあるにゃ?」

「うむ」


 ラオフェンでは水属性の精霊術が盛んで、契約するには水の精霊たちの支配する未踏破領域である『霊水洞』という場所に挑む必要があるらしい。


 当然ながら迂闊に入ると水の精霊たちに攻撃される。


 本来なら命がけの危険な試練だけど、シャオの時は攻撃も邪魔も一切なく最奥までたどり着き、シャルラートと契約したそうだ。


「何かあればいつでもここに逃げ込めばいいとも言われたのう」

「精霊って自分の領域から離れたがらないからね」

「シャー」


 膝の上でぼくにべったりなフカヒレが頷く。


「逆にいえば、愛し子に多少酷いことしても精霊の領域に近づかなければそこまで怖くないってこと」

「だから誘拐なんて無茶ができるんだにゃ」


 嫌われはするが、その精霊にさえ近づかなければリスクは低いんだろう。


 ただし本気で怒りを買ってしまえば、領域を飛び出してまで追いかけてくる。


 愛し子は人に限らないって話だし、もしかしたら未踏破領域で珍しい獣を狩った結果、精霊を激怒させた……なんて理由があったのかもしれない。


「船を制圧できた?」

「ん?」


 遠くから男の人の声が聞こえてきて、耳を動かす。


 どうやら護衛役が少し離れた位置で誰かと会話しているようだ。


「こっちは……トラブルがあったが全員無事だ、いや、説明しにくい」


 相手の声が聞こえにくい、魔道具による通信かな。


 ゼルギア大陸にも離れた相手に音を伝える魔術なんかもあるし、それを利用した魔道具もある。


 地形やらなんやらで簡単に阻害されるし、対象指定が大雑把だしで便利なものではないけど……海の上ならむしろ使いやすい。


「あぁ、お貴族様方に怪我はねぇよ、そっちは……そうか、これから捜索か。いや、だから……サメだよ、サメ、サメの群れに襲われた」

「ふむ」


 通信相手の声は聞こえないけど、どうやらゲドラには逃げられたらしい。


 というか襲ってきたのは魚人であってサメは助けてくれた側なんだけど。


「普通のサメじゃねぇよ、口から光の弾を撃ってくるサメとか、タコの脚が生えてる奴、頭が複数あるばかでかいサメが……笑うな! マジだよ! 居たんだよマジで! 幻覚じゃない、変な絵物語なんか読んでねぇよ! おい本気で心配そうな声出すな、マジなんだって!」


 どうやら信じてもらえてないみたいだけど……ってそうか、地球と違ってゼルギア大陸のサメは種類が少ないんだった。


 しかも魔獣枠ですらなく、その他の大型肉食魚類と生態にさほど違いがなくて頭が増えたりもしないんだっけ。


 だとしたら信じてもらうのは大変そうだ。


「あぁもう、わかった、接岸する……俺も少し陸地で休みたい、暫く海を覗き込みたくない」


 酷く疲れた様子で通信を終えた護衛役が、少しして声を張り上げた。


「みんな聞いてくれ! 敵の討伐と制圧が終わった、これからあの岩島に船を止める。上陸して少し休んでから、他の護衛と一緒に港へ帰るぞ!」

「よし! 敵地とつにゅうだな!」

「休憩だ!」

「派手に賊を捕らえてやりますわ!」

「頼むから大人しく休んでてくれ! ください!」


 ぼくもいい加減船酔いが限界に達しつつあったし、丁度いい。


 ついでに奴のしっぽを掴んでやる。

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