後始末

「アリス、この子たちたぶん精霊さんだよ」

「まじで」


 サメたちの様子を伺っていたスフィの一言で発覚したのは、集まってきたのは野生のサメじゃなく精霊の類だという衝撃の事実だった。


「スフィ、君は愛し子なんだろう? こいつらをどうにか出来ないのか?」

「うーん……」


 ルークから言われて、スフィが困ったような顔をする。


 船を中心にぐるぐる泳ぐサメたちはこっちを狙ってるようにしか見えない。


 というか多分狙ってる、それにまだ増えてる。


「フカヒレー」

「シャアー」


 落ち着いているようなので、もう呼ばなくていいよと声をかけたら酷い返答がきた。


「アリス、フカちゃんはなんて?」

「……呼んでないのに勝手に来るって」


 フカヒレによると途中から「もういいよ」って呼びかけてるのに勝手にどんどん集まってきたらしい。


 叫んでたのは呼んでたんじゃなくて止めてたのか。


「シャー」

「……」


 ぼくがフカヒレを通じて助けを求めた形になったので、続々と集結していると言われて思わず黙ってしまった。


「ね、ねぇアリスちゃん、これほんとに大丈夫なのかな?」

「そういう約束だから、船の上はだいじょう」


 ゴトンという衝撃と共に船が揺れた。


「船の上は大丈夫」

「なにも大丈夫な気がしないよ!?」

「魚人と戦うほうがマシだったんじゃにゃいか?」


 正直、ぼくもそう思いはじめていた。


「かいさーん、解散でーす、解散してくださーい、ご協力ありがとうございましたー」


 海に向かって解散を呼びかけてみても反応は芳しくない。


「シャアー!」


 ちらほら帰る個体はいるけど、全体として減ってる感じはしない。


「うえええ、やだよぉ! こんなところにサメに食べられて死にたくないよぉ!」

「お、終わりだ……」


 見るからに凶悪そうなサメたちが船を囲んでぐるぐると泳ぐ姿に、クリフォトと護衛役の人の心が折れ始めた。


「おもしれぇ、魚の魔獣よりつよそうだ!」

「派手ですわね……気に入りましたわ!」

「君たちのメンタルはアダマンタイトででも出来ているのか……?」


 まったくブレないブラッドとマリークレアに、遺書らしきものを書き始めていたルークが呆れた様子を見せている。


「アリス、アダマンタイトってなに?」

「ダイヤモンドが"成る"幻想金属、不滅や不壊って幻想が宿っていて、恐ろしく頑丈」

「へー」

「暢気にしておらんで何とかするのじゃ元凶!」


 スフィの疑問に答えていると、顔を真赤にしながらシャツの裾でズボンの股を隠しながらシャオが吼えた。


 そんな事言われても、お願いを聞いてくれないんじゃ出来ることがなさすぎる。


 被害が最小限でいけるかと思いきや、ここまで後始末が大変だとは。


 精霊には極力頼るべきじゃないっていうぼくの感覚は間違いではなかったようだ。


「ヂュリリリリ!」


 時々船がつっつかれて悲鳴が上がる中、困り果てた頃に怒れる雪の女王が帰還した。


 ちょっと離れてる間にこんなことになるとはと、怒り心頭のようだ。


「シラタマ、おかえり」

「ヂュリリ!」


 シラタマは大きな姿に戻りながら船に着地し、氷塊を海に向かって投げつけ始める。


 翼を広げて無数の氷の杭を投げ込み、攻撃する姿勢を見せたことでようやくサメたちは海の底に帰っていく。


 彼等も精霊、物凄く渋々って感じではあるけど上位の精霊には従ってはくれ……。


「グゴアア!」

「ヂュリリリ!」


 なかった、口から光弾のようなものを放つサメとシラタマの喧嘩がはじまった。


 光弾と氷塊の飛び交う戦場では船が大いに揺れて、ぼくの脆弱な三半規管が一瞬で音を上げる。


「……おえ」

「アリス、しっかりしてぇ!」


 慌てたスフィとブラウニーに抱きしめられながら何とか顔をあげると、最後まで抵抗していたサメがタコ足に掴まれて海中へと引きずられていくのが見えた。


 何も起こらないまま暫く経って、ようやく海に平穏が訪れたことを知る。


 よかった、無事終わった。


 光弾が何発か船を掠めたけど、壊れてはいないからセーフってことで。


「た、助かったのじゃ?」

「うん、ありがとうシラタマ、助かった」


 緊張が解かれたことで、一部のサメからずっと熱烈な視線を受けていたシャオが安堵の声を出す。


 彼女はもしかしたら水属性の精霊に好かれるのかもしれない。


 口に出したら物理的に噛みつかれそうなので黙っておくけど。


「キュプッ」


 憤慨しながらのしかかってくるシラタマをいなしているうちに、残っていたサメたちも姿を消していた。


「シャアー」

「フカヒレもありがとう」


 『ようやくみんなかえったー』とフカヒレが船にあがってきたことで、みんなもようやく安心できたみたいだった。


「アリス、こういうのもう禁止にするにゃ」

「前からだけど、精霊さんたちって言うこと聞いてくれないもんね……」

「そうなんだよね……」


 ピンポイントで条件を絞ってこの有様だ。


 ぼくにとっては呼べば簡単に集まって力を貸してくれる連中だけど、基本制御不能である。


「そ、それにしても……愛し子というのは凄まじいな、ここまで自在に精霊を呼べるのか」

「んなわけなかろうが……」


 落ち着いたところで、強がりが見えるルークの言葉にシャオが小声で突っ込みを入れる。


 なんかシャオがやさぐれてるけど大丈夫だろうか。


「おぬしはいったいどうなっておるんじゃ」

「ぼくに言われても……」


 自分のことを完全に理解できるなら苦労はない。


「そういえばシラタマ、偵察はどうだった?」

「キュピピ」


 話をそらそうとしているうちに本題を思い出して、羽毛に半分埋もれながら聞いてみる。


 どうやら例の子はあの巻き貝の中に連れていかれたようだった。


 推測通りあれは魚人族の船みたいで、中には魚人がいっぱいいたと言う。


 語彙力や意思疎通力の問題でわかったのはそのくらい、ただ巻き貝が船であることが確定したのは大きい。


 あとはどうやって妨害するかだ。

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