シャークカーニバル
フカヒレはサメの精霊だけど、まだ赤ちゃんだから地球のサメのように変形したりは出来ない。
その代わりと言っては何だけど、特定の条件下で他のサメを呼び出す能力をもっていた。
「シャアー!!」
吼えるフカヒレに呼応するように、多数の黒い影が海の底から上がってくる。
「ギョゲッ!?」
目視できるくらいに影が水面に近づいてきたところで、魚人のひとりが悲鳴をあげて海中へ消えた。
「グ、グギョルガラ、ゴッガラ!」
慌てた様子の魚人たちが銛を手に海中を攻撃している、またひとりが海の中に引きずり込まれた。
魚人の消えた地点の水がなんだか赤い。
「な、なんだ! 何が起こってるんだ!?」
「姿勢を低くして何かに掴まるんだ、船から落ちるんじゃないぞ!」
「船からはみださないようにねー」
想定外の事態に護衛役のお兄さんとルークが慌てているけど、護衛役の言うとおり船から落ちなければ問題ない。
一応注意は呼びかける。
ちゃんと聞いてくれるといいんだけど。
「ぬははは! 精霊の怒りを思い知るのじゃ!」
そんな願いをよそに、何故か強気なシャオが船縁に足をかけて高笑いしている。
さっき追いかけまされたのを根に持っているんだろうか、というか危ないからちゃんと真ん中の方に居て欲しい。
徐々に身を乗り出すシャオの服の背中を、のしのしと近づいていったブラウニーが引っ張った。
「のぎゃあ!? こりゃ、何を――!」
いきなり引っ張られて尻もちをついたシャオが抗議をしようと声を荒げる。
ブラウニーの居る方へ振り向く直前、さっきまでシャオが身を乗り出して居た場所に海面から顔を出した巨大サメが食らいついた。
体長推定4メートルくらいだろうか。
空振りしたサメはぎょろりとシャオをにらみつけながら、海中へと戻っていく。
「…………」
「…………」
揺れる小型船に、さっきまでのパニックが嘘みたいな沈黙が降りた。
隣に来ていたスフィとフィリアが、ぼくを両サイドからぎゅっと抱きしめた。
「にゃあ、アリス」
「なに?」
剣を片手に海をにらんでいるノーチェは、緊張をにじませた表情でぼくを振り返る。
「あいつらって、フカヒレが呼び出したやつだよにゃ?」
「うん」
「あたしらって攻撃対象じゃにゃいよな?」
「ううん、無差別」
敵とか味方とか友達とか家族とか関係ない。
ぼくが精霊に"ゴーサイン"をだすってことはそういうことだ。
「だから船から出ないでね」
「ふざけんにゃ!!」
「ありす! なんでそういう事するの!」
この状況で船から出ないと思うけど一応注意しとこうと思ったら、何故かノーチェたちに怒られた。
「どうしてあたしらまで攻撃対象に入ってるにゃ!? 」
「意図してやってるわけじゃない」
当然ながら仲間と家族をどれだけ大事に思っているか、あの子たちにはちゃんと話して理解も得てる。
だからこそあの子たちなりに考えてくれて、問答無用なキリングフィールドに安全地帯ができた。
今回は船の上と海中で綺麗に分けることが出来た上に、海だからこそ通りすがりや巻き添えの危険がないから実行した。
「船の上は攻撃対象外だから、ほんとにでないでね。これでもかなりがんばった」
「……なんか、おまえがあんまり精霊を頼りたがらない理由がわかったにゃ」
がんばって説明と打ち合わせをした。
フカヒレだって別にノーチェたちを狙ってるわけじゃない、巻き込んでしまうだけなのだ。
精霊は明確な対象分類はしても、力の細やかな制御とかは考えない。
一緒に戦うなら人間側の方が攻撃範囲に入らない動きが必要になってくる。
そもそも呼び出されたサメは野生の個体なので言う事とか聞いてくれないし。
「凶悪なサメをいっぱい呼び出して好き勝手に暴れさせる奥義、名づけてシャークカーニバル」
「おぬし1回海に突き落とされたほうがいいと思うのじゃ、マジで」
水に落ちてもいないのにズボンを濡らしているシャオが真顔で言った。
泳げないから海に落とされると困る。
「もうちょっと平和的なやりかたはなかったにゃ!?」
「ひとりずつ倒してる間に船を壊されたらおわりだよ?」
「ぐぬぬ!」
正直それは考えたけど、こっちは海中戦の装備をしてきていない。
船には一応水の中で呼吸が出来る魔道具は積まれているけど、魚人と戦闘できるようなものじゃない。
船を壊されたらその時点でアウトだ。
逃げるのを優先するだろうと読んでたけど、まさか巨大なリスクを無視してこっちに人員を割いてくるとは。
欲とは恐ろしい。
「うわぁ、やべぇ、サメだらけだ」
「待て、なんで頭が複数あるサメがいるんだ、口から光が出てるのもいるぞ!?」
「たぶん体内で発電してるタイプ」
海でテンションが上っているせいか、フカヒレは次々とサメの援軍を呼んでいた。
海を覗けば、そこはもう選り取り見取りのサメ天国。
さすがにそろそろ止めないとまずい。
「フカヒレ、もういいよ」
「シャアッ! シャーッ!」
「フカヒレー」
「フカちゃーん?」
「シャークッ!」
ダメだわ。
ご機嫌で水をぱちゃぱちゃしているフカヒレには、ぼくとスフィの呼びかけが聞こえていないようだった。
普通の精霊術なら呼び出した精霊の器の制御権を術者が握ってるから、こういう時に強制停止できるんだけどね。
「ギギョオオオ!」
「ギャッゴ! ゲゴガ!」
ゴーサインを出したことを後悔しはじめた頃、魚人たちも恐慌状態になって散り散りに逃げはじめた。
ひとりはクジラみたいに巨大なサメに飲み込まれ。
ひとりは頭がふたつあるサメに食いつかれ、悲鳴をあげながら取り合いをされはじめた。
「スフィ」
「んゅ?」
スプラッタの予感にスフィに声をかけて意識をそらす、好んで見たいものじゃないよね。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、リーダー格っぽいイカツイのだけは叫びながらこちらの船に向かってくるのが見えた。
銛を手に海中に潜ろうとした瞬間、タコの足のようなものが水中からイカツイ魚人を空中へ弾き飛ばした。
「ギョガアアアア!?」
水柱が上がり、手足をばたつかせながら落ちてきたイカツイ魚人が海面から顔を出した下半身がタコのようになっているサメに丸呑みされる。
波打つ海面には赤い名残だけが残っている、取り合いされていた魚人の姿もない。
サメタコのインターセプトにより、凄惨な光景はカットされたようだ。
さすがの魚人もサメ相手にはどうしようもなく、ものの数分で海に静寂が訪れた。
「ひどい海難事故だった」
「おまえにゃ……」
護衛は青ざめた顔で船の周囲を悠々と泳ぐサメたちを見ている。
「ま、サメがいなくてもおれがかたづけてやったけどな」
「……無理矢理ついてきたことを後悔してる」
「かえりたいよぉ……」
ブラッドはいつもの調子で、ルークとクリフォトは涙目で身を寄せ合っていた。
危険は無事に退けられたけど、情報は得られなかったな。
「ねぇ、アリス」
「ん?」
「この子たち、どうするの?」
スフィが海中を指差す。
フカヒレが呼び出した凶暴なサメたちは、敵がいなくなった海の中を我が物顔で遊泳していた。
……どうしよっか?
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