絶体絶命

 問題はあそこに見える巨大巻き貝が魚人の船なのかどうかだった。


 最悪なのは大人しくしている野生の魔獣を刺激してしまうこと、味方側に被害を出す形で引っ掻き回すのはまずい。


「フカヒレかシラタマにお願いがあるんだけど」

「キュピ?」

「シャー?」


 こっそりとふたりに声をかける。


「例の子の居場所と、あの魚人の使う船か、もしくは別の移動手段の特定……できる?」

「シャー……」


 聞いてみるものの、フカヒレは乗り気じゃないみたいだった。


 意味合い的には「フカはアリスといっしょがいい……」って感じの反応で、長時間視界に入らないほど離れたのがまだ尾を引いている。


「キュピピ」

「ありがとう」


 頭に乗せた麦わら帽子を揺らして、シラタマが「しょうがないわね」と名乗り出てくれた。


 青空を飛んで偵察に向かったシラタマの影を見送って一息つく。


 派手な戦闘は一旦落ち着いてるようで、岩島に大きな動きはない。


「でも、なんで台風岩っていうにゃ?」

「なんでだろ?」


 沖合でぼくたちに出来ることはないので、暇を持て余しているスフィたちが雑談に興じている。


 ビーチチェアに寝そべて耳を立てた。


 ぼくもまた暇なのだ、しかも体調が悪いので何もしてないと意識が落ちる。


「むかし荒ぶる風の精霊が住んでいた島で、いつもここで台風が生まれていたって聞いたよ」


 スフィたちの疑問に答えたのはクリフォトだ、彼女はこういう伝承とかに詳しい。


「苦しむ漁師村の人たちのために、心優しい旅の乙女が精霊に身を捧げることで怒りを鎮めて、それから台風が起きなくなったんだって」

「ほーん」


 あぁ、旅人とっ捕まえて生贄に捧げたって話ね。


「竜の加護があるなら、台風の影響なんて微々たるものだとおもうけど」

「あれ、そういえばそうだね……?」


 アルヴェリアが受けている星竜の加護は強力らしくて、自然災害で大きな被害を受けたことはない。


 国家が愛し子をさほど重視していないのも、この加護のおかげで精霊への対応で困ることが殆どないから。


 何せ聖王国の王族は神獣の御使い、精霊も無視するわけにもいかない。


 精霊からすると『自分の愛し子』、『他の精霊の愛し子』、『精霊系統の加護を受けている者』の順番で話をちゃんと聞く気になるらしい。


 聖王国の王族はこの3番目にあたるので、愛し子に頼らずとも精霊との交渉役が務まるそうだ。


 このあたりはシラタマに聞いたので、たぶん正確だと思う。


「まぁ昔話なんてのは、当事者に都合が良くつたわるものだから」

「アリスちゃん、なんかすごくドライだね……」


 前世では裏側を見る機会が多かったせいで、純真さなんてとっくに失ってしまった。


「……何か来る」


 反論しようと考えたところで、耳が水面から感じる奇妙な音を捉えた。


 波とは違う何かが跳ねる音。


 小型船といっても大型船に備え付けられた緊急脱出用なので大人が10人ちょっとは乗れるサイズだ。


 とはいえ動き回れるようなスペースはなく、戦闘なんて出来るはずもない。


「え?」

「スフィ! 構えるにゃ!」

「うんっ!」

「あれ、わしの弓どこじゃ!?」

「シャオちゃんこれ!」


 ばたつく船上では迎撃準備がはじまる、ぼくも目を閉じて音に集中する。


「フカヒレ、水中」

「シャアッ!」


 ぴったり寄り添っていたフカヒレが、勢いよく海中に飛び込んだ。


 近距離なら離れて行動しても大丈夫なようだ、良かった。


 数秒、数十秒ほどしてフカヒレが海上に上がってくる。


「シャー!」

「魚人がいっぱい?」

「なんだと!?」


 フカヒレの報告から程なくして、海面に魚人が顔をのぞかせた。


 ひとり、ふたり……たくさん。


 目算で8人前後、中には厳つい顔に傷をつけた明らかに格上っぽいのも混ざっている。


「グギュル、ゴアッグ、狼人ダナ、高ク売レる、大人しくシレ」


 独特な発音とイントネーションで魚人が大陸共通語を喋った。


「好き勝手できると思うな」


 護衛役の剣士の青年が汗をかきながら剣を構える。


 状況的には最悪だ、陸地ならまだしも水中では人間にほぼ勝ち目はない。


 この人数がいれば小型船を転覆させるくらいは造作もないだろう。


 足に鎖かけて数人で水中に引っ張り込めば、強者を相手にしても勝ち確定ってずるいよね。


 まぁこっちはそれ以上にずるいかもしれないけど。


「おまえら悪いやつだな!」

「下郎ども、派手にお散りなさいまし!」

「く、相手が水中じゃ……」

「お前たち、何があっても俺の傍から離れるなよ!」


 護衛役の剣士が懐から取り出した宝石を上空へ放り投げると、高いところで宝石が赤い光を放った。


 緊急用の信号弾みたいな感じかな。


 そこまでする必要はないと思うけど、報連相は大事なので妥当な判断だ。


「シャオ、おまえシャルラート呼べるにゃ?」

「やむを得ぬ、しばし待つのじゃ」

「……いや、みんな忘れてない?」

「アリス、どしたの?」


 なんかピンチみたいな雰囲気だけど、大事なことを忘れてるんじゃなかろうか。


 戦場は海のどまんなか、敵は自分のホームである海中に陣取っている。


 こっちの船は戦闘に適さない移動用の小型船。


 確かに地上で生きる種族には絶体絶命に近い状況だろう。


 だけどこっちには――


「フカヒレ、暴れちゃえ」

「シャアー!」


 "サメの精霊"がいるんだぜ?

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