追撃作戦
ぼくたちが作戦会議をしている最中、追跡を任せていたフカヒレが帰ってきた。
フカヒレは無事に任務を達成したようで、自慢気に"岩ばっかりの島"に賊が拠点を作っていたことを教えてくれた。
なのでスフィたちに運んでもらって大人組の詰める会議室に報告へいったんだけど、そこで問題が勃発した。
「では、その子に案内をお願いできるか?」
「シャアッ!」
護衛役のひとり、まとめ役らしき壮年の男性が言う。
大海原で地図にも乗っていない可能性がある島を探すのは無茶ぶりにも程がある。
正確な位置なんて計算できるはずもないし、フカヒレの記憶が頼りだ。
なので提案自体は至って妥当なものなんだけど……。
「何と言っているのでしょうか」
「……"ヤダ"って」
ぼくの腕に抱かれつつ、ひしっと張り付いてくるフカヒレは元気いっぱいにお願いを拒絶していた。
「アリスさん、申し訳ありませんが説得をお願いできませんか?」
「フカヒレ、案内してあげて?」
「シャッ!」
"ぜったい嫌"だそうだ。
首を横に振ると、ハリード錬師が困惑した様子を見せた。
「どうして拒否するのか、わかりますか?」
「えーっと……」
「シャークッ」
帰ってきてからベッタリなフカヒレは、どうやら初の遠出がよほど寂しかったようだ。
精霊にとって家や居場所というのは特別な意味があるようで、そこから離れるのは酷くストレスを感じるらしい。
普通なら本体は同じ場所から動かず、意識と力の一部を召喚先に用意された入れ物に送る形になるので召喚者から離れても影響はない。
しかしフカヒレにとってはぼく自身が家で、原則外に出ているのが"本体"だ。
離れる機会なんて殆どなかったからわからなかったけど、今回のように数時間以上も離れ続けるのはかなり辛かったみたいだった。
「ぼくから離れるのが嫌だって」
「それは……困りましたね」
「そんな我儘が通るか! 人命がかかってるんだぞ!」
激昂した護衛のひとりが大声をあげて机を叩いた。
さっきゲドラに不意打ちをしようとした槌使いの男性だ。
「多少強引でも案内して貰う!」
「やめてください! 相手は子どもです! それに精霊に命令はできませんよ!」
10代後半くらいの青年が慌てた様子で槌使いの男性を止めた。
近くに浮かぶデフォルメされた顔のある火の玉がじっとぼくを見ているし、精霊術士かな。
ぼくに出来るのはあくまでお願いだけで、嫌だと言ってることを無理強いは出来ない。
そのあたりを理解してくれる人がいるのは助かる。
揉めて拗れた場合、いったいどんな惨事が起こるか想像もできない。
「じゃあどうするんだ!」
「敵地まで同行する」
できるだけサラリと告げると、会議の場がざわついた。
普通に考えて、護衛対象の子ども……しかも虚弱児を連れていけるわけがない。
「出来るわけがないだろう!」
「流石に無茶だ」
口々に反対意見が上がる。
さすがのハリード錬師も苦い顔だ。
「ここでまごついてたら、完全に逃げられる」
船は港に向かっている。
他の生徒がいるのに追跡なんて出来るはずもなく、小型船を使って追うかどうかの相談をしていたのだ。
港で生徒を降ろしてから追撃隊を編成なんて悠長なことをしていれば、魚人を雇っているゲドラは簡単に逃げ果せるだろう。
確実に追撃が出来るタイミングは、敵の拠点を把握できた今しかない。
「だから、同行する」
「接敵は許可できませんよ?」
「ハリードさん!?」
「構わない」
自分の手で捕まえたいなんて考えてないし、フィリアたちがそれを言い出したらお説教だ。
「しかし生徒を戦場に連れていく訳には……」
「厳密には港についた時点で現地解散が適用されるはず。更にタイムスケジュール的には既に適用されている時刻、つまり事実上授業は終了した"放課後"であり、学校外での生徒の行動に対して学院側が保護監督責任者の権限を持ってこれを制することはできない」
「え、えっ」
今が放課後なら、ぼくたちは『しっぽ同盟』という冒険者パーティだ。
作戦に参加はできなくとも、案内役として参加することに不都合はない。
そんな感じの屁理屈を並べ立てたところで、何人かが頭痛を堪えるような顔をしはじめた。
「……彼女たちは私の権限で同行させます。アリスさん、現場近海で待機、かつ万一の際は速やかに脱出し港へ向かうことが条件です」
真っ先に折れたハリード錬師がとりなす形で、決着はついた。
ぼくは折れないし、論戦している時間そのものが無駄だと気付いたんだろう。
「リーダー、いいよね」
「おう、判断は任せるにゃ」
すぐ後ろにいるノーチェに話を振ると、心得たとばかりに頷く。
「じゃあ、準備して緊急艇で待ってる」
「……ハァ、わかりました」
ちょっと強引ではあるけど何とか許可は取れた。
後はなんとかして奴等の逃げ道を塞ぐだけだ。
捕縛のための戦闘なんて無茶をする気はない、ただ逃げ足の早いゲドラを捕まえるためには少しばかり工夫がいるだろう。
その一手を考えないといけない。
■
「アリス、からだ大丈夫?」
「最悪」
ついさっき胃の中身を大海原にお返ししたから少し楽になっているけど、体調としては最悪に近いまま。
我ながらよく平然と立って動けるものだと、自分で自分に感心する。
「スフィ、多分今日はずっとおんぶお願いするかも」
「しょうがないなぁ」
優しいスフィに甘える形で移動方法を確保して、次はどうやって敵の逃げ道を塞ぐかを考えないとなぁ。
正直、頭が動いてないのもあって何も思いつかない。
「しっかし、フカヒレにわがまま言わせるとは考えたにゃ」
「精霊に拒否されたら無理強いできぬからのう、いくらおぬしでもそこは無理じゃったか」
「みんな、ごめんね……ありがとう」
「……?」
ノーチェの言葉に感心したように頷く面々を見て、ふと疑問が首をもたげる。
なんか、ぼくが意図的にこの流れに持っていったって考えてないか?
「フカヒレもいい演技だったにゃ」
「シャー?」
ぼくの腕の中で張り付いたまま、フカヒレが疑問を示すように身体をくねっとさせる。
……フカヒレ、ちょっと大きくなった?
「……にゃ?」
わかりやすい反応に、ノーチェもさすがに気付いたようだ。
「完全に想定外だった」
腕の中でくねくねと泳ぐ仕草をするフカヒレを抱えたままどや顔を決める。
最初はどうやって案内のための同行を許してもらうか、正攻法で考えてたけど逆にラッキーだった。
「…………」
沈黙の中、フカヒレを真似て足元のブラウニーが、続いて膝の上のシラタマも上半身をくねくねさせはじめた。
ぼくの周囲でいったい何が感染し始めたんだ。
わずか数秒で爆誕した謎空間の中、ノーチェがフッと笑みを浮かべる。
「ま、結果オーライだにゃ」
「うん」
ミリーを助けてゲドラを捕まえられれば、なお言うことなしだ。
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