フィリア・ル・ザインバーグ
生徒が賊に拐われたことの影響は大きい。
騒然となった船内で、ぼくたちは船室へと押し込められていた。
よほど慌てていたのか、班ごとではなく塊ごと近くの船室に移動することになり、弄せずしてしっぽ同盟が同じ部屋に集まることが出来た。
他に居るのはルークともうひとりの少年、事情を話せそうな人間だけで集まれたのは都合が良い。
「フィリア」
思い詰めた顔で俯いているフィリアに声をかけると、びくりと肩が跳ねた。
スフィに助けてもらいながら上体を起こし、静かに見つめる。
全員気にしてる素振りをしながら誰も突っ込まないし、ぼくが踏み込まざるを得なかった。
「話したくないなら別にいい、でも話したいことがあるなら聞く」
周囲が何を言おうと、決めるのはフィリアだ。
それから沈黙の中で数分ほど耳を動かしていたフィリアが、ゆっくりと顔を上げた。
「……わたしの、わたしの名前は、フィリア・ル・ザインバーグ。アルヴェリア貴族の、ザインバーグ子爵の娘……です」
フィリアの言葉に劇的に反応したのは、ノーチェ班の男子ふたり。
ぼくたちの反応は「ふーん」程度だった。
まぁ、出自が何であろうがフィリアがフィリアであることには変わりないし。
「まさかっ! じゃあ君がフレングリッツの妹!? 生きていたのか……!」
「ルーク様……お兄様は、無事なんですか?」
「あぁ、フレンはずっと心配していたよ」
まさかこんな近くに居たなんてと驚愕と悔しさと色んな感情が混ざった顔をしていたルークだけど、話しているうちに少しずつ落ち着いてきたようだ。
「ルークお前、今まで気づかなかったにゃ?」
「母親の違う妹が居るとしか聞いていなかったからな。誤解しないでほしいが、獣人だとはおもっていなかったんだ」
アルヴェリアにも獣人差別はある、貴族王族に獣人がいないのが理由だ。
血統以外にも性格的に貴族に向いていないっていうのもあるし、やりたがる獣人が居ないっていうのも大きいようだけど。
「アルヴェリアには獣人の貴族がいないからな」
「……やっぱ、獣人は貴族になれないのにゃ?」
差別の気配を感じ取ったのか、ノーチェが少し不機嫌になる。
「いや、彼等はかの銀狼王以外を自分たちの王と認められないのだそうだ」
そんなノーチェの不審を、ルークはキッパリと切って捨てる。
「もちろん差別がないとは言わないが、獣人の貴族が居ない理由はそこだ」
アルヴェリアに居る獣人は祖国を失い流れ着いたものばかり。
彼等は聖王を大恩人として感謝の念を抱いているし、聖王国の民として国に従じる覚悟もある。
しかし、いまだに彼等の中で唯一絶対の王はビーストキングダムの銀狼王だけなのだそうだ。
聖王もそれに配慮し、獣人居住地の自治を認めている。
国からの扱いはむしろ特別待遇なんだけど、それを良く思わない一部の貴族から見下されることもあり、貴族と獣人の間には溝が大きい。
だからこそ異母妹が獣人だったとは思わなかったんだろう、周囲の感情を考えれば敢えて吹聴することでもないし。
「……うん、だからわたしもお母様も、旦那様のご迷惑にならないようにしようって思ってたの、だけど」
ノーチェとルークが話しているのを聞いて少し落ち着いたのか、フィリアが自分の身の上を話してくれた。
もともとメイドとして仕えていたフィリアの母と、当時は三男で独立予定だった父親が恋人同士になったこと。
何故かフィリアの父が当主に指名されてしまい、他の貴族から妻を娶ることになってしまったこと。
その正妻さんが出来た人で、フィリアの両親の関係を許し良好な関係を築いていたこと。
平和な日々の中で、賊退治に出た父親が賊の手にかかって亡くなったこと。
父親の葬儀の最中に正妻さんが毒に倒れ、フィリアたち母子は暗殺の濡れ衣を被せられてしまう。
命からがら逃げ果せたけど、その時に負った傷が原因でフィリアの母も亡くなり、アテもなくさまよっているうちにノーチェと出会ったこと……。
それがフィリアが知っている事件の顛末と、ぼくたちと出会うまでの話しだ。
「そうか、大変だったんだな……」
シャオに慰められているフィリアを見て、ルークは悲痛そうに表情を歪める。
「これはあくまで、僕がフレンから聞いた話だが……」
今度はルークが、知っている情報を教えてくれる番みたいだ。
「フレンは当時、聖都アヴァロンの学校に通っていたんだ」
「王立学院にゃ?」
「いや、幼年騎士学校だ。僕も同じ学校から必死に勉強してここに編入した」
幼いうちからひとり聖都の屋敷に住み、学校に通っている最中に訃報が届いたのだそうだ。
「もちろん信じなかった、何かの誤解だと。フレンはすぐに当主の座を受け継ぎ、事件の調査をはじめたんだ。そこでわかったのが"鉤爪のゲドラ"という名のしれた暗殺者が下手人であること……おそらく親族の中に依頼主が居ることだった」
つまり典型的なお家騒動ってわけだ。
「未だに君たち母娘が犯人だと主張する者たちがいるそうだ」
「わたしもお母様もそんなことしてない!」
「わかってる、フレンや奥方様も絶対に犯人じゃないと言っている」
「……奥様、無事なの?」
「あぁ、酷く体調を崩されたが命は無事だそうだ」
「そっか、よかった……」
無事を聞き、涙を浮かべて安堵するフィリア。
それを見てルークも本当の意味で信じることに決めたようだった。
「……ゲドラを捕らえれば、真犯人につながる情報が手に入るかもしれない。そう思って、僕とフレンはゲドラを追っていたんだ」
「なるほど」
「そのフレンっていうフィリアの兄ちゃんはわかるけど、なんでルークもゲドラを追ってるにゃ?」
「フレンは僕にとって親友なんだ。ノーチェ、君は友人の家族を奪った奴を許せるのか?」
「……わりぃ、愚問だったにゃ」
ノーチェが謝ったところで、話は切り上げられた。
「フィリアは、どうしたいの?」
「わたし……は」
悩んだ様子でぼくたちを見回して、ぎゅっと握りしめた自分の手元を見下ろして。
散々悩んでから、フィリアは答えた。
「お、お父様の仇をとりたい。犯人を捕まえて、お母様はわるくないって、ちゃんと証明したい」
「じゃ、あいつ捕まえよう」
本来なら大人組に任せれば終わってしまう話。
クラスメイトの事は心配だけど、本来ぼくたちが手を出すのは越権行為でもある。
関係のない保護対象がわざわざ出ていって引っ掻き回すんだ、迷惑以外の何だって言うんだろう。
「拐われたクラスメイトを助けて、ゲドラも捕まえる」
「……気軽に言うが、できるのか?」
「気持ちはわかるけど、大人に任せたほうがいいんじゃ……」
懐疑的なのはルークともうひとりの少年だけ。
スフィが力強く頷いて、ノーチェは不敵に笑い、シャオはどや顔をしながら腰に手を当てた。
それが可能だと疑っていないらしい、決してそんな簡単じゃないんだけどな。
「大人たちには申し訳ないけど、ほぼ確実に逃げられる」
護衛たちが無能だなんて思わない。
ただ、ゲドラはいわば逃げの達人。
見たところ戦闘力そのものは大したことなさそうだけど、危機察知能力がずば抜けている。
無理だと判断する何かがあれば即座に逃げ出すだろう、愛し子を遠くに放り出すという最低限の仕事だけは全うして。
地球で歴戦の傭兵やってた隊長さんが言うところの「依頼する側ならいいが、仕事では絶対組みたくないタイプ」ってやつ。
雇った魚人を囮にするくらいは平然とやりそうだ。
「虚を突くためには、敵も味方も想定外が必要」
例えば絶対に来るはずがない、精霊を連れた子どもが裏からやってくるとか。
まともな大人なら同行なんてさせる訳ないもの。
「フィリアが捕まえたいっていうなら、やろうって考えてる」
「……アリスちゃん」
「あたしも付き合うにゃ、さっきは何も出来なかったしにゃ」
「スフィも!」
「ま、フィリアには世話になっておるからのう」
「みんな……」
どうやらしっぽ同盟は全員乗り気のようだ。
それを眺めていたルークが、困惑を深める。
「……先ほどからまるでその子がリーダーなんだが、君たちの関係はどうなってるんだ?」
「うちのパーティの参謀役だにゃ、悔しいけどアリスが一番頭が回るからにゃ」
「今はね」
ノーチェに足りてないのは経験なので、たぶんすぐにぼくが従う側になる。
「なんだか奇妙な関係だな、ただの小さい子じゃないのはわかったいるつもりだったんだが……」
「お前らがその子を信用してるのはわかった。だけど、なぁ」
ぼくを見る少年たちの歯切れがとても悪い。
申し訳ないけど彼等には待機していてほしいから何も言わないけど……何だろう。
「……そんな体調悪いです! って感じの小さいのに"出来る"って言われても」
「素直に信用できるわけがない」
喋っているうちに限界を越えてスフィの膝を枕に何とか意識を保っているぼくを見ながら、ルーク達は言った。
……なるほどね?
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