海上で

 2泊3日続いたキャンプも終了の時間がきた。


 点呼のあとの統括役の挨拶を終えて、ぼくたちは港で帰り支度をしている。


「たのしかったね!」

「今度うちらも海遊びするにゃ」

「ふむん、よい考えなのじゃ!」


 帰りの船は3隻。


 寮生以外は学院に戻らず直帰するので、行きと違ってどれに乗るかは自由選択。


 どうやらキャンプ中に縁ができた他のクラスとの交流を深めるための機会ということらしい。


 ブラッド班とノーチェ班は当然のように同じ船に乗ることが決まった。


「ウィルバート先生、無事でよかった」

「元気だった?」

「あぁ、心配かけてすまなかったね」


 昨晩のうちに合流していたウィルバート先生は今朝には顔を出し、Dクラスの生徒たちに囲まれている。


 代役が酷かったのもあって、生徒たちからの慕われ方がすごい。


「キュピ」


 その光景をのんびりと眺めていると、唐突にシラタマが「あの子」と羽根で指した。


 ダークブラウンの髪の男の子、確か『ミリー』という偽名っぽい名前だ。


 制服だけじゃなく私服も丈の長いスカートだ、どうやら件の愛し子はあの女装少年のようだった。


「……学院内に愛し子って何人いるんだろうね」


 1学年で既に3人なんだけど、希少だと言われてる割にぽんぽん出てきすぎじゃないの。


「チュリリ?」

「いいよ、べつに」


 調べるかという問い掛けに首を横に振る。


 知ったところで何ができるわけでもないし、余計な情報だ。


 眺めている間に他の船は出発し、ぼくたちの乗る船が出る番になった。


 一番最後で、かつ例の愛し子も同じ船……波乱の予感がする。



 甲板で風に当たりながら、船の立てる白波を眺めていた。


 数分進んだだけでもうアヴァロンの港が見えてくる、水泳が得意な人なら頑張れば泳いでいけそうな距離だ。


 まぁ。


「シャアッ!」

「フカちゃん! がんばれっ!」

「網もってくるにゃ! 港ついたら焼いて食うにゃ!」


 この世界の海には人を狙う魔獣がいるから、暢気に泳いでたらあっという間に喰われるんだろうけど。


 海で遊んでいたフカヒレがギザギザの歯を持つ巨大魚を仕留めたのを見て、ノーチェが捕獲用の道具を探しに行くのを眺めてふふっと微笑む。


「あ、あれ食べられるの……?」

「割りと美味しいはず」


 怯えるポキアに答える。


 港では切り身を焼いたものを出されるはずだ。


 ちょっと深海魚っぽいけど、普通に浅いところで採れるらしい。


「網が届かないにゃ!」

「そだ! アリス! これもつところのばして!」

「強度が足りなくなるから無意味」


 無茶振りをするスフィにツッコミを入れて、甲板に設置したビーチチェアに寝転んで目を閉じる。


「ねぇアリスちゃん、それどこから持ってきたの……?」

「生えた」


 ポキアとプレッツは生えてくる椅子という現象に不慣れなようで戸惑ってるけど、そのうち慣れるだろう。


 そんなこんなで時間が過ぎて行く。


 変な気配もないし港まで後少し、手が出せないと諦めたのかと思った矢先だった。


「……ん?」


 風が変わった。


 目を開けると、進行方向にあったはずの港が見えなくなっていた。


 港に向かう航路から逸れて沖合へ向かっているようだ。


「……ちっ」


 そういうことか。


 もっともシンプルな船の乗っ取りシージャックという可能性を忘れていた。


 既に大人組が気付いて動いているようだけど……。


 魚を引き上げるのを諦めたノーチェが、真面目な表情でこっちに近づいてくる。


「なんか慌ただしくにゃいか?」

「船を暗殺者に乗っ取られたんじゃない?」

「大事だにゃ! なんで暢気にしてるにゃ!?」

「護衛が対処するでしょ」


 一応ノーチェたちにはある程度の状況を教えてあるので、それだけで現状が伝わったようだ。


 ぶっちゃけぼくたちが出来る事は身を守ることだけなんだよね、下手にうろちょろすると護衛たちの連携を乱すことになってしまう。


「きゃああ!」

「なんか上がってくるぞ!」


 って考えてる間に次から次へと手を打ってきやがって。


 船の縁に水中から鉤縄のようなものが投げかけられ、水音を立てて勢いよく影があがってくる。


 手に銛のようなものを持った、人間のようなフォルムの魚たち。


 生臭い匂いを漂わせる彼等は魚人マーマンと呼ばれている種族。


「ギュブッ! ギュルル!」

「魔獣にゃ!?」

「人間相手に失礼だよ」


 見た目で差別はよくないと思う、彼等は独自の文明と社会性を持つれっきとした人間だ。


「え、人間なの!?」

「うん、普人ヒューマンを中心とした文化圏とは敵対してるって聞くけど」

「結局敵じゃにゃいか!」


 そうだよ。


「女子は下がるんだ!」


 ノーチェたちについて同乗していたルークが腰のショートソードを抜いた。


 よく磨かれた傷のない刀身を見て、魚人たちはカエルにも似た顔に小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


 戦闘経験のないお坊ちゃまと見たのだろう、実際ぼくはルークがどの程度戦えるのか知らない。


 この船に乗っているのはDクラス全員とAクラスのノーチェ班。


 甲板には戦えない生徒も多い。


 Dクラスだとブラッド、クリフォト、マリークレアが頭ひとつ抜けて強いんだけど全員いないんだよね。


 ブラッドは島を惜しんで走り回ってダウンして船室に、クリフォトはキャンプ中の気疲れと船酔いが重なって医務室。


 マリークレアは「船が地味ですわ!」と言って船室に引きこもってしまったようだ。


 次点でゴンザも戦えるみたいだけど、自分のところの班員と船の中にいる。


「はっ、今回は武器があるにゃ!」

「うんうん!」

「くくく、わしの弓が血に飢えておるのじゃ!」

「勝手に呪いのアイテムにしないで、とりあげるぞ」


 しかしながら、頼れる仲間たちは今回ちゃんと武装してきている。


 衣服こそ軽装の普段着だけど、みんなに渡した武器はバッチリ手元にあった。


「てめぇら! あたしのまえで好き勝手出来ると思うにゃよ!」

「いもうとにちかづかないで!」


 真っ先に女子たちの壁になったルークを小馬鹿にしていた魚人たちが、武器を抜き放ったノーチェたちの方はあからさまに警戒しはじめた。


 まぁふたりとも手入れはちゃんとしてるけど既にだいぶ実戦で使っていて、綺麗だった刀身は隠しきれない細かいキズだらけだ。


 旅の経験から武器を持つ姿も堂に入っているし、警戒するのは当然だろうけど。


 あ、ルークがすごく複雑な表情してる。


「みんな頑張って、頼りにしてる」


 ぼくはといえばチェアに寝転がり、ブラウニーの用意してくれた冷たい果実のジュースをストローで飲みながら応援する。


 船酔いが酷くて立てないのだ、日除けのパラソルの下で風に当たっている方が楽だった。


「アリスちゃん……」


 身を寄せ合って震えているポキアとプレッツが、なぜか微妙なものを見る目をぼくに向けてきた。


 ……ぼくの場合、必ずしも普通に立って動くことが優位に働くとは限らないんだよね。


「チュリリ」

「シャアー!」


 おそろいの麦わら帽子をかぶったシラタマとフカヒレも護衛してくれるって言ってるし、下手に動きまわって変なところで倒れるくらいなら同じ場所に居たほうがマシだ。


 一触即発の状況の中、護衛が操舵室に向かってがら空きの甲板に魚人たちは次々と上がってくる。


 この近辺に魚人の集落があるなんて聞いたことないし、船影もないから少しばかり油断したんだろう。


 陽動に気づいた人もいるのか、慌ただしい足音がこっちに近づいてくる気配もする。


 もう少し睨み合っていれば、状況はこっちに有利に傾くだろう。


 油断できない子供と、子供相手でも油断しない魚人たち。


 そんな膠着状態の甲板を、小さな影が悠々と歩いていった。


 ブラウニーがふわふわの腕をぐるぐる回して、ぽてぽてと走り寄っていく。


 ……お、遅い。


 可愛らしい焦げ茶色の熊のぬいぐるみが、ノタノタ歩きながら手をばたつかせているようにしか見えない。


 誰かの使い魔かそういう玩具だと思ったのか、魚人のひとりが呆れた様子で武器をおろし、ブラウニーを蹴ろうとした。


「ブラウニーちゃん!」

「あぶない!」


 フィリアと知らない女の子の叫び声がこだまする中、ブラウニーの手に足をぶつけた魚人が衝突音をさせて縦に回転した。


 脚を変な方向にひしゃげさせた魚人が甲板の上でバウンドしたところで、その体をブラウニーの大振りなふわふわパンチが捉える。


 ドゴギャという、まるで大型トラックが突っ込んだような音をさせて船の縁が砕けた。


 遠い海面で水しぶきが上がり、甲板の上が静寂に包まれた。


 大ぶりのせいで勢い余って転んだブラウニーが立ち上がり、可愛らしく頭をぷるぷるさせているけど、その場にいた大半がそれを恐怖の表情で見つめていた。


「……あ、アリスちゃん?」


 フィリアが盛大に頬を引きつらせてぼくを振り返る。


 ブラウニーは人間を紙みたいにアレするぬいぐるみ熊のマイクと、つまようじみたいにポキっとする動く石像の残滓から産まれた子。


 かつて地球で数多の人間から畏れられたふたつの怪異の継承者だ。


 ただの子ども大好きなお手伝い妖精さんの訳がない。


「グ、グギュ、ル……」

「グギュル」


 ブラウニーが敵と味方の士気をパンチ一発で粉砕したところで、ノーチェたちが動く。


「よーし、そいつのパンチを食らいたくなかったら、お前らおとなしくするにゃ!」

「ひどいことしたらやっつけちゃうから!」

「ふははは! こやつらびびっておるのじゃ、ざぁこざぁこなのじゃ!」


 大方予想していたのか動揺がないノーチェとスフィ、それからシャオの3人のおかげで、形勢は大きくこちらに傾くのであった。

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