紛れ込むもの

「先に伝えておいたほうが良いでしょうか」

「うん」


 事情を知った男子たちが朝の準備を替わってくれることになり、少し仮眠を取って落ち着いた後。


 水の入ったコップを手にのんびりしているぼくに、ハリード錬師が話しかけてきた。


 話題は今起こっている騒動についてだ。


「どうやら護衛の中に暗殺者が紛れ込んでいるようです」

「……えぇ?」


 完全に想定外の発言に、思わず変な声が出てしまう。


 安全確認どうなっているのか……って一気に人員の入れ替えとかが起こった混乱を突かれたのか。


「愛し子の命ってそんなに狙われるものなの?」

「普通はありえません、リスクしかありませんから」


 つい最近もシャオが命を狙われてたなとげんなりしつつ、精霊を畏れてる割に無茶するなと思った。


「あくまで歴史上ですが、愛し子を精神的に酷く追い詰める、危害を加える、監禁するなどが精霊が暴発する原因とされています。罪を被せて手ひどく追放した国は無事で、罪を理由に酷使した国は精霊の怒りを買った……なんて話も散見されますね」

「リスキーなことやってんな」


 情報を得るのが難しいからか、正常性バイアスでも働いてるのか。


 あいつは失敗したが自分は上手くやれると思う人間はかなり多いようだ。


「なんか、もっと大事にされるものだとイメージしてた」

「理解している人が主導権を握っている場合はその通りです。ですが精霊というのは滅多に接触できるものではありません、大抵は禁足地や現地住民にとっての聖地の奥にひっそりと存在していますから」


 確かに精霊は未踏破領域にいる事が多いと言われている。


 ぼくがシラタマ、フカヒレ、ブラウニーと出会ったのもそうだ。


 そして未踏破領域の一般的な認識は"物理法則を超越する空間が広がる超危険地帯"。


「その割には精霊を怒らせた記録が多いような」

「未踏破領域では法則に依らない素材や古代の遺物が見付かることが多いので、宝を求めて踏み入る者は後を立たないのですよ」

「怒りごと持ち帰るケースなのね」


 うっかり精霊の地雷を踏んでしまい、逃げるのに成功して、村人等がかばってしまった結果が記録に残る大惨事のようだった。


 こういった事態が発生しない限り、普通の人間が精霊と接する機会は殆どない。


 あったとしても、精霊術士と契約してくれるような比較的人に好意的な精霊ばかり。


「つまり、精霊のやばさや、愛し子の影響をよくわかってない人がいる?」

「そう考えるのが妥当でしょう。精霊について学んだ人間にしか精霊の脅威はわかりません」


 精霊をおとぎ話の存在と認識したまま一生を終える人が大半という地域もあるらしい。


 日本でいうと「やばい妖怪や神様相手に交渉できる能力がある」と言われて、まともに信じる人間がどれだけいるかってお話だ。


 パンドラ機関の尽力でアンノウンは秘匿されているから、世間一般ではおとぎ話の中の存在。


 恩赦を得るために出向してくる犯罪者の人たちは結構居たけど、アンノウンを信じない人も多かった。


 声、姿、気配……なんにせよ相手の情報を受信する感覚を持っていなければ、その存在や力を信じることは難しい。


「で、それをぼくに話す理由は?」


 相手が愛し子相手に暗殺者なんてものを送り込んできた理由はわかった。


 だけどそれを部外者にあたるぼくに伝える理由がよくわからない。


「保険です」

「ぼくは愛し子じゃないけど」

「それと同等以上に精霊に好かれているように見えますので」


 ハリード錬師の視線が、肩に止まるシラタマ、膝の上で寝ているフカヒレ、隣に座るブラウニーと順々に向けられる。


「何かあった場合、なだめろと?」

「なにもないように努力はしますが、可能であれば」

「別にいいけど」

「助かります」


 ぼくの返答であからさまに安堵するハリード錬師の様子を見るに、精霊の暴発が一番の懸念事項だったみたいだ。


 その子がどんな精霊と一緒にいるのか知らないけど、ぼくが説得できるとは限らないんだよね。


 いざとなればシラタマたちにお願いして止めてもらうことになる。


 面倒なことを友だちに押し付けるのは嫌だなぁ。


「がんばって、というかそんな面倒な暗殺者なの?」

「えぇ、鉤爪のゲドラという、指名手配をされている普人ヒューマンです」

「ゲドラだって!?」


 偶然近くを通りがかったルークが声を上げる。


 その表情は険しくて、何か関係性があることが疑われた。


「知ってるの?」

「あぁ……知っている、実家の近くの領地で騒ぎになったからな」


 拳を握りしめたルークは、普段まとっている落ち着いた雰囲気をなくしつつある。


「領地貴族なんだ」

「あぁ、南方の小さな領地だが。近隣の領主がその鉤爪のゲドラの被害にあったことがあるんだ……穏やかな良い方だったんだが」


 物言いからしてただのお隣さんってわけでもなさそうだ、それなり以上に親密にしていたんだろう。


 それがどういう訳か暗殺者の手にかかったなら、怒りも頷ける。


「詳細は話せないが、その領主の子は僕の友人なんだ。その騒動で彼は御父上と妹君を失うことになって、酷く落ち込んでいたんだ。だからゲドラは僕にとっても許せない相手だ……それで、なんでゲドラの話になっていたんだ?」

「……有名な犯罪者について聞いてた」

「えぇ、アリスさんは砂狼の女児という狙われがちな身の上でいらっしゃいますので」

「なるほど……そうだったのか」


 咄嗟に吐いた嘘にハリード錬師が乗っかってくれて、話題をそらすことに成功した。


 まさかこんな近くに直接ではないとはいえ関係者がいるとは、どこに地雷があるのかわからない。


「……そういうわけですので、少し騒がしくなる可能性があります」

「自分の身を守ることを優先する」

「そうしてください」


 あまり周知して楽しい話でもないので、ハリード錬師が会話を切り上げて歩き去っていった。


 あとはお昼にくる連絡船で帰るだけなんだけど。


 流石にここまできたら諦める……なんてことはないか、流石に。


 巻き込まれないように警戒だけはしておこう。

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