夜の間に

 焚き火を囲んでごはんを食べて、歯を磨いたころには月が出ていた。


 強制的にテントを合流されたので立っているのは合計4つ。


 そのうちひとつを女子が、ひとつを男子が使うことになった。


 残りはそれぞれの班の荷物置き場だ。


「さ、さぁ!」

「ぐぬぬ、どっちなのじゃ……」


 現在、女子テントではぼくが持ち出したカードでみんなが遊んでいる。


 やっているのはシンプルにババ抜きだ、ぼくはノーチェ達によって「休んでいろ」と退場させられてしまった。


「アリスちゃん、ほんとにいいの?」

「なんか、ハブっちゃってるみたいで……」


 不慣れポキアとプレッツはぼくをチラチラ見て気にしているけど、別に気にしてない。


「あいつがいるとゲームにならないにゃ」

「うん」

「そんな言い方……」


 ノーチェの言葉に深く頷くフィリアを、ポキアは「小さい子に意地悪してる」と取ってるみたいだった。


 実際はいつものメンバーでぼくが負けたことがないからだけど。


「意地悪したら可哀想だよ」

「アリスはこういうゲームくっっっっっっそ強いにゃ」

「嘘ついても、全部見抜かれちゃうもんね……」

「え、そうなの?」


 ノーチェたちとは付き合いが長いから、平常時と嘘をついてる時が見分けやすい。


 そのせいもあって、相当手加減しないとこの手のゲームで負けなくなってしまった。


 あちらとしても手を抜いてることがあからさまでシラケてしまうので、結果的に心理戦が必要なゲームは参戦しなくなってしまったのだ。


 因みに反射神経だと今度はぼくがついていけない。


 カルタみたいなことをやったら、1文字目で反応して手を伸ばした先で風が吹いて札が消えた。


 お互いの能力が極端過ぎてゲームだとなかなか噛み合わない。


「眺めてるだけでもたのしいから」

「おぬし、高みの見物しおってからに……!」


 プレッツと最下位争いをしているシャオが悔しそうにぼくを睨んだ。


 実際に殿堂入りからの見物なので言い得て妙である。


「これが強者の視界」

「なんか大丈夫そうだね……」

「あはは」


 寝転んでブラウニーの膝に頭を乗せ、隣に座ったスフィに頭を撫でられながら言いはなつ。


 ぼくが意地悪されているのかもと思っていたポキアも理解してくれたようだ。


 就寝前の平和な時間、キャンプも明日で終わりだしこのまま無事に終わってくれるといいなぁ。



 まぁそんな平和に終わってくれるはずもないわけで。


「…………」


 夜中に聞こえる物音で目を覚ます。


 外……それも結構離れた場所で騒ぎが起きてるみたいだ。


 怒号のようなものも聞こえる、魔獣……だけじゃないな。


 護衛として配置されているのは大半が冒険者、魔獣を相手にするのはプロだ。


「んー……? ありしゅ、おとぃれ?」

「ううん」


 ぼくが起き上がろうとしたことに気付いたのか、隣で寝ていたスフィも起きてしまったみたいだ。


「ちょっと外が騒がしいなって」


 どうしようか少し悩んで、情報を共有することに決める。


 外から争うような音が聞こえると伝えると、寝ぼけていたスフィの表情が引き締まっていった。


「スフィが見てこようか?」

「ううん、護衛の大人が対処すると思うけど、念のためいつでも動けるようにしとこう」


 そのための護衛役だ、基本的には任せておくのが一番。


 ただし何かあった時のために動ける準備は必要だと思う。


「そだね、ノーチェ! みんな! 起きて!」

「ニャー……? なんにゃ……」


 みんなを起こすのをスフィに任せて、テントの入口から外を伺う。


 聞こえてくる喧騒は森の奥の方で結構距離がある、水場とは別方向か。


「アリス、近いにゃ?」

「まだ遠く、誰かが争ってる。近くに大人の気配も少ないし、もしかしたらそのまま鎮圧されるかも」


 ノーチェに状況を伝えていると、寝ぼけ眼のポキアとプレッツが不安そうにぼくたちを見ているのに気づいた。


「アリスちゃんたち、なんだか慣れてるね」

「これでも旅してきたからにゃ」

「シャオちゃん、しゃんとして!」

「ふが……?」


 かっこつけてるノーチェの後ろで、シャオが全力で寝ぼけているのでちょっと台無しだけど。


「でもなんにも聞こえないよ?」

「うん」

「アリスはお耳かわいいから」

「?」


 耳をピクピク動かすポキアとプレッツに、スフィがよくわからないフォローをしている。


 その間に寝巻き姿で装備を持ってきたフィリアが、外に向かって長い耳を動かした。


「うん、怒鳴り声みたいなのが聞こえる」

「大人の男の人が最低4人、獣の声も混じってる」

「そこまではわからないかも……」


 耳が良い兎人のフィリアの証言で、ポキアたちも信じてくれたようだ。


 それから暫く警戒していたけれど、次第に喧騒はなくなって聞こえるのは虫の声だけになった。


「……落ち着いたみたい」

「もう大丈夫なのかな」

「とりあえず、寝てて大丈夫だと思う」


 暫くすれば離れていた護衛役の気配も戻ってくる、騒動は一旦解決したようだった。


 とはいえそんな事があったばかりでスムーズに寝られるはずもなく、ぼくたちは身を寄せ合い朝まで過ごすことになってしまったのだった。



「おはよう! 元気ないな!」

「…………」


 日が昇ってすぐ、元気いっぱいなブラッドが女子一同に睨まれて怯んだ。


 ウィグとロドはすぐに察したのか目を合わせないようにしている。


 途中でみんなうつらうつらしながら朝を迎えたせいで、寝不足で機嫌が悪いのだ。


「アリスだけはいつもと変わらないんだにゃ」

「寝起きはあんなにぐだぐだなのにのう……」

「眠気にはなれてる」


 いつも疲れて眠いから、慣れてしまった。


「眠そうだね」

「何かあったのか?」


 一方でノーチェ班の男子2名は普通に心配してくれている。


 こういうところで器の違いって出るんだね……。


「気付かれないように手早く済ませたつもりだったのですが、感覚が鋭いのも考えものですね」

「まったく」


 そして朝早くに念のため様子を見ていたハリード錬師が呆れたように言った。


 昨晩は島に魔獣を連れ込んだ違法魔獣使いを捕縛していたそうだ。


 子どものいるキャンプ地から離れた場所に移動し、30分ほどで無事に捕縛。


 現在下手人は檻に入れられて本土に移送中。


 ……実際男子組がまったく気付いていないあたり、静かで速やかに事が済んだというのは誇張でもなんでもないんだろう。


 ぼくじゃなければそのまま熟睡してたかもしれない。


「……ままならない」


 たまたま上手くいっただけで、真っ先に気付いて警戒していたことは決して無駄じゃない。


 寝不足で機嫌の悪い"おねえちゃんたち"から視線を逸らしながら、ぼくはそう強く思い込むのであった。

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