夏風は海から吹く1

 翌朝、配給されている保存食で軽い朝食を済ませたぼくたちは、ノーチェ班と合流して島の砂浜へと繰り出していた。


「うおー!」


 遊泳するならあっちでと指示されて向かった場所は、入江のような形になっていた。


 浅瀬の多い貸し切りのプライベートビーチに、ブラッドがしっぽを振りながら突進していく。


「お子さま」

「あれ、アリスちゃん水着は?」

「中に着てる」


 内地育ちだというポキアは、おっかなびっくり水に足をつけつつぼくを振り返る。


 今の格好は裾のあたりに刺繍が入ったワンピースに、シラタマとおそろいの麦わら帽子。


 ぼくは泳ぐつもりはない……というか泳げないので、そもそも水着に着替える意味はあまりなかったりする。


 それでも着てきたのは気分とノリというやつだ。


 子どもでも立てる深さの水の中を走り回るブラッドの背後から、小さな背びれが追いかける。


「完全に鮫じゃな」

「鮫の精霊だし」


 海でテンションが上がったらしいフカヒレも喜んで飛び出していった。


 見た目こそ完全に鮫だけど、とりあえず心配はない。


「うむ、では泳ぐとするかのう!」

「シャオちゃん、待って!」


 きゃっきゃっとはしゃぎながら、シャオとフィリアが沖の方に走っていく。


 シャオは水の大精霊の愛し子だし、フカヒレもいるから滅多なことにはならないだろう。


「ノーチェはいいの?」


 みんな水に入っていくのを見届けたあたりで、隣で動く気配のないノーチェに声をかける。


「ふっ……あたしは濡れるのいやにゃ」

「なるほど」


 適当な流木を探して椅子に加工し、木陰のあたりで並んで座る。


 砂浜にはぼくたち以外にも来ている班がいるみたいで、離れた位置ではしゃいでいる。


 少し離れたところには、監視役っぽい大人の姿がちらほら見えた。


「なんか結局大人がついて回ってる感じにゃ」

「森の中とかなら察知できてる子は少なそうだけど」


 そこは本音と建前ってやつだろう。


 普段はもう少し違うのかもしれないけど、つい先日神隠し事件が発生したばかりだ。


 子どもの自主性がどうとかで何も手助けしない体を取るにしても、本当に放置なんて出来るはずもない。


「あの兄ちゃんたちすごいよにゃ、止まってると全然わからないにゃ」

「本気で腕が良い人を集めたんだとおもう」


 学院側の事情はなんとなくしか察知できないけど、何事も起こさず通常行事を乗り切りたいという強い意志を感じる。


「まぁ、流石にこんな短期間に連続でアンノ……精霊とか未踏破領域の騒動なんて起きないでしょ」

「にゃはは、それもそうだにゃ」


 いくらなんでもそんな大騒動が連発するなんてことが。


 ……ないよね、うん、ないない。


「競争だ!」

「よっしゃあ!」

「シャアー!」

「こら! 沖には行くな!」


 ブラッドとウィグとフカヒレが沖に向かって水の中を走り出し、慌てた監視役の大人に怒られている。


 その光景に平穏を感じながら木陰でビーチチェアに寝転がっていると、さっきから水際でせっせと何かをしていたスフィがこっちに駆けてきた。


「アリス、アリス! これ何かわかる?」

「んー?」


 水遊びするからバケツ作ってと言われて渡した木のバケツの中には、こぶし大の石みたいなものが入っていた。


 石に光があたると虹色に見える、外観はオパールっぽい雰囲気がある。


 こぽこぽと空気の泡が浮かび上がっているし、見ているとわずかに動いた……貝かな。


「……ぼくのアーカイブにはない」

「そっかぁ、貝なのかな?」

「食えるにゃ?」

「わかんない!」


 危険はないって言われてるからだろうけど、スフィもわからない生き物に対して物怖じしないな……。


「虹岩貝」


 3人でバケツを覗き込んでいると、男の子の声が聞こえた。


「にゃ?」

「虹岩貝だよ、貝殻は珍しいけど食えねえ」


 顔をあげると、そこには猫人の少年……ロドがいた。


「岩貝なのに食べられないんだ」

「食ったら腹壊す、最悪死ぬ」


 疲れた様子で近くの砂浜に座り込んだロドは、汗はかいてるけど濡れている様子はない。


「さっきから見えなかったけど、どうしてたの?」

「ブラッドのバカに海に引きずりこまれそうだったから逃げてた、おれ濡れんのやだ」

「気持ちはわかるにゃ」


 どうやら濡れるのを嫌がって逃げ回っていたらしい。


 水が苦手なのも猫人の共通項なのかな。


「よし! つぎは食べられるのみつけてくる!」

「がんばー」


 バケツを持ったスフィは、しっぽを振り振り海の方へと走っていった。


 虹岩貝は海へと還されるのだろう。


「お前は海入らなくていいのか?」

「泳げないし、日に当たりすぎるのもつらい」

「大変だな……」


 そうなんだよ。


 本音を言えばスフィと遊びたい。


 スフィがこんな風に海と木陰を往復するのも、ぼくを気遣ってくれると同時に一緒に遊びたいって思ってくれているんだろう。


 だけど、夏の晴天の中でスフィと一緒にはしゃいだりしたら数分も持たない自覚がある。


 こういう時ばかりは、満足に動けない自分の体に少しばかりの憤りを感じなくもない。


 普段は仕方ないと割り切れるんだけどね。


「まぁ、濡れたくない者同士、のんびりするにゃ」

「楽しみ方はいろいろある」

「そうだな……というかお前ら、その椅子どこで見つけたんだよ」

「生えたにゃ」

「は?」


 ロドが理解不能と言いたげな顔をしている。


 転がってる流木から錬成で作ったから、傍観している分には"にょきにょき"しているように見えたのかもしれない。


「……それも精霊の力か? それとも加護?」

「ないしょ」

「そうかよ……」


 昨日から頻発している『突然家具が現れる不思議現象』にぼくが関わっているのはわかったみたいで、疑うような視線を向けられた。


 適当にはぐらかしたけど、小さく呟いたロドの声には嫉妬のような感情が混じっているようだった。


 Dクラスとはいえ王立学院に入れるくらいなんだから充分優秀だろうに、人の感情ってのは難しい。


 ぱっと見変わり者のブラッドやクリフォト、マリークレアのメンタルが安定してるのは"自分に自信があるから"だ。


 ぼくにとっての錬金術みたいに、みんなも自分にとって自信が持てる何かができるといいんだけど。


 ……って、それを考えるのはウィルバート先生の役割か。


 あの先生も、無事に復帰できるといいなぁ。

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