夏風は海から吹く2

 砂浜で砂の城を作ったり、みんなが水際で走り回っているのをながめたり。


 元気の有り余ってる子たちでビーチフラッグで遊んでいるのをながめたり。


 布と樹から抽出した繊維とスライム素材で作ったビーチボールで遊んでるのをながめたり。


 楽しい時間はどんどん過ぎていった。


「あそびすぎてつかれた」

「おぬし、ほぼ椅子で寝ていたじゃろ」

「あれをつくったのはぼくとスフィだぞ」


 失礼なことを言うシャオを睨みながら、立ち並ぶ様々な砂の塊の中に燦然と立つミニチュア万里の長城を指さす。


「あれがすごいのは認めるのじゃが……」

「砂集めるために走り回ってたのはスフィだにゃ」


 物理的な体力の問題で、砂の収集がスフィ頼りになってしまったのは否めない。


 代わりにぼくが建造に専念したから、立派な"姉妹合作"だ。


 そんなこんなで遊んでいるうちにお昼を過ぎて、今は浜辺でのバーベキューを準備中だ。


「アリス! 焼けたらもっていくからおとなしく休んでて!」

「はーい」


 火をおこしている場所では主にスフィたち女子が料理の番をしていて、ここまで魚介類の焼けるいい匂いが漂ってきている。


 なお新鮮な食料の提供は大人から。


 当人たちは火の管理指導役を残して、後はやや離れた場所で同じようにバーベキューをしていた。


 変な建前は放棄して普通に大人がキャンプを主導すればいいのに……。


 男子連中は料理番をやらないのかって?


 誰かが「これも焼いてみようぜ!」と拾ってきた謎の物体を鉄板にぶちこもうとするので排除された。


 他の男子はその誰かさんの抑え役である。


 幼い犬系獣人はおバカな男子としっかりものの女子って構図になりやすいらしい。


 ぼくは料理ができる方なので参加する気満々だったんだけど、全会一致で休んでいろと言われてしまった。


 炎天下で火の番なんてさせられないと。


「みんな、先に食べちゃってて」

「ありがと」

「おう、さんきゅーな」

「苦しゅうないのじゃ」


 料理を乗せた木皿をフィリアとブラウニーが運んできてくれる。


 魚はもちろん、真っ赤なエビや濃緑色のカニに、ハマグリやサザエもある。


 色が少し特殊だけど、匂いは普通に魚だから美味しそうだ。


「この緑色のやつ、大丈夫にゃ……?」

「これはのう、海藻を食ろうておるのじゃ」


 緑蟹を口に入れて噛みしめると、塩味だけの味付けなのに濃厚な旨味を感じた。


 昆布あたりが主食なのかもしれない。


 でも昆布って冷たい海が生息域じゃなかったっけ、似て異なる海藻なんだろうか。


「……あれ、シャオが知ってるってことは南部海でも採れるの?」

「うむ、王侯貴族の食卓にしか上がらぬ珍しい蟹らしいがのう。何でも北から南に流れる大きな海流があって、稀に流されてきた物が採れるのだそうじゃ」

「シャオがイキイキしてるにゃ」


 知識マウントが取れたおかげか、シャオのしっぽが揺れている。


 微笑ましくながめながら、舌鼓を打つ。


「おまたせー!」

「追加ももらってきたよ」


 最初の料理がなくなってきた頃、今度はスフィとフィリアが大皿を持ってやってきた。


「料理番はおしまい?」

「うん、あとはやっておくから先に食べちゃってって」


 どうやらポキアとプレッツが残って、スフィとフィリアが先に担当を終えたようだ。


「スフィちゃん、最年少だからね」

「言われてみればそうじゃったな」


 王立学院に入学するときの平均年齢は10歳で、ポキアとプレッツも丁度10歳だったはずだ。


 何となく最年長って認識があったフィリアも9歳、ここではまだ年少組に入る。


 スフィとぼくは7歳という下限年齢なので言わずもがな。


 ずっと働かせるわけには行かないよなぁ。


「熱いうちに食べよっ!」

「あたし熱いのダメにゃ」

「ぼくも猫舌」


 元気いっぱいに熱々を分けてくれるスフィに、ぼくとノーチェが揃って舌を出す。


 ぼくらは揃って熱いのダメ仲間だ。


「アリスは調理済みの魚介類にも負けるのじゃな……」

「アリスちゃん、生き埋めは洒落にならないからダメだよ!?」

「やらないよ」


 哀れみを込めたシャオに視線を向けると、慌てたフィリアが両手を広げて視界を遮った。


 一体ぼくをなんだと思っているのか、そんな危ないことする訳ない。


「…………」

「…………」


 半眼になったノーチェの視線を受けながら、横で燃え盛っているカンテラの青い炎を消して影の糸を引っ込める。


「ふふん、水場ならわしもお主にひけはとらぬのじゃ! かわいさでものう!」


 腰をくねらせしっぽを一振り、水着姿のシャオがしなっとしたポーズを決める。


 うーんフラット。


「肉を食え」

「どういう意味じゃ! 食っとるのじゃ!」

「トウジンボウを臨みて半生をかえりみた」

「意味がわからんのじゃ!」

「いつものことにゃ」


 そんなくだらないやり取りをしている間に、自分の取皿の上の海産物を食べ切っていた。


「できた!」


 丁度お腹もいっぱいになった矢先、スフィが声をあげた。


「アリス、剥けたのふーふーしてあげるね」


 静かだと思えば、スフィはやり取りをよそに甲殻類や貝類の殻を剥いてくれていたみたいだ。


「……スフィ、実は」

「ふー、ふー、あーん」

「……あーん」


 ぼくのために焼き立てで熱い殻と格闘してくれたスフィに否やは言えず、ぼくは黙って口を開く。


 おなかすいているだろうに、まずは自分がお腹いっぱいになるのを優先していいんだよ……?


「うーむ、食べ終わったら次は何して遊ぼうかのう」

「その前に後片付けにゃ、あたしらと男子連中の仕事にゃ」

「のじゃ!?」


 シャオの愕然とした顔を見ながら、ノーチェは怪訝そうな表情を浮かべている。


 たぶんそっちも免除されると思ったんだろうね、ただ役割分担は大事なのだ。


「あ、アリスは?」

「真っ昼間に太陽の下で力仕事をさせるにゃ? こいつに?」

「……"ひとごろし"になるのじゃ」

「そうにゃ」

「ならねぇよ」


 流石にそのくらいじゃ死なない。


 ぼくは班の皆が使ってる皿とかフォークを作ったり、いま使っている竈門が安定するように補強したりしたの。


 目立たないところでちゃんと働いているんだ。


 それより世話焼きモードに入ったスフィを止めてほしい。


 ニコニコと口に冷ました料理を運んでくれるスフィから視線をそらして助けを求めると、ブラウニーが預けているカバンから胃薬を見繕って、水まで用意してくれているのが見えた。


 ……そうじゃないけど、気が利くじゃん。

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