さまきゃん5
「なんか遺跡みたいなのがあったぞ!」
「入ってみようとしたら止められたんだよなぁ、ちぇー」
日が落ちる前に、ブラッドたち男児組が帰還した。
この島は結構大きくて、徒歩なら端から端まで1時間くらいかかるらしい。
かなり古い歴史もあるようで、大昔……神代の頃は名もなき海神が治めるエンテレアという小さな国だったそうだ。
他の神と花嫁を巡る争いをしている最中、海の神獣の領域をうっかり荒らして諸共滅ぼされたとかなんとか。
面積的にも大昔とくらべて既に7割くらいが水没してしまったようだ。
北側の海に潜ると、今は魚たちの住処となった都市の名残を見ることが出来るらしい。
それにしても、つくづく神獣っていうのは規格外だ。
語り継がれる神話の中では、仮にも神と呼ばれるような存在を神獣たちは羽虫のように蹴散らしている。
脚色されている部分はあるだろうけど、地形が変えられた爪痕はあちこちにしっかり残っている。
何かが起こった歴史があり、現在の人間から見た神獣は"畏れるべき天の怒り"だ。
そんな神獣の一柱と契約して、良好な関係を築いているアルヴェリアの影響力が大きいのも頷ける。
「スフィもね、土に埋まってる建物見つけたよ!」
ブラッドだけじゃなく、スフィも歩いている最中に遺跡を見つけたようだ。
大半が土に埋まってるみたいだけど、探せば色々あるのかもしれない。
「まじかよ! おれたちとは別方向かな?」
「たぶんー、草がはえてね、お山さんみたいになってた」
「――おい、なんで別の班が混じってんだよ! しかもAクラスの!」
「まーご近所さん同士仲良くやるにゃ」
「はは……」
夕暮れに染まる森の中、焚き火に照らされながら普通に会話に混じってるスフィたちにロドがツッコミを入れた。
「自分の陣地に戻れよ!」
「涼しくなったら戻るにゃ」
焚き火から少し離れた位置、氷に囲まれたビーチチェアに寝転んだノーチェが器用に伸ばした脚を組んだ。
その隣で寝るぼくは、仕方ないよねと肩をすくめて目を閉じる。
「しかもどこから持ってきたんだよそのベッド!」
「……さっきまで無かったよな?」
「護衛の人がくれたのかな」
いやさっきみんなの視線がそれた隙にぼくが作った。
別になんかの精霊の力で出来るって嘘をついて堂々とやってもいいんだけど、正直スニーキングゲームみたいで楽しくなってきている。
なお、流石に護衛役の人の視線から外れるのは無理だった。
いやまったく隙がない、優秀だわ。
草木を身にまとって森の景色に完璧に紛れ込んでいる護衛役の人に小さく手を振る。
一時交代している時にかき集めてきたようで、気合の入り方がすごくて目で見ても全くわからない。
あ、不貞寝した。
動くまで他の草木と見分けつかないの、凄いよなぁ。
「何やって……うわっ、茂みが動いたにゃ!?」
「護衛のおにーさん」
「……おまえ、よく気付いたにゃ」
流石にノーチェは目ざとい。
遊んでもらっているぼくに気付き、護衛役の人のカモフラージュに驚いていた。
この距離でかつ、これくらい静かなら、呼吸音と心音くらいは拾える。
流石にこれ以上距離が離れたり周囲がうるさいと無理だけど、今の環境ならギリギリだ。
「あした一緒に海であそぶから、うちあわせをしにきました!」
「なんで勝手に決めてんだ!」
「スフィはね、海あそびがしたいなって」
「知らねぇよ! ブラッド! リーダーだろ、なんか言えよ!」
「いいぞ! おまえおれの嫁にくるか?」
「ぜったいやだ!!」
「そうかー、じゃあしかたねぇな! 海であそぼう!」
「うん!」
「うおー! 明日は海だ!」
「――!?」
スフィとブラッドは奇跡的に同じレベルでコミュニケーションが成り立ってる。
ジェットコースターもかくやのスピード感で明日の予定が決まり、ウィグは喜んで、ロドがインターネットでよくみる背景が宇宙の猫画像みたいな顔をした。
ぼくと話してる時にノーチェもたまーにするけど、猫人にありがちな表情なんだろうか。
「ちょっと気にはなるけどにゃ、合流して大丈夫にゃのかって」
「別の班と協力したり一緒に行動しちゃいけないとは言われてない」
「それもそうだにゃー」
方針的に初っ端から突き放しが凄い気はするけど、ぼくたちの行動に何も言ってこないってことはそういうことなんだろう。
まぁテント張る時は近くの護衛の人が普通に手伝ってくれたし、周辺に対する見張りなんかもやってくれてる。
時折紙に何かを書いてるから、このキャンプは授業というよりテストっぽい雰囲気はあったりするけど。
ともあれ、普通に過ごせば大丈夫だろう。
それに、スフィやノーチェたちと一緒のほうがぼくとしても心強いし動きやすい。
「ちょっと! 遊んでないで手伝ってよ!」
「アリスちゃん、シラタマちゃんに頼んで氷わけてもらっていい?」
砂浜か岩場かで話し合っているスフィたちを眺めていると、食事の準備に行っていた女児組が業を煮やして物申しにきた。
ぼくたちの班からはポキアとプレッツ、ノーチェ班からはフィリアとシャオ。
ノーチェは相性からかいつもの4人組と男子2名で構成されているようで、その男子たちはうちの班の男子と海で何するかを話している。
任せちゃってるけど、食料品は準備されてるから基本は簡易の土竈門で焼くだけだ。
竈門は護衛役の人が教えながら作ってくれたもので、既に彼の手によって火も入れてある。
いつでも飛び出せる位置で監視してるから、小さい子含めた子どものグループに火を扱わせることへの葛藤があるのは見て取れる。
「ほい」
フカヒレが集めてくれる太めの枝から籠を作って氷を入れて渡す。
「ありがとう、飲むためのお水を冷やそうとおもって」
「なるほど」
直接水に入れるのはダメだけど、一度沸騰させた水を器ごと冷やすことはできる。
やっぱりフィリアは気が利く。
「ねぇアリスちゃん」
「ん?」
「何してるの?」
氷入りのバケツを受け取ったフィリアが、ぼくの手元をじっと見つめる。
錬成で作っている、拾った石から削りだした短剣を。
「……知りたい?」
「え」
朝になったらやむを得ない事情でこっちのリーダーがロドに変わってるかもしれないけど、それを先に伝えておくのも必要な報連相なんだろうか。
「の、ノーチェちゃん、アリスちゃん何かあったの?」
「……んー? いや……あ。もしかして、あいつがスフィに嫁に来いって言ってたせいにゃ?」
ぼくに言う分にはスルーすればいいけど、もし嫌がるスフィに無理強いしようとするならぼくも覚悟を決めなければいけない。
「アリスおまえ、キレるならわかりやすくキレるにゃ」
「ぼくは冷静」
「性質悪いにゃ」
ブラッドは「嫁に来い」とは言うものの別に女の子に興味津々ってわけじゃない。
断られてからは普通に明日の遊びの相談をするだけだった。
結局、研ぎ澄ませていた刃が必要とされることはなく、再び大地に還ることになったのだった。
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