さまきゃん3

 どこまでも広がる蒼い海、きれいな白砂が敷き詰められた浜。


 透明度の高い海水は砂浜からでも、遠くにあるサンゴ礁の様子がうかがい知れるほどだった。


 ……そんなわけで港から大型船に揺られて約30分。


 数々の大いなる苦難を乗り越え、ぼくたちはついに目的地である無人島に辿り着いたのだ。


 バカンスやキャンプによく使われる島々の中でも特に大きい島で、学院が優先的な使用権を持っているらしい。


 なので無人島と言っても住民がいないだけで、人の痕跡は普通にたくさん残っている。


「…………」

「アリスちゃん、生きてる?」

「おーい」


 砂浜に建設された桟橋の上で倒れ伏すぼくを、クラスの仲間が囲んでいた。


「アリスちゃんったら、船に弱いのね……」

「竜車は、平気、だったのに……」

「全然揺れなかったもん」


 自分が船に弱いことをすっかり忘れていた。


 というか30分そこらでここまで消耗するとは思わなかった。


「船、行っちゃったね」

「海ひろーい」


 砂浜ではしゃぐ無邪気な子どもたちを横目で見ていると、男の子の声が聞こえてきた。


「ねー、集合だってー!」


 他の生徒達は先に桟橋から砂浜に降りている、ぼくたちが一番最後だったので、荷物を受け取るためにまだ残っていた感じだ。


 受け渡しが終わり、船を見送ったりとわちゃわちゃしている間に集合の時間が来てしまったらしい。


 立ち上がろう……として失敗した。


 仕方ない、這って行こう。


「ぐっ、ぐぐ……」

「ほら支えてあげるから、無茶しないの」


 指を桟橋の隙間に引っ掛けて少しずつ身体を動かそうとすると、ゴンザが助け起こしてくれた。


 体重を預けるときのガッシリした感じ、スフィ達の時とは全然違って少しおどろく。


「ゴンザも鍛えてるんだ」

「そりゃあね、アタシだって騎士志望ですもの」


 Dクラスの平均年齢は大体10歳、ゴンザはたしか11歳。


 王立学院に来るような子は、この年齢でも自分のなりたい未来がしっかり存在しているようだ。


「さ、歩ける?」

「シラタマ、たすけて」

「チュピピ」


 歩くとか無理なので頭の上のシラタマにお願いして元の大きさになって貰い、背中に乗るのをゴンザに手伝って貰う。


 ふわふわの羽毛にしっかり掴まったところで、合流地点に向かった。



「よし、集まったね。諸君にはこれから頼れる者は誰もいない無人島で2日間過ごして貰う、もちろん子どもたちだけの力でだ!」


 砂浜から島内に入った森の近く、木陰になっている広場でたくさんの生徒たちが座っている。


 大人しくしている子どもたちの前で、Aクラスの担任……たしかラゼオン先生がもっともらしく言ってのけた。


「――そんなわけで、これから君たちには各クラスで3つ班を作って貰い、明後日の朝まで過ごして貰う。大人たちは原則として手出しをしないので、そのつもりで居るように」


 目的としては現地実習なんだろうけど、指導もなしに突き放しすぎじゃないかって感じもする。


「班については事前に先生たちで決めています。食料と装備品なんかは各班の分を用意しているので、班長が受け取りに来るようにね。それから先生たちはここに本陣を作るので、体調不良や怪我なんかがあった場合はすぐに言うように。危険な場所には行かないよう、指導役や監督役の警告には絶対に従うように……みんないいね?」

「はい!」

「よろしい、それじゃあ班分けを発表するから各クラスの担任のところへ集合!」


 生徒たちの元気のよい返事を受けて、ラゼオン先生は満足そうに頷いた。


 ……どうやら仰々しく言いつつ、実態としては島のあちこちに護衛と監督役が配備されるし、キャンプの指導役もつくみたいだ。


 前段にあった「君たちには子どもだけの力でサバイバルをしてもらう」のくだりは一体何の名残なんだ。


 首を傾げていると、シラタマが機嫌の悪そうなレヴァン先生の元に集まる生徒たちのもとへ移動してくれた。


「……それでは、班分けを発表する」


 左右を挟むウィクルリクス先生とアレクサンダー先生に睨まれながら、レヴァン先生は投げやりに手元の紙を広げた。


 ホランド先生は腰の調子があまり良くないのと、この歳で夏のキャンプは厳しいとのことでおやすみだ。


 一番親しみのある先生の姿がなくて、ちょっとだけ残念に感じる。


「第3班の班長はブラッド。ウィグ、ポキア、プレッツ、ロド、アリスの5人はブラッド班だ」


 のんびりしているうちに、ぼくの所属する班が発表された。


 ブラッドは言うまでもなく狼っぽい獣毛タイプの犬人。


 ポキアとウィグは人がベースの薄毛タイプの犬人、ロドも猫人の男の子でプレッツは狸人でどちらも薄毛。


 最近知ったんだけど、アルヴェリアでは獣ベースが獣毛、人ベースが薄毛って分けて呼ばれる。


 純血だとかより呼びやすくて助かる。


「おまえらよろしくな!」

「なんか獣人ばっかりの班になっちゃったね」

「戦力過多じゃねー? 一名除いて」


 男女3人ずつでバランスはいいかもしれないけど、見事に全員が獣人だ。


 因みに他の班はそれぞれゴンザとマリークレアが班長に選ばれた。


 ゴンザ班には比較的成績の良い普人ヒューマン、マリークレア班には割と裕福な家の子が集められていた。


 うーん恣の意を的に運用している気配を感じる。


 そういえば最近しいたけ食べてない、こっちに無いわけじゃないんだけど、珍しいのか売ってるのを見たことないんだよね。


「しいたけ」

「は?」


 思ったことをそのまま呟いたら、ロドに「なんだこいつ」と言いたげな顔で見られた。


 唐突な行動でもほどほどに構ってくれるスフィたちが恋しい。


「そんで、どうすんだよ?」

「よし! まず探検だ!」

「探検か!」

「え、え、探検なの?」

「拠点決めだばかやろう」


 備品を受け取る流れでそのまま探検に繰り出そうとするブラッドにツッコミを入れる。


 しかしテンションの上がった犬人男児の耳には届かないようで、どこに突入するかの相談がはじまってしまった。


 くそう、スフィやノーチェならまず意見を聞いてくれるのに!


「いや、そいつの言うとおり拠点決めが先だろ、夜になったらどうすんだ」


 ロドの冷静なツッコミに、近くで頬を引きつらせていた剣士風の男性がしきりに頷いている。


 態度と距離感からしてぼくたちの班の護衛役かな、ご苦労さまだ。


「ロド、わかってる……でもな!」

「なんだよ」

「無人島なんだぞ! 誰もいない秘境だ! わかるだろ!?」

「そうだそうだ!」

「なにひとつわかんねーよ!?」


 ブラッドは一度周りにひしめく大人と子どもを見てからもう一度言ってほしい。


「ロドがいてよかった」

「うん……」

「頼りになるよね、ロドくん……かっこいいし」


 ロドは整った顔立ちに、片目が隠れるような髪型をしている焦げ茶髪の猫耳少年だ。


 少しふくよかな狸人のプレッツは、どうやらロドのことが気になっているらしい。


 犬人男児ふたりを前に、ぼくじゃ止め役になれない。


 今回はロドに参謀役を頑張ってもらおう。


 ……丸投げじゃなくて、適材適所だから。

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