さまきゃん2

 集合してから少しして、裏門につけられていた竜車に乗り込むことになった。


 巨大な地竜が引く客車はまさに移動する建築物、1クラス全員と引率と護衛役あわせて40人近くが乗り込んでも余裕がある。


 というか1クラスに1台用意するあたり、めちゃくちゃ豪華な待遇だ。


「何故だ! 私はヴェリック家から推薦を受けているのだぞ!」

「いえ、推薦したお方の問題ではなく、あなたはDクラスの担任代理ですから……」

「ふざけるな! 平民ごときが貴族に逆らおうというのか!」


 Dクラスにも用意されているというので、そちらに向かって移動し始めると背後から言い争う声が聞こえてきた。


「何あれ」

「イヴァン先生がBクラスの竜車に乗るって」

「ばかなの……?」


 事情を聞いていた獣人の生徒が呆れたように教えてくれた。


 何かしら裏はあるんだろうけど、Dクラスの担任代理なんだからDクラスの客車に同乗するでしょ。


 呆れたように見ていたら、Bクラスの担任が割って入った。


 流石に止めるのかと思いきや、話は意外な方向に向かう。


「あぁいいから、こちらに乗せてやりなさい」

「しかし、パルマーダ先生!」

「彼のような優秀な人間がDクラスの担任などという雑事を引き受けてくれているのだ、このくらいのわがままは聞くべきではないかね?」

「いくらなんでもそんな無茶は通りませんよ!」

「君はどこの家の出かね? まさかとは思うが、平民風情がパルマーダ家に口答えをしているなんてことはあるまい?」


 止めていた職員が、あからさまな恫喝に怯む。


 先生たちはこちらを見ることもなくBクラス用のやたら豪華な装飾が施された竜車へ乗り込んでいく。


 何もできずに見ていた生徒たちの間に、何となく嫌な空気が漂った気がした。


「……無茶苦茶だよな、貴族って」

「あれもあれで極端な例だと思うけど」


 悔しそうに呟いた男の子の言葉を、誰かが否定した。


 視線の先にはDクラスの数少ない貴族であるマリークレアと女子生徒たちの姿がある。


「まぁ、おやつを持ってきていませんの!?」

「お菓子を買う余裕がなくて……」

「これだから平民は! 仕方ありませんわね、わたくしが派手に分けて差し上げますわ!」

「うれしいけど、派手じゃなくて普通でいいよ?」

「じゃあ分けるのは嫌ですわ!」

「ええ!?」


 貴族といっても千差万別。


 少なくともBクラスの関係者以外では、今のところ"嫌な貴族"に会ったことがない。


 出会いの幸運もあるだろうし、出会った貴族たちの努力もあるだろう。


 おかげで貴族という存在を嫌いにならずに済んでいる。


「あれも極端じゃね?」

「…………」


 思わず愚痴った男の子の返事に、みんなが思わず苦笑した。


 たぶん良い意味の方だから、いいんじゃないかな?



 Dクラスの竜車は端の方にいるらしい。


 みんなでぞろぞろと歩いていると、向かう先で騒ぎが聞こえてきた。


「アリスさん、こちらに来てはいけません」

「ハリード錬師?」


 人が多い中で大声をだすためか、錬師じゃなく"さん"をつけて呼んでくるハリード錬師の姿が見えた。


 すっかり回復したらしいハリード錬師は、凄まじい速度でこちらにやってきてぼくたちを止める。


「竜車に少々問題が、みなさん危険ですのでこちらで待機を」

「……あぁ、だからか」


 レヴァン先生の行動が明らかにおかしかったから何か仕掛けているとは推測してた。


 問題がある竜車でも手配してたんだろうか。


 それなら乗りたくない気持ちもわかる、いくらなんでもおかしすぎると思ってたので納得できてよかった。


「ハリード先生、何があったんですか?」

「どうやら手違いで、気性の荒い地竜が手配されてしまったようです、人が近づくと威嚇するんですよ」


 困ったような声を出したハリード錬師が振り返る、こっちを見つめる地竜がクルクルと甲高い音を出している。


 四足歩行のごついトカゲを巨大化したような外見の地竜は、地面に座ったまま目を閉じている。


 灰褐色の鎧を身に着けた竜騎士の「え? あれ? お前さっきまで? え?」という困惑の声がやけに響いた。


「……気性の荒い?」

「…………ついさっきまでは牙を剥き出して近づく人間全てを威嚇していたんですが」


 困惑するハリード錬師によると、本来は竜車を引くための地竜ではない子が手配されてしまったらしい。


 パートナーである竜騎士も最初は断ろうとしたのだけど、権力でゴリ押しされて騙し騙しここまで竜車を引いてくるはめになった。


 1区までならギリギリなんとかなるかと、少しの間だけ我慢してくれと必死に宥めているところだったそうな。


「ねぇ、さっきからくるくるって聞こえるんだけど、この音ってなに?」


 さっきからずっと聞こえている、クルクルと軽い石が転がるような音。


 発生源が地竜であることはわかっていたけど、何の意味がある音かまではわからない。


「地竜がご機嫌の時に出すんだよ、こいつが町中で出してるのは聞いたことないけど」


 解説してくれた竜騎士の人によると、地竜が"ご機嫌"であることを示すときの音だそうだ。


 他の竜車の地竜も音をさせてたし、今日は地竜にとって何かいいことがあった日なのかもしれない。


「……問題なさそうってこと?」

「そうなり、ますね?」

「なる、と思うが」


 素朴な疑問にハリード錬師が首を傾げ、竜騎士が腕を組む。


 何があるかと思えば、逆に肩透かしを食らった気分だ。



 竜車に乗って数時間、広い地下道を走り抜けて、昼前には外周1区に到着した。


 地下道から出たばかりの竜車を降りれば、感じるのは海の匂い。


 そのまま白い石畳を進むと、段々となった街並みの先にどこまでも広がる蒼い海が見える。


 パナディアのような南国といった風情でもなく、シーラングのような熱帯雨林といった感じでもない。


 ぱっと浮かぶイメージなら、ヨーロッパの地中海が近いかもしれない。


 海の香りをまとった潮風が髪をなびかせる、まだ数ヶ月しか経っていないのにパナディアが懐かしく感じる。


「うおおおおお! なまぐせー!!」

「アリスさん、暴力での解決はいけないことですよ」


 風情をぶち壊すブラッドを水路に蹴り落とそうとしたところで、ウィクルリクス先生に止められる。


「んぁ? だいじょうぶだ! おれはアリスじゃビクともしねぇ」


 やり取りに気づいたブラッドは、竜車の中で爆睡したおかげか元気一杯だ。


「言ったな」


 そのせいか非常に腹立つことを言われたので、今度は正面から水路に落とそうと腹筋を両手で押す。


 押す、押……げふっ。


 ばかな、ほんとにビクともしない。


 というか服と毛皮の二重カバーでわかりにくいけどなにこれ硬っ、何か仕込んでるじゃないかと疑う筋肉の厚さだ。


 それでも一生懸命押していると、とうとうお腹が痛くなってきてその場に膝をついてしまう。


「アリス、おれ、なんかごめんな」

「ぜぇ、ぜぇ、なさけをかけるな……!」


 まさか書いて字のごとく"ビクともしない"とは思わなかったよ!


「ブラッドくんひどい!」

「アリスちゃんがかわいそう!」

「ご、ごめんってば!」


 一部始終を眺めていた女子からの理不尽な追撃にブラッドのしっぽが股の間に挟まれる。


 これ本当に"かわいそう"なのはどっちなんだ?


 わからなくなってきた。


「……暴力ではなく、話し合いで解決するようにしましょうね?」

「ウィクルリクス先生……」


 確実に最初と言っている意味合いが違う。


 みんなしてどんだけぼくを弱いと思ってるんだ、失礼にもほどがある。


 かくなる上は仕方あるまい。


 このキャンプで強くなって、見返してやる……!

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