さまきゃん1
スフィが何とか説得に成功してマレーンに帰ってもらってから、何事もなく日々は過ぎていった。
太陽の陽射しもどんどん強くなって、季節が夏真っ盛りに踏み込んだ頃、サマーキャンプの日がやってきた。
「おはよう」
「あら、おはよう」
普段より2時間近く早く登校したぼくは、みんな眠そうにしている教室の中で普段どおりのゴンザと話していた。
今日は学校に集合してから、大型の竜車で外周1区の港に向かってそこから島へ移動するそうだ。
亜竜も種類が多いから、飛ぶ能力がない代わりに地上を走ることに特化した種類もいる。
中でもパワーのあるランドドラゴンに曳かせる馬車は、軍でも使われるほど大量輸送に向いている。
ただしパワーがありすぎるから道中のものを全部踏み潰してしまうとかで、専用の地下道路を使う必要があるのだ。
アヴァロンには竜車なんてものがあるのに、普段の町中で馬車しか見かけない理由がこれだった。
……正直めちゃくちゃ金がかかっているなと思う。
「ちょっと意外ね」
「何が?」
「アリスちゃん、なんか朝に弱そうなイメージがあったわ」
「めちゃくちゃ弱いよ」
意外どころかバッチリ当たってる。
寝起きは大抵動けなくてスフィに抱えられて身支度している有様だ。
「その割にはスッキリしてるけど」
「いつもより早く寝た」
「寝付きいいのね、羨ましいわ」
ゴンザの視線が机に顎を乗せて舌を垂らしてるブラッドへと向いた。
……この状態だと制服着せられた犬にしか見えない。
「彼、興奮して寝れなかったみたいよ?」
「だろうなと思った」
行事の前日に興奮して寝れないってのは、前世ではぼくもよくやらかしてた。
なので気持ちはとてもわかる。
じゃあなんで今は大丈夫かといえば、今生の肉体は極めて脆弱だからだ。
日中普通に活動していると、夜にベッドで横になった状態で意識を保つことができない。
横になって目を閉じて暫くすると意識がシャットダウンする、入り口は睡眠というか気絶に近い。
便利っちゃ便利だけど、たまに不安になったりもする。
「お、おはよう!」
いびきをかいてるブラッドを眺めてうんうんと頷いていると、よく通る声が教室中に響き渡った。
入り口ではクリフォトが、豚のぬいぐるみを抱えて充血した目を見開いていた。
「えへへ、全然寝付けなかった!」
「寝不足だと音量5割増しになるのねぇ」
「え、声小さかったかな!?」
「…………?」
「アリスちゃん、声出てないわよ」
聞こえてはいるけど、爆音で耳が遠くなって自分の声量がわからん。
何人か泣きそうな顔で耳を押さえている。
「クリフォト、少し寝てたら?」
「ちょっと、寝るならわたくしより派手にしないでくださいまし!」
「ご、ごめんね!」
派手に寝るってどういうこと、みんな寝不足なんじゃないの?
そもそも寮生活が大半なのになんで寝不足……いや、すぐに学校にいけるから油断が出た?
距離が近いといざとなってもすぐに動けるという意識が働いて心理的に隙が……。
「朝から騒がしいわね」
「うん、やっぱり適度な緊張感は大事」
「また派手に話がすっ飛んだわ……」
「アリスさん! わたくしより派手に会話を飛ばさないでくださいまし!」
「可能な範囲で善処する」
「ごめんね、マリーちゃん昨日結局寝てないみたいで……」
「なんだこの
メガネをかけたひとりの男子生徒のつぶやきが、騒がしい教室内でやけに響いた。
なお、先生が来るまで混沌は続いた。
■
「みんなおはよう、ちゃんと寝れたか?」
アレクサンダー先生が教室に入ってくるなり、ピタッと騒動が止まる。
静かになった教室内で、先生の問いかけがやけに虚しい。
「まぁ体調管理も覚えるべきことだ、寝そびれた生徒は移動中にできるだけ身体を休めるようにな。じゃあ出席を取るぞ」
ひとりずつ名前を呼ばれて返事をしていく。
一部の寝ている生徒が呼ばれたときは、隣の子が「いますが寝てます」と答えていた。
「よし、全員いるな? じゃあ裏門まで移動するぞ」
「先生、寝てる子たちはどうするの?」
「起こせそうなら起こしてやれ、無理そうなら先生が連れて行く」
「ブラッドくんはダメそうです」
アレクサンダー先生は、寝ているブラッドをため息交じりに肩にかついだ。
それを見ていた他の生徒は慌てて隣で寝息を立てている子を起こし始める。
特に女の子が必死だ、まぁあの持ち方されるとスカートの中身が全開になりかねないしね。
「……歩けるか?」
「シラタマに乗っていくので」
「そうか」
こちらを心配そうに見ていたアレクサンダー先生に言って、シラタマに元のサイズに戻ってもらう。
毎度のごとく羨ましそうな生徒たちの視線を受けつつよじ登り、みんなと一緒に裏門へ向かう。
流石にこの時間はまだ誰も登校していない、何とも静かな本館を通り抜けると、朝靄の中にたくさんの生徒と靄の向こうの巨大な影が見えてくる。
「裏門は地下竜道への道がある、崩れたりはしないから怖がらなくていいぞ」
冗談めかして言うアレクサンダー先生の後をついていき、とうとう裏門へ辿り着いた。
Dクラスが一番最後みたいで、例の一件で見知った顔がちらほら見える。
スフィたちと軽く手を振りあって、クラス揃って所定の位置に。
……うん、やっぱりシラタマに視線が集まるな。
「あの先生……」
「なんであっちに」
気にしないようにしていると、今度はひそひそ話が聞こえてくる。
一部の生徒が見ているのは支給されているマントとは違う、刺繍やフリルの入ったマントを付けた一団。
神経質そうな男の教員が率いているのは、たぶんBクラスの生徒たちだ。
そして引率役の教師の前で、レヴァン先生がへこへこしている。
なんとなく力関係が見えてきた。
小馬鹿にしたような表情を隠そうともせずにこっちを見るBクラスの生徒たちに、みんな悔しそうに手を握ってうつむいてしまう。
「あの先生、貴族派の錬金術師なんですってね。第2階梯の凄い人なんですって」
「え、ぼく知らない」
ため息交じりのゴンザが放った驚愕の情報に驚いていると、それを聞きつけたのか近くにいたBクラスの生徒が近づいてきた。
「ふん、お前みたいな獣人が知っているわけないだろう」
「パルマーダ先生は錬金術師ギルドにも顔が利くのだ」
どうしよう、聞いたことがない情報がぽんぽん飛び出してくる。
休みの間にも普通に錬金術師ギルドに顔だしたりしたのに、誰も教えてくれなかったんだけど。
「大変だったね」「学校頑張ってね」みたいな事は言われたので把握してないってことはないと思う。
「そうなんだ」
「あぁ、貴族とは錬金術師や魔術師を扱えるほど貴い存在なのだ。今回のレクリエーション、身分をわきまえて我々の足を引っ張るようなことはしないようにな!」
「せめて学院の格を落とすなよ、劣等生!」
「くっ……!」
言うだけ言って、Bクラスの生徒たちは自分たちの集まりに戻っていった。
何しにきたんだろうあの子たち。
ってそんなことはどうでもいい、それよりうちの担任代理だ。
まさか錬金術師ギルドからの刺客ってことはないだろうし、貴族が抱えてるフリーの錬金術師を送り込んできたとか?
何のために?
駄目だ、材料は一杯あるけど推測するには情報が足りなすぎる。
ハリード錬師がいてくれたら解説してくれるのになぁ。
朝靄の中を探してみても、慣れた気配はない。
引率側として参加するって言ってたから、先に現地へ行ってるんだろうか。
何事もなく終わるといいんだけど。
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