来訪者

「…………」

「…………」


 キャンプの準備をする日々の中、我が家のリビングで奇妙な光景が繰り広げられていた。


「何事にゃ」

「お見舞いだって」


 恐る恐る覗きにきたノーチェに答えると、気配が動いた。


 訪れているのは誰かといえば、Sクラスの生徒のマレーン。


 赤い怪鳥と一緒に戦ったアーティファクトの剣使いだ。


 金の刺繍が編み込まれた上等な上下セットにマントは、恐らく1着で平民の住む家の家賃数年分にもなるだろう。


 いくら改築したばかりとはいえ、普通の家のリビングに居るにはあまりにも場違い。


 そんなことを意にも介さず、彼女はリビングのソファに腰掛けてスフィと向かい合っている。


 かれこれ10分近く無言が続いていた。


「……元気そうで何よりね」

「スフィたちは元気だよ」


 今日は休日。


 昼過ぎに家の前にやたらデカい馬車が停まって何事かと思ったら、マレーンが出てきてお見舞いに来たと行ったのが始まりだ。


 もちろんお見舞いされる理由はない、というかむしろマレーンのほうが重症だったはずだ。


 クラスも違うし、騒動で少しの間一緒しただけ。


 なのにどうしてわざわざ家まで?


 疑問は尽きないし、マレーンの動きから不審も尽きない。


 現場をスフィに任せてノーチェと一緒に家の奥の方に引っ込む。


「何しにきたんだろうにゃ」

「……ぼくとスフィを探ってるっぽい、さっきからずっと毛並みを上から下まで観察してる」


 視線や身体の動きは自然な感じで隠しているけど、あいにくこっちは前世で観察されまくってたから人の視線には敏感なのだ。


 少し誘導するだけで反応するあたり、彼女はまだまだ未熟とも言える。


「もしかして、お前の父ちゃんか母ちゃん知ってるんじゃにゃいか?」

「……可能性はなきにしもあらず」


 マレーンはぼくたちが双子……それも一卵性双生児の狼人であることにあからさまな反応を見せていた。


 可能性があるとすれば誰かと勘違いしているか、ぼくたちの両親を知っているか。


 手がかりと言えば手がかりなんだけど、ただなぁ。


「反応がね」

「何かあるにゃ?」

「今にも抜剣しそうなレベルで緊張してる」


 何かのきっかけで知っているかもしれない子どもを探りに来たにしては、緊張しすぎだ。


 そもそも彼女が味方側かもわからない。


 自分とスフィの出自に何らかの複雑な事情があることくらいは理解してる。


 おじいちゃんは病で床に臥せってはいたけど、ほぼ最高位の錬金術師たる知力は最後まで健在だった。


 疑問には体力が許す限り答えてくれたし、知る限り精神的に不安定になっている様子もなかった。


 そんなおじいちゃんは、常々ぼくたちの知りうる自分の情報について厳重に口止めをしていた。


 といっても知ってるのは拾われた時に身に着けていたペンダントと、そこに刻まれた自分の本当の名前だけなんだけど。


 たったそれだけの情報を、おじいちゃんは過剰と思えるほどに守っていた。


 ただの老人じゃない。


 錬金術師の頂点『黄金錬成アルス・マグナ』の一歩手前、第9階梯メイガス・マグナにまで至った錬金術師が、だ。


 その心配が過剰なものだったとは思えない。


 おかげでペンダントや名前を手がかりに探すという基本中の基本すら出来やしない。


「そういえば」

「なんにゃ?」

「ぼくたちの"名前"、教えてなかったって」

「あぁ、別にいいにゃ。今更知ったところでダチなのは変わらにゃいし、余計なリスクだにゃ」


 出自に関わる情報として、ノーチェたちにも教えようという話になっていたのを唐突に思い出した。


「……ノーチェなら信用できるんだけどね」

「にゃはは、褒めるにゃ。それにお貴族様とかそのへんは知らんにゃ」

「貴族とは限らないけどね、商家とかの可能性も……あるの?」

「だから知らんにゃ」


 知らなくていいと言ってくれる人だから信用できる。


 まったく、ぼくたちには一体どんな訳があるのやら。


「キャンプだけど、くれぐれも怪我をしないように気をつけて。現地には毒を持つ生物もいると聞くわ、それから貴族派の動きが……」

「わ、わかってるよぅ、スフィたちはだいじょうぶだから!」


 スフィの悲鳴に近い声が聞こえて、リビングを覗き込むと険しい表情のマレーンがスフィに迫っているところだった。


 心配してる……と言うにはちょっと必死過ぎる。


 かといって踏み抜いた先が奈落だったらシャレにならない。


 ただでさえ付き添ってきている侍女の人が、リビングの入口付近でこの上なく不機嫌なオーラを出しているし……。


 そう思っていたら、何故かこっちに近づいてきた。


「お嬢様はお優しいお方です、頼られれば応えてしまうほどに。どうぞ、節度を持ったお付き合いを」

「へい」


 わざわざ釘を差しに来たのか……。


 表情こそ澄ましているものの、押し隠した不満が身体から音としてにじみ出ている。


 仕方なく主に付き合ってるけど、許されるなら今すぐ引っ張って帰りたいってかんじか。


 確か彼女は辺境伯だっけ。


 うちはそんな大物貴族のお嬢様がわざわざ訪れるような家でも身分でもないし、この従者の気持ちはわかる。


 だけどぼくたちに向けられても、正直困る。


 是非とも主の方をを諌めてもらいたい。


 ……こういう問題もあるから、心当たりがありそうでもなかなか聞けないんだよね。


 やっぱり、調べるなら相当慎重にならないと危ないな。


 それはともかく。


「いい? 怪我だけは絶対にしないようにしなさい、万が一顔に傷なんてついたら大変で……」

「だいじょうぶだってばぁ!」


 今はマレーンに穏便に帰ってもらうことを考えなきゃ。

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