キャンプの準備

 なんだかんだのうちに、サマーキャンプの日取りが通達された。


 開催は2週間後から2泊3日。


 場所はアヴァロン北西部に存在するタイタニア島。


 船で20分ほどの距離にある無人島で、なんか行事がある時によく使われている。


 広さはそこそこで砂浜や森もあり、野生の魔獣も生息している。


 もちろん危険な種類は居ないそうだけど、絶対安全という意味ではない。


 教員と護衛役による引率のもと、野営経験を積むというのが課外授業の目的だ。


 前回の事件の影響で開催が危ぶまれていたそうだけど、学校側の事情もあって実行が決まったとかなんとか。


 詳細は知らない。


 『1年生なら殆どただのキャンプだ、今回は護衛役も多いから気楽に参加しなさい』とアレクサンダー先生には言われた。


 おそらく保護者あたりの意見に対応するために安全性を高めることにしたのだろう。


 他のクラスとの交流会も兼ねているから、開催中は普通にスフィたちとも会えるのが安心できる点だった。



「アリス、これ似合う?」

「うん」


 告知されてから、少しばかり日々が慌ただしくなった。


 原因は学校側から用意しておくようにと告示された荷物だ。


 旅の装備品なんかはほぼ流用できるし、緊急用の薬セットなんかも全員分渡してある。


 キャンプセットは基本学校側が用意してくれる、食べ物なんかも基本は訓練も兼ねた現地調達だけど最低限は用意されるそうだ。


 足りなかったのは……。


「こっちは? 似合う?」

「うん」

「むぅぅぅ、あっさりしすぎ!」

「だって似合うし」


 動きやすい服、着替え、水遊び用の水着。


 すなわち衣服。


 このあたり、ぼくにとっては関心の外にある物だった。


 下着やら靴下やらは結構な量貰っているから困らなかったけど、衣服となるとそうはいかない。


 ゼルギア大陸において普通の服は結構高いのだ。


 研究の利権を放り投げることの対価として、学校にかかる諸費用と生活費は確保した。


 だからお金の心配なく学校に通えるんだけど、そのぶん仕事量を減らしたことでお小遣いが少なくなった。


 生活費はぼく名義で出されるものなので、みんな欲しい物を遠慮してしまうようになった。


 肝心のぼくは衣服に興味が無いし、学校に通うにあたって制服があれば充分という認識だ。


 結果として私服はほとんど増えておらず、キャンプに持っていく服がないという事態が発生してしまった。


 これについて深く反省し、みんなと一緒に服を買いにいくことになったのである。


「アリスはどれがいい?」

「スカートばっかり」


 現在学校から紹介された、そこそこ大きい衣服店。


 オーダーメイドが基本となる洋服屋の中では珍しい、レディメイドの洋服を取り扱うお店。


 学校指定の体操着なんかも扱っているそうで、綺麗に洗濯された中古の子ども服も多数置かれている。


 そんな中で、さっきからスフィが選ぶのはフリフリのスカートものばかり。


 たぶんそこそこ裕福な家のお下がり品かな、布の質はそこそこで量が多い。


 デザインも確かに可愛いんだけど、動きやすい服ではない。


「だってかわいいのがいいんだもん」

「まず必要なもの選ぼうよ」

「選ぶって言っても、水着はひとつしかないじゃん!」


 国から認可を受けた学習施設が学校、学院と名乗ることを許されているんだけど、数だけで言えば王都内に軽く数十単位で存在している。


 学校側から授業に必要なものと指定される物なら、購入に対して補助金が出る仕組みなので非常に安価で購入できる。


 最近は教育に力を入れているようなので、義務教育まではいかないものの学生に対する補助制度が充実しつつあるようだ。


 指定品以外はダメって学校もあれば、基準を満たしていれば別のでもいいって学校もある。


 王立学院は後者なので別にこだわる必要はないんだけど、消耗品に近い運動着に大金出すのはちょっと厳しい。


 特別な理由がなければ貴族でも普通に学校指定品を使うみたいだし、悪目立ちもしてしまうだろう。


「水着じゃなくてキャンプ用の動きやすい服」

「むぅー」


 水着は1種類なので選ぶ余地がない。


 黒に近い色合いの上下繋ぎ……いわゆるワンピースタイプの水着だ。


 こういうデザインの水着ってこっちでもあるのかとちょっと感心した。


 そんなわけで、選ぶべきは半ズボンとかシャツとかの動き回るための服だ。


 今の手持ちは下町では普通だけど、王立学院の生徒と並ぶと流石にボロい。


 衣服にさほど興味は無い、だからといって家族や友達に恥をかかせるわけにいかない。


「通気性がよくて、生地が厚くて柔らかいものを……」

「スカートだめなの?」

「……今度から普通に買い物つきあうから、我慢して」

「むぅー、わかった」


 可愛い服にこだわるスフィをなだめながら、自分たち用の服を選んでいく。


 ノーチェたちはさっさと選び終えて、外の屋台で果物を食べてるっていうのに。


 さっさと終わらせてぼくも休憩したい。

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