吹き込む風

「アリス、体育大丈夫だった?」

「よゆー」


 学校の帰り道、スフィたちがまっさきに心配してきたのは今日からはじまった体育の授業。


 おかしいな、最初の講義そのものはどのクラスも変わらないはずなんだけど。


「無理しちゃダメだからね」

「身体動かすって時点でにゃ」


 まぁ確かに苦手分野ではあるけど、そこまで言われるほどなんだろうか。


 ……言われるほどかもしれない。


「それより、Aクラスの授業はどう?」

「うーん、ふつー?」

「難しいけど、手応えはあるにゃ」

「う、うん……」

「よゆーなのじゃ」


 返答にそれぞれの成績が如実に現れているようだ。


 スフィは余裕、ノーチェとフィリアは普通についていけてる。


 シャオはちょっと無理してる感じ、かな。


「そういうアリスはどうなのじゃ?」

「よくわかんない」


 ぼくに関しては完全に枠外扱いされてる、『授業中に教室で大人しくしていてくれたら満点』って感じだ。


 複雑だけどたまにやらかすので文句も言えない。


「ま、まぁがんばるのじゃ、王立学院に入れただけでもすごいのじゃ」

「うん」

「そういえば、聞いた?」


 シャオの物言いに微妙な違和感を感じながら首を傾げていると、スフィが思い出したように言う。


「さまーきゃんぷのお話」

「クラスメイトから聞いた、無人島でやるんだっけ?」

「らしいよー、クラス違うと班ってどうなるんだろ?」


 そりゃあ違う班でしょ。


 せっかくのキャンプをスフィたちと違う班っていうのも寂しくはあるけど……身内だけで行く遊びは別の休日にでもやればいい。


「そもそもアリスって参加するにゃ?」

「するつもり」


 スライムカーボンや繊維強化プラスチックは他の錬金術師の頑張りのおかげで実用化の目処が立ってきた。


 主に船や馬車の素材として注目されていて、近々小さめの船を試作すると聞いてる。


 自転車は工学科に丸投げしてるけど、話だけ聞いてるとなんか謎方向に進化を遂げてるらしい。


 エナジードリンクは順調に販売数を伸ばして、もうぼくの手元を離れつつある。


 一時期のやることの多さが嘘のように今は状況が落ち着いていた。


 丸投げとも言うけど、"人に任せる"ことはとても大事なのだ。


 おかげで今は時間がある、レクリエーションにも参加できる。


「時間的余裕はある」

「いや体力の話にゃ」

「…………よゆう」


 今日だって体育の授業で準備体操という過酷な運動を乗り越えて褒められた。


 キャンプごとき、もはや余裕が過ぎる。


「……なんかあったら、すぐあたしらに伝わるようにお願いしとくにゃ」

「そだねー……」

「うん」

「仕方ないのじゃ」


 そんな心配いらないんだけどな。



 家に帰ると、カンテラから出現したブラウニーがとてとてと台所に向かっていく。


 それを見送りながら、ベランダの長椅子に座る。


 吹き込む風が心地良い。


 フィリアは畑でトマトの様子を見にいき、シャオは制服から着替えるなりリビングのソファーでお腹を出して寝始めた。


「うおー!」

「おー!」


 ノーチェとスフィは外へ走りに行った。


 どうやら学校の授業では動き足りなかったらしい。


 陽射し強いし日焼け止めも必要だよなぁ、どうやって作るんだっけ……あとで調べておこう。


「はぁー、暑いね」

「おつかれ」


 手で首元をあおぎながら、つば広の帽子をかぶったフィリアが戻ってきた。


 タイミングを同じくしてブラウニーが冷やしたお茶を持ってきてくれる。


「ありがとう、ブラウニーちゃん」

「ありがと」


 404アパートの冷蔵庫も、最近じゃブラウニーが主に使っている。


 アヴァロン側にも台所はあるけど薪を使う竈門だし、使いやすさでいえば圧倒的に404アパートが上だから、ついつい404側を使ってしまう。


 使われた痕跡がないのを不自然に思われないか、ちょっぴり心配。


「アリスちゃんとこの薬草、大丈夫?」

「まだ何も植えてない」

「えぇ……」


 気候を調べた時にすぐ雨季と夏季が来ることは知っていたし、それを無視して何かを栽培する気にもなれなかった。


「トマトの方はどうなの?」

「うん、もう食べられそう、真っ赤ででっかいよ」


 フィリアのジェスチャーを見るに、子どもが両手で持つサイズまで育ってるのか。


「……あの状況でほとんど放置してそれとか、すごい」

「そうかなぁ?」


 育てるといっても土を軽く耕してから棒を立て、貰ってきたトマトの種を植えただけだ。


 フィリアは雑草抜きくらいはしていたし、農薬はぼくが調合した物を渡していた。


 その農薬っていうのも錬金術師ギルドの農学部で教えてもらった、一般的なもの。


 それ以外は雨で濡れ過ぎないように半透明なシートを被せていたくらい。


 こんな育て方してたら野菜がダメになる可能性が高い。


「アルヴェリアで、お野菜とかお花とか育たないって聞いたこと無いかも」

「……うん」


 どんな適当な方法でも一定レベルまで育つというあたり、神獣の与える加護の力は本当に凄まじいのだと思う。


 範囲は狭くなるし効力も違うけど、力のある精霊なら似たようなことはできるだろうから愛し子が権力者に求められるのも何となくわかる。


「もうすぐ収穫かなぁ?」

「なに料理するか、かんがえておかないとね」


 フィリアはタオルで汗を拭ってから玄関へ向かう、それを横目に空を見上げる。


 前世では外に出してもらえることが少なかったから、インターネットを通じて伺うことでしか季節を感じられなかった。


 機関に保護される以前はどうだったかな……暑くて食べ物すぐ悪くなるから嫌、寒くて身体が痛いから嫌って感覚だけだったかもしれない。


 吹き込む風が髪を撫でる。


 穏やかな気分で夏の足音を聞けば、この季節を喜ぶ人が多い理由が何となくわかる気がした。


 それはそれとして、暑いんだけども。

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