Dクラスの授業風景
暦の上で7月に入った頃、休んでいた生徒たちは全員が復帰を果たした。
あんな事件があった直後だし退学を考える生徒も居たとは思うんだけど、王立学院というブランドがそれを止めたみたいだ。
アルヴェリアはまだまだ封建主義のコネ社会、将来のエリートが揃う王立学院を無事卒業できるか否かで自分の将来の全てが決まる……とはゴンザの弁。
アヴァロンに学校は数あれど、身分制度共にここまで自由な学校は他に存在しないという。
学校というものは身分、階級、居住環境……レベルが近しい人間で集まるのが普通なのだそうだ。
必死の努力で掴んだチャンス。
ここに入るような平民なら、ちょっと死にかけたくらいで手放すわけがないとゴンザは自信満々に言っていた。
実際そのとおりになった訳だけど。
世知辛いと言うべきか、根性があると言うべきか、判断に悩む。
■
「皆、そろそろ学院での授業にも慣れてきた頃だと思う」
今日のホームルームはアレクサンダー先生、レヴァン先生は担任としての仕事を半ば放棄しているようで、たまに嫌味と罵倒をしに来る以外は顔を出さない。
結局副担任の先生たちが持ち回りで何とか回している状態になっていた。
「カリキュラム的に、そろそろ座学以外の基礎講義も始まる予定だ」
座学の基礎講義は『共通語』、『アルヴェリア史』、『基礎数学』、『基礎理学』の4種類。
時間をかければ、ぼくでも何とかついていける内容だ。
「実技の基礎は総合体育、芸術、行動戦術だが……」
実技を伴う講義の中で、必修となる基礎講義はいまアレクサンダー先生が言った3種類。
個々人の運動能力の向上を目的とした『総合体育』、工作や音楽なんかの芸術的教養を身につけることが目的の『芸術』、危険と隣合わせのこの世界において最低限戦える術を身につける『行動戦術』。
もちろん希望すれば受けられる講義は沢山ある。
魔術とか精霊術とかは当人の才能に依る部分が多すぎるので、必修ではなく選択科目に回されている。
基本的には午前中に基礎講義をやって、午後に2つか3つ程度の選択科目をこなすのが一般的な動き。
ぼくは選択科目はたまに1つ受けるので精一杯で、いろんなところに顔出してる状態だ。
「魔術となると適性によっては全く出来ない子もいるということはみんな理解していると思う。これは生まれ持った資質によるものが大きいからな、努力不足などでは決して無いとわかっているはずだ」
机に置いた本を読みながら耳を傾けていると、アレクサンダー先生が妙に持って回った言い回しをはじめていた。
「同じように運動能力や体力というものも、決して万人が平等に持つ資質ではない。中には運動が全く出来ない、適さない体質の子もいる……運動が出来ず、見学ばかりになってしまう子がいても、決して馬鹿にしたり蔑んだりしてはいけない」
視線を感じて顔をあげると、何故か教室中の全員がぼくを見ていた。
「競い合うのは良いことだ、勝敗に一喜一憂するのもいい。しかし他者と比べて勝った事そのものよりも、競い合うことで自分が成長できた事こそを喜べるようになって欲しい。みんなわかったな?」
「はい、先生!」
「よし、それじゃあ総合体育の授業があるので着替えて外に出るように」
男子生徒の元気のよい返事を皮切りに、ようやく視線がぼくから外された。
…………なんだろう、このもやもや感。
「おいアリス」
「ん?」
隣で大人しくしていたブラッドが、妙に優しげな声を出した。
「あんしんしろよ、おれお前のこと絶対に馬鹿にしないからな」
お、喧嘩か?
■
シャツに七部丈のズボンというラフな格好に着替えて本館内の運動ホールに移動する。
魔道具によって管理されているホール内は、涼しいとまでは言わないけど許容範囲の温度で保たれている。
総合体育は原則として外での授業はやらない方針らしい、運動能力の向上が目的なので環境に耐えるとかは余計な要素だと言われているのだ。
逆に行動戦術では暑い中や寒い中で運動するとかの耐久訓練をやるようだ。
こっちに関しては、たぶんぼくは参加できない。
「Cクラスのやつらだ」
「なんでここに……」
運動ホールに入るなり、遠くでで集まっている子どもたちを見てDクラスの面々がざわついた。
いや、なんでCクラスを微妙に敵視してるの。
「はい静かに……よし、皆揃ったな」
バンバンと響く力強い音に生徒たちの意識がアレクサンダー先生に集中する。
「今日は準備体操と、運動の後にする整理体操を教える」
運動の中では基礎も基礎から教えるみたいだ。
「アリス、疲れたと感じたらすぐに休むんだ、絶対に無理をするんじゃないぞ?」
訳知り顔でうんうんと頷いていたらとうとう名指しされた。
「流石に準備体操くらいでどうにかなるほど酷くない」
「あぁ、わかっている……無理はするんじゃないぞ?」
ダメだこの教師、微塵も生徒を信じてない。
「ぼくってそんなにかよわく見える?」
「見える!」
「見えるわね」
「死にかけの子兎より弱いんじゃ……」
「流石に言い過ぎ……?」
「でもないかも」
ダメだこのクラスメイト、人を見る目がない。
「わかった、行動で示す」
「ゴンザ、悪いが倒れそうになったら支えてやってくれ」
「えぇ、わかったわ先生」
毎日薬も飲んでるし、しっかり休んだから最近は調子がいいのだ。
それに準備体操と言えば屈伸や伸脚なんかの、正しく身体を動かすための準備。
いくらなんでもそれでどうにかなるほど軟じゃない。
視線を感じながら、他の生徒たちに混じって身体を動かす。
「じゃあまずは伸脚からだ、腰を落としすぎないように」
アレクサンダー先生の指示に沿って緩やかな動きで浅めの伸脚から入る。
「次は屈伸だ、ゆっくりだぞ、急激に身体を持ち上げるなよ、ゆっくりでいいからな」
後半だけはぼくを見て執拗に言ってくる、立ちくらみを起こすんでしょわかってるよ。
それからも知識にあったものと近い内容で準備体操は終わる。
アレクサンダー先生流なのか、筋肉を伸ばすというよりも身体を一通り動かしてみるという感じだった。
「ぜひゅ、ひゅー……ひゅー……」
「アリス、よく頑張ったな、あとは見学していていいぞ」
そして準備体操を無事にやりきったぼくは、シラタマに支えられながら運動ホールの隅にいく。
汗だくになりながら寝転がり、高い天井を見上げる。
やり遂げた激しい運動の後は、よく磨かれた板張りの床が冷たくて心地いい。
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